28 ラブロマンス始まっちゃう?

 僕の魂を迎え入れるために、先代の朱雀さんたちが、そこまでの艱難辛苦かんなんしんくを味わっていたなんて……さぞや辛く、苦しかっただろう。


「ひと月後。依代として、耕作様の魂を受け入れるための器として、先代の体は完成した。八咫鏡で見た耕作様の体型、まさにそのもの。実際には、やや体重が足りなかったようだけどね」

 青龍さんはそう言うと、力なく微笑んでみせた。冗談……のつもりだろうか。

「魂を迎える準備が整ったところで、手前が先代の魂を肉体から離脱させた。離魂りこんの術。肉体から魂だけを切り離す、禁忌の術法だ。魂無き肉体は、即ち死だ。要するに、先代を殺したのは手前なんだよ」

 何だって……!? そうか! 一つの体に一つの魂。それが摂理なのだと言っていた。先代の魂が残ったままでは僕の魂を迎えられない、という事か。隣にいた朱雀さん、現在の朱雀さんは、涙を流しながら聞いていた。

「朱雀……話しても良いかな?」

 コクリ。朱雀さんは頷く。話すって何をだろう?

「今そこにいる朱雀は、先代の朱雀とは恋仲だったんだよ」

 なん……だと……!? 朱雀さんの恋人……元恋人を殺したのが、青龍さんだっていうのか!? そんな……

「先代と朱雀は、いつも一緒だった。それはもう熱々でね。朱雀の膝に寝転んでは、腰に手を回し胸の辺りをまさぐって……そう。耕作様が朱雀の膝枕で横になっている時と、同じようにね。本当に、先代が生きているようだったよ」

「私、嬉しかったのです。まるで先代が生きて、私を愛して下さっているようで……」

 そうだったのか……朱雀さんが、僕のセクハラ行為を笑って許してくれたのも。嫌な素振り一つ見せなかったのも。そういう理由だったんだ……あの言葉も、あの態度も、嘘偽りなんかじゃなかったんだ! 今、分かったよ。この依代。今の僕の肉体。その温もりを、朱雀さんは本気で求めていたんだって! というか、ちょっと待てよ? チェリーボーイだった僕が、朱雀さんに対しては妙に手癖が悪いっていうか……無意識のうちに手を出してしまっていたのは、もしかして先代の影響? 先代のクセだったの!?


「そして、もう一つ告白するとね……」

 青龍さんは少し恥ずかし気に頬を赤らめる。乙女かっ!?

「朱雀。手前は、朱雀のことが好きだったんだ」

 キャ~! 何言っちゃってるのこの人~! 思わず乙女口調になっちゃうわ~!

「いつも先代と仲睦まじくしている姿を、羨ましく見ていた。それと同時に妬ましかった。だけどね、二人があまりにも幸せそうだったから、微笑ましくもあったんだ。複雑な感情が溢れて、何と言葉にしたらいいのか分からない」

「青龍……」

 何これ? ラブロマンス始まっちゃう? もうこの場は若い二人に任せて、齢1500歳の僕は退場しようか?

「青龍。私の心は、ずっと先代と共にあります。青龍の気持ちには応えられません」

「知っている。分かっている。だから泣かないで」

 袖で涙を拭う朱雀さんを、僕も青龍さんも、どうしていいか分からず、ただオロオロするばかりだった。ばつの悪さを隠すためだろうか、青龍さんは普段とは少し違う、怒ったような、おどけたような口調で、急に僕に矛先を向けて責め立てた。

「大体、手前は耕作様の態度が嫌だったのだ! 先代とは似ても似つかぬ。先代の肉体を借りているだけの分際で、先代であるかのように朱雀に甘え、挙句の果てには朱雀の体をベタベタと撫で回して……」

 ぐぬぬ。事実なだけに、何も言えない……あれ? 青龍さんが時々、怖い顔して睨んできたのって、もしかしてそれが原因だったの?

「青龍! やめて下さい! 私が、私が望んだのですから……」

「大丈夫。朱雀。手前も弁えているから。それに、そう思っていたのは最初の頃だけだ。最近では、朱雀に甘えるでなく、無為に時間を浪費するでなく、耕作様はひた向きに術法の修行をしているじゃないか! 正直、手前は八咫鏡が選んだ耕作様に、微かな疑念を抱いていた。本当に世界を救えるのか、とね。それはどうやら杞憂だったようだ。術法は僅かな期間で二つも習得し、今も更なる術法の習得に励んでいるじゃないか!」

「そう……ですわね。本当に。御立派ですわ」


 その時、入り口付近で立って話を聞いていた白虎さんが口を開いた。

「なあ! 茶番は終わりにして、そろそろ毛人の話に戻らねえか!?」

「そうだね。ここに来たのは、毛人の様子を見るのが目的だったね」

「時間もねえんだ! 早く済ませちまおうぜ!」

「ああ。それでは参ろう……オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」

 徐に立ち上がると、再び青龍さんが祝詞を唱え始めた。僕はさっきの失敗を繰り返さないように、祝詞が終わるまで目を閉じ口を閉じ、ついでに息まで止めて待った。「目を開けて大丈夫ですよ」朱雀さんがそっと、僕の太もも辺りに手を置き、教えてくれた。恐る恐る目を開けると、八咫鏡にはさっきまでとは違う、どこかの風景が映し出されていた。そこに映し出されていた光景とは……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る