32 涙ながらに訴える朱雀さん

 また一ヶ月が経過した。玄武さんから直接指導を受けた成果が出て、僕は認識阻害の術を習得。教えを乞う間、玄武さんと歴史の話や謀略の話で盛り上がった。特に明智光秀の話は興味深かった。本能寺の変を起こした理由は諸説ある。光秀は朝廷に近い人物だったので、信長の台頭を恐れた皇室から密命を受けたのでは? 有力な説だと思っていたけど、玄武さんはあっさり否定。もし勅令があったのならヤタガラスが知らない筈はない。そんな記録は全くないと。玄武さんの態度にあまり変化はないが、少しだけ仲良くなれただろうか? いつの間にか認識阻害で消えてしまう玄武さんだけど、最近は別れ際に一言「また……」と言ってくれる。僕に術法を伝授し終えると「中城……確認に……」フラッと出て行ってしまった。

 修行のメニューには、また新しいものが追加された。音階の上位と快復の他に、離魂と帰魂きこんが加わった。「離婚と既婚って、結婚もあるの?」僕の問いに「違う違う、そうじゃそうじゃなぁい~」青龍さんは冷静クールに返した。朝は零度近くまで冷え込み、滝の冷水は僕の豊満なぜい肉を透過し骨を凍らせた。

 今まで外に出て狩りをしていた白虎さんは、玄武さんの報告以降、首里城を離れない。「天子様の護衛が必要だからな!」というのが理由のようだ。奥の院にいる、寝たきりの最後の天皇。この世界が滅びるとか滅びないとか。ようやく少しだけ実感してきた。だけど天皇家がなければ日本が終わるって話は、僕は未だによく分かっていない。青龍さんも朱雀さんも、白虎さんでさえ、天皇を守る事を最優先にしている。日本人が例え最後の一人になったとしても、天子様さえいれば日本は守られるのだと、そのような事を言っている。歴史好きな僕にもそこまでの忠誠心はない。自分の命の方が大事だ……もう死んでるけどね!

 そんなわけで、最近僕は白虎さんから護身用に武術の稽古を受けている。一朝一夕で役に立つとは思えないし、そもそも僕は運動音痴だ。僕の動きを見て「そんなんで身を守れるかよ!」呆れ顔の白虎さん。気休め程度でも、やらないよりはマシだろう。


 白虎隊が狩りに出られなくなり、城内の食料事情も深刻になっている。今なら僕にも分かる。朱雀さんや青龍さんが日に日に痩せ細っていくのは、心労が原因ではない。もう城内に食べ物が無いのだ。それでも僕に出される食事量は変わらない。毎日毎日、山盛りの食事が出される。僕の体型を維持する事は、最重要ミッションの一つなのだ。みんなが食事を削り、身を削っている中で、僕だけが。話によると奥にいる天皇には、もちろん一番良いものを出すのだとか。しかしそれほど量は食べないという話なので、肥え太っている人間は今や僕だけ。体が資本である白虎隊でさえ、食事は制限されている。そんな毎日を送っていると、朱雀さんが深刻な表情で現れ、僕の前でぬかづいた。


「耕作様、御願いが御座います」

「なに? 僕に出来る事なら何でも言ってよ」

「有難う御座います。実は佳久子についてです」

 以前、身の回りの世話をして貰っていたけど、罰を与えるとか何とかで……

「佳久子を、どうか、耕作様の御世話係に戻しては頂けませんか?」

「えーっと?」

 戻すも何も、別に僕が外したわけじゃないんだけど?

「佳久子は、要らぬことを話しそうになり……」

「僕だけがお腹いっぱい食事を摂り、他の皆が食を細くしている件?」

「やはり御存知でしたか」

「そりゃね」

「それが耳に入れば、耕作様は御食事を摂らなくなってしまうかも知れません。ですから……」

「そうだね、何も知らない頃なら、遠慮したかもね」

「うっかり口を滑らせてしまいそうでしたから、佳久子には罰として、朱雀隊から離れて農作業をやらせておりました。ですが食料事情が一層深刻になり、外にいる者は、今やまともな食べ物を口にしておりません」

 そこまで逼迫しているのか……それは知らなかったんだけど、話しちゃっていいの?

「私や青龍など、城内にいる者は良い方なのです。少なくなったとはいえ、きちんと御食事を頂けます。しかし城外の者は、樹の根や皮を煮て柔らかくして食み、草や虫、場合によっては土を食べ……」

 うわあ~そんな話を聞かされたら、僕、さすがに毎日の食事を遠慮しちゃうよ。

「佳久子は私の義理の母です」

「!?」

「捨て子だった私はヤタガラスに保護されました。佳久子は母親代わりになって、私を育ててくれました。私が朱雀を襲名し、立場上は私が上になりましたが、佳久子に育てて貰った恩は忘れられません。その佳久子が、城外で樹を齧り泥を啜っているなんて……」

 涙ながらに訴える朱雀さん。そんなの邪険に出来るわけがないだろ!

「分かった。分かったから」

「佳久子を今一度、耕作様の御付きに?」

「する! するから、泣かないで?」

「あ、有難う御座います……この御恩は忘れません」

 そんなに大した事をしたわけじゃない、っていうか、大体僕のせいなんだけど。

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