7 も、もう嫌ンゴ……

 リハビリを始めて、何日経っただろう。ただでさえ肥満の僕が、動かない足を引き摺って歩く練習をする。一日数分歩くだけで疲労困憊。そんな状態から、普通に歩けるようにならなければいけないと言われた。それはそうだと、最初は僕も頑張ったンゴ。だけど……

「も、もう嫌ンゴ……」

「えっ? 何か仰いましたか?」

 か細いブタの鳴き声は、朱雀さんの耳に届いていなかったンゴ。

「リハビリ、嫌ンゴ」

「そんなことを仰られては……」

 何日リハビリを繰り返しても、10分、20分も歩けば息も絶え絶えになる。疲れた。苦しい。辛い。もう嫌だ! まだ時間はある、と最初は余裕をみせていた朱雀さんにも焦りの色が浮かぶ。リハビリの成果は、なかなか出なかったンゴ。

「毎日毎日、歩いても歩いても、足は動かないンゴ! もうやめるンゴ!」

「大丈夫です、落ち着いて、ね? もう少しだけ、頑張りましょう」

「嫌ンゴ! もう絶対動かないンゴ!」

「もう少しだけ、あと5分だけ……」

「もう嫌ンゴ! 疲れたンゴ! もう寝るンゴォ! 膝! 膝枕ンゴ!」

 歩くのをやめて座り込む。朱雀さんの腰に抱きつき、膝枕を要求すると、

「仕方のない御人ですね。では本日はここまでに致しましょう」

 そう言って、優しく頭を撫で撫でしてくれたンゴ。


 翌日もリハビリはしなかった。翌々日も。絶対に立たない。歩かない。食べて、寝る。食べて、寝る。朱雀さんに甘えて、腰に抱き付いた。初めは無意識に触っていたお尻、おっぱい。全く怒る様子がないので、調子に乗って撫で回しても「もう。甘えん坊さん」軽く小突かれる程度で許された。ただ、目に見えて朱雀さんは焦っている。「時間がないのです」と時々僕のリハビリを促してくる。僕はもう、リハビリはやめたンゴ。ブタで良いンゴ。朱雀さんに、一生飼って貰う家畜で良いンゴ!


 そこへ現れたのは、180センチはあろうかという、見た事のない大男だった。純白の着物……着物というより、柔道着や空手着に近い、厚手の衣装。無造作に伸びた髭は首筋まで届き、着物の下から覗く隆々たる筋肉を覆い隠している。30代の後半か、40歳ぐらいか。発した声は、朱雀さんの膝で甘える僕が、思わず飛び上がるほどの大声だったンゴ。

「おい! お前かッ!!」

「白虎、あなたはいつもいつも、もう少し静かに出来ないのですか」

「おう、ヒメ!! 声がデカいのは生まれつきだ! オギャーと生まれた産声で親の鼓膜が破れたからな!」

 ガッハッハ、と豪快に笑う。

「あなたに親はいないでしょう。それからヒメではなく、朱雀です」

「そうだったな! あんなに小さかった子が、今は朱雀になったか!」

 ドカドカと畳を踏み、僕の隣に膝をつくと、丸々肥え太った僕の体をひょいと持ち上げたンゴ。

「なっ、何ンゴ?」

「行くぜ!」

 有無を言わせず、荷物のように担ぎ上げられた。何一つ説明もないまま、僕は白虎、と呼ばれた大男に運び出され、廊下に出たンゴ。

「ぐぇっ、ぐっ、ぐぇぇ……」

 大男の肩が、歩く度に僕のお腹を圧迫する。抗議の声、疑惑の声を上げようにも、象に踏まれたガチョウのような声が出るばかりで、喋る事が出来なかったンゴ。


 ドス、ドス、と廊下を踏み破る勢いで、離れの建物へ連れ出された。朱雀さんは、いつものように足音一つ立てず、滑るように後ろをついて来る。襖を開け、放り投げるように畳に下ろされた僕は、「な、何ンゴ!?」目を白黒させながら、もう一度、部屋を出る前と同じ質問を投げかけたンゴ。

「連れて来たぜ!」

 そんな僕を無視して、奥にいた人物に声をかける大男。そこにいたのは、初めに朱雀さんと一緒にいた優男。どっかと畳に座り込む大男とは対照的に、物静かで柔和な人物だったンゴ。


「急に呼び立てて申し訳なかったね。心魂の定着がまだというので、体の方に慣れて頂くのと同時に、心も戻していこうかと」

 意味が分からないのだが。何を言っているンゴ?

「正直、我々にはあまり時間がなくてね。予定より心魂の定着が進んでいないんだ。現段階では2割といったところかな」

「えっとンゴ?」

「体の方に慣れてから、心を戻す予定だったんだ。だけどそれじゃ間に合わない可能性が高くてね。まだまだすべきことが残っているから……」

「ちょ、ちょっと待ったンゴ! タンマ、タンマンゴ!」

「どうかしたかい?」

 怪訝そうな顔を浮かべる優男。朱雀さんが一歩、僕の前に出て、優男に説明を始めたンゴ。

青龍せいりゅう。実はですね、まだ何も話していないのです。体の方を最優先でやっておりましたので……」

「朱雀。それは怠慢じゃないか」

「いいえ! 先代の肉体は限界でした。半ば朽ちて、魂が入っても動かすことままならず。記憶を呼び覚ます前に、肉体の状態を戻す必要があったのです」

「朱雀の言い分は分かった。だけどね、我々にはもう時間がないんだ」

「それは! 重々……承知しております……」

 そう言えば、朱雀さんも時間がないって言っていたような気がするンゴねえ。何の話ンゴ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る