25 ヤタガラスは、八咫鏡に

「完璧だ! 解毒の術に関して、もう何も教えることはないよ」

 ひと月もかからず、僕は解毒をマスターした。毎日の滝への往復も欠かさない。足や太もも、腰回りの筋肉も付き、滝まで休まず往復出来るようになった。ゆっくり歩くから時間はかかるけど。

「音階に関しても問題ありませんわ。上位の術法の習得に移っても宜しいかと存じます」

「この短期間で2種類も……体が覚えているとはいえ、これは驚異的な速度だよ! さすが八咫鏡が選んだ人物だ」

「そうなの?」

「普通なら祝詞を暗唱して、滝に打たれながら何年もかけて修行するんだ。才なき者は一生かけても会得出来ない。完璧に使えるようになるのは、十人に一人といったところかな」

「へぇ~」

「私も音階を覚えるまで十年かかりましたわ。幼い頃から先代に師事し、毎日術をかけて頂いて体で覚えました。それで十年です。これでも良い方なのですよ。眞代子は未だに覚えられませんからね」

 部屋の隅にいる眞代子さんの方を見ながら、朱雀さんはそう言って軽く微笑んだ。ちょっと意地悪な冗談。朱雀さんは今日まで、ずっと僕の面倒を見て、一生懸命に介護してくれた。僕が動けるようになってからは、今度はずっと音階の特訓に付き合って。僕が無事術法を覚え肩の荷が下りたのだろう。いつも「もう時間がない」と繰り返し、焦りの色が見えていた青龍さんも同様だ。柔和な表情が、最近は更に優しく見える。以前は度々、棘のある視線を感じたけど、最近はそれが全くない。

「この調子なら、次の術法もそう時間を必要とせずに覚えられるだろう。時間伸長の術と、認識阻害の術。これらの訓練に移ろうか」

「また祝詞の暗記を?」

「そうだ。別の術を使うには、また別の祝詞が必要になる。ただ今度の術は、少々苦労するだろうね」

 それはどういう意味? 難易度が高い術なのか。でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ! はい! OPP! 栞奈を救うために必要というなら、兎に角覚えるしかない。僕には他の選択肢なんてないんだから。


「術法を体得出来るのは十人に一人って言った?」

「そうだよ。それがどうかしたかい?」

「僕は難しい術法も覚えられるんだよね?」

「八咫鏡は間違えないさ」

 またそれか~……ヤタガラスは、八咫鏡に縛られているのではないか。呪いをかけられているのではないか。

「眞代子さんは、まだ覚えられないって言ってたけど」

「はい。もしかしたら才がないのかも知れません」

「もし才がなかったら?」

「殺される」

「……は? えっ!?」

「などということはない」

「……ず、ズコー」

 リアクションに困る、青龍さんなりの冗談だろうか。一応、大袈裟にコケておいた。場を和ませるための苦肉の策だったけど、反応は今一つ。眞代子さんはクスリとも笑わないし、青龍さんも真顔である。朱雀さんだけは、可笑しそうに口元を袖で覆っている。うん、一人でも笑ってくれたらそれで満足。


「元々、手前どもヤタガラスは、身寄りのない孤児の集まりだったんだ」

 青龍さんはそう切り出すと、ヤタガラスについて教えてくれた。

「ヤタガラスがいつ出来たのか、正確には分からない。ヤタガラスは、捨て子や戦災孤児……耕作様の時代には赤ちゃんポスト、などという制度もあったようだね。そうした身寄りのない人間、戸籍のない人間を集め、密かに鍛え育ててきたんだ」

「へえ~」

「術法の適性がある者は代々それを伝え、術法が使えない者は肉体労働をする。屈強な男性なら白虎隊に入って……今の時代では、外の警護や危険生物の排除。石壁やも行っている」

は国がやるのでは?」

「国? ああ、昔はそうだろうね。しかし今のこの世界には、そういう国家事業は機能していない」

「人類は滅亡の危機なんだっけ……」

「今では、一人ひとりが出来ることをやるしかない」

「そっか」

「非力な女性の場合、料理、洗濯、掃除、雑草取り……それに首里城に近く比較的安全な場所で、作物を育てたりもするね」

 首里城の中でリハビリをする毎日。それだけでは気付き得なかっただろう。でも今なら、何となく分かる。外に出て、周囲の様子を見て、だんだん分かってきた。話に聞いていた。第三次世界大戦、氷河期の到来、そして人類は滅亡の危機にあると。残っている人間は多くないと。それを実感した。道は綺麗に掃き清められているものの、土や木の枝が剥き出しでボコボコだ。車やバイクなどは1台も見ない。道を少し外れれば樹木が生い茂り、まるでジャングルのよう。沖縄ってそういうものなのかと思ったけど、多分違う。これは手入れをする人員、機材、道具、物資、あらゆるものが不足しているんだ。文明の利器が失われているからだ。そんな極限状態で、みんなそれぞれ出来る事をやり、助け合って生きている。ここは、そういう世界なのだ。やっとそれが分かった。ヤタガラスのみんなは、こんな世界にしてはいけないと、そのために一生懸命になっているのだ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る