第51話 古林静子の引っ越し
今日は静子の引っ越し作業を手伝っていた。
姫香といい静子といい、引っ越しすると決めたら即座に実行する行動力には驚いてしまう。見習いたいところだ。
一通りの家具は業者に運び入れてもらったので、僕は荷ほどきをするだけだ。
静子の指示に従いながらダンボールを各部屋に運び入れ、大量にある本を本棚に入れていく。
静子は同ジャンルの本を近い場所に配置するのを好む。昔は彼女のルールに沿ってない本の入れ方をして怒られたものだが、もう長い付き合いなので最近は変な配置にして怒られることもない。
えーと、「同世代のカレを落とす方法」、「絶対に幼馴染が負けない恋愛」、恋愛本が多いな。静子はこういう本を僕に見られてもあまり気にしないけど、気恥ずかしさのようなものは感じないのだろうか。僕なんかは小学生の子育て本を読んでたら、シュクモ本人に見つかって赤面したものだ。
「そろそろお昼にしよっか」
恋愛本を200冊ほど本棚に詰めたところで正午になってしまった。まだまだある上に、タイトルが同世代対象に偏っていて徐々に圧を感じてきたぞ。興味本位で1冊中身を開いてみたが、びっしりとマーカーや付箋による読み込みの痕跡が残っていて、怖くなったので見なかったことにした。
外で買ってきた弁当で昼食を済ますと、僕が手土産で持ってきたケーキを互いに分け合う。
「はい、ハガネくん、あーん」
「あーん」
静子によって口に放り込まれたチーズケーキを味わう。
コンビニで売っているチーズケーキとは1桁違う値段を目にした時は驚愕したが、こうして口にしてみるとやはりコンビニのより美味いような……たぶん……?
安い甘味だけでも充分に喜びを得られる舌なので、なんでも美味いというのが正直なところだ。
僕は手元にあるフランケンシュタインみたいな名前の木苺の階層ケーキをスプーンですくうと、静子に差し出した。
「はい、静子ちゃん、あーん」
「あーん」
静子は小さい口でケーキを頬張ると、満面の笑みを浮かべた。
「美味しいねえ。これ、旧新宿のほうにあるブランドのケーキでしょ。手に入れるの大変だったんじゃない?」
「ああ、知り合いに融通して貰ったんだよね」
佐々木
「……ハガネくん? もしかしてこのケーキ、女の子からのプレゼント?」
「プレゼントといえばプレゼントだけど。前に
「そういうところなんだよねえ」
静子は嘆息すると、スルッと核心に踏み込んできた。
「最近、色んな女の子と2人きりで会っているみたいだねえ。何か私に隠し事してない?」
「たまたまだって。何も隠してないよ」
「性愛の女神の権能」を手に入れたことは、まだ誰にも話していなかった。まず第一に、手に入れた経緯を全て打ち明けるとバステトとシたことも話すことになってこれは大変きまずい。そして第二に、絆が深まれば報酬が貰えるカードなのに、現状ほぼ何も手に入っていない状況を話すことになってこれも大変きまずい。
なんとか「性愛の女神の権能」で祝福を受けられる条件を見つけ出してから、親しい女の子には教えるつもりだった。
「へー、そうなんだ。ハガネくんって嘘をつく時に右手で首をさするクセあるよねえ」
僕はギョッとして右手を見たが、膝に置いたままで首はさすっていなかった。静子のほうに向き直ると、ニヤニヤと笑っている。謀られた。
「まあ、今回はそんなに悪いことしてるようには見えないから、許してあげようかな。どんな女の子にフラついても、どうせ最後にはこうして私のところに戻ってくるわけだしね」
「今回はって言うけど、毎回悪いことしてるつもりは無いんだけど……」
「してるでしょ?」
「はい、ごめんなさい」
「よろしい」
静子の許しを得たところで、ついでなので1つ頼み事をすることにした。
「性愛の女神の権能」で報酬を得られる条件に、肉体的接触が含まれているのではと考えたのだが、これを確かめるのはなかなか難しい。
「静子ちゃん、キスしていい?」
静子は目を丸くすると、蠱惑的に微笑んだ。
「どうしたの? いつもなら何も聞かずにするくせに」
かつて別れを切り出してきたのは静子のほうだが、かといって僕が迫ると静子は拒む様子を見せない。静子は僕のことを何もかも見通しているが、僕のほうは静子が考えていることが全然分からなかった。
ともかく、僕は静子をソファに押し倒すと、軽く口付けしようとしたところで、2人の唇の間に、静子の手のひらが挟まった。え?
「歯を磨いてシャワー浴びてからね」
「はい、ごめんなさい」
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