第50話 レティーシャ・パーネルと動画撮影
以前、姫香と一緒に撮ってコウさんに送った動画を、レティーシャに観せたことがある。
「いえーい、お父さん、観てるー? お父さんが信じて送り出した姫香ちゃん、僕が毎日可愛がってまーす。姫香ちゃんは僕が幸せにするから安心してくださーい」
「アハハハハハハハハ! ヒー! ヒー! アハハハハ! アハッ、ゴホッ、ゲホッ!」
笑いすぎてむせるぐらいにウケた。
僕は女の子が笑うところを見るのが好きなのでけっこう嬉しかった。
レティーシャは数分ほどひとしきり笑ってから、ポツリと呟いた。
「ハガネ、あなた、けっこう演技上手いわね。私の動画に出てみない?」
僕は快く承諾した。
スチルやシュクモがレティーシャの動画を観ているのを知っていたからだ。
最近ちょっと信用を落としているところがあるが、ここらで良いところを見せて名誉挽回といこうじゃないか。
これがユーチューバーHAGANEの誕生秘話である。
◇◇◇
「ハローシャ! レティーシャよ! 今日はスペシャルゲストを紹介するわ! 色々な女の子に手を出しては恨みを買っていることで有名なランクBハンター、上杉ハガネよ!」
「紹介の仕方に悪意を感じる。どうも、上杉ハガネです」
僕たちはランクCダンジョンに来ていた。
レティーシャの動画の人気シリーズ「ランクCダンジョンのトラップ回避方法」を撮影するためである。
2人きりなのに撮影はどうするのかと思っていたら、なんとドローンが僕らを撮影していた。
スキルカードによって視覚共有や移動操作をしているらしく、レティーシャは普段から1人で動画を撮っているとのことだった。
「今日はトラップ回避方法シリーズの特別編よ! 実際にトラップに引っかかったらどうなってしまうのかを、ハガネが実践してくれるわ!」
「良い子は真似しないでね」
僕の各ステータスは6万を超えており、ランクCダンジョンのトラップ・ダメージが問題になることは無い。
トラップに引っかかると実際に何が起きるのかというのは、回避しているだけでは分からない。高ステータスの僕が安全性を充分に担保しながら引っかかってみることで、こんなに危険なんだぞ、ということを撮影するのが今回の企画意図だった。
動画で学ぶトラップの危険性である。
「それじゃあ始めるわよ! このダンジョンの床、一見すると何も無いように見えるけど、特定の箇所に魔力が通っているのが分かるわね! 典型的なトラップ床だわ!」
地面の特定の箇所を踏むだけでトラップが発動してしまうタイプだ。
魔力濃度の変化を常に注視することで見破ることができる。これも神に言わせれば試練なのだろう。人類の魔力感知の精度を高めるために、こうして特定の回避手段が用意されているのだ。
レティーシャがトラップについて説明をしたあと、僕が実際に引っかかる実践編に入る。
「それでは早速トラップを踏んでいきます」
あとで編集で「※HAGANEの防御ステータスはx0000あります」のテロップが入るはずだ。低ステータスでトラップを踏むと普通に死ぬので、注意を促す必要がある。
魔力が濃い床を踏みつけると、トラップが発動した。
床が小規模の爆発を起こし、壁から無数の槍が僕を突き刺し、オマケに天井から大きめの石が高速で降ってきて僕にぶつかる。
もちろんダメージは無いが、思っていたより殺意の高いトラップだったので少しびびってしまった。
「こんなに発動することある?」
「結構びっくりしたわ!」
服がボロボロになってしまったので、安めの装備カードで新品に取替えながら、レティーシャと一緒に動画をチェックする。
そこにはトラップに引っかかっても姿勢も表情も大して変わらない僕が映っていた。トラップに引っかかっても案外問題ないんだなと視聴者が誤解してしまいそうだ。
「なんというか、全然危険に見えないわね」
「うーん確かに。少し痛がる演技をしたほうが良いのかも」
「そうね。お願いできるかしら」
テイク2。
「それでは早速トラップを踏んでいきます」
再度トラップ床を踏む寸前、シュクモと一緒に訓練した魔力操作を思い出した。
シュクモほどでは無いが、僕も多少は魔力操作に慣れてきている。
ダメージが無いからトラップが危険なように見えないのだ。魔力操作でステータス系の発動を抑えて、「HP常時回復」だけはオンにしておけば、安全に良い絵面が取れるのでは?
安直な発想で魔力操作でステータスを低下させてからトラップ床を踏みつける。
床が小規模な爆発を起こして両足の膝から下が消失し、壁から無数の槍が僕の全身を貫通して血しぶきが舞い、天井から降ってきた石が左肩から先をどこかに吹き飛ばした。
結構痛くてちょっと後悔したけど、これは中々トラップの危険性が伝えられる動画が撮れたのでは?と僕は得意気にレティーシャのほうを見る。
レティーシャは僕の吹き飛ばされた左腕を抱えて真っ青になっていた。ひゅー、ひゅー、と浅い呼吸を繰り返すと、そのまま意識を手放し、フラリと倒れ込んだ。
◇◇◇
「バカー! ホントに最低だわ! あなた限度ってものを知らないの!?」
「はい、ごめんなさい……」
レティーシャは目覚めると、まずは「HP常時回復」によって僕の全身が回復していることを確認したのち、僕をダンジョンの床に正座させた。
「本当に心配したんだからあ! ハガネ、あなたもっと自分を大事にすべきだわ!」
「はい、ごめんなさい……」
涙を浮かべながら説教してくるレティーシャを見ていると、今更ながらに罪悪感が湧いてくる。
僕としては、魔力操作で防御ステータスをここまで下げることが出来るのを知れたのは収穫だった。ただ、レティーシャの前で試したのは失敗だったな。
レティーシャはひとしきり説教をしたあと、最後に僕に抱きついてきた。
「無事で良かったわ」
「うん。心配してくれてありがとう。レティーシャ」
いつも僕は迂闊なことをしてはレティーシャを怒らせてしまうが、最後はこうしてレティーシャが歩み寄ってくれる。ちゃんと反省しよう。
僕もレティーシャを抱きしめかえすと、しばらく2人きりでいちゃついて過ごしたのだった。
それにしても、あえて魔力操作でパッシブスキルをオフにするというのは何か応用できそうだな。例えば、もしかして今なら毒耐性を下げて酒で酔うことも出来るかもしれない。
◇◇◇
後日談。
動画はちゃんと配信されたのだが、僕が体を張ったシーンは全て、デフォルメされた2D画像のレティーシャが「見せられないわ!」と画面を埋め尽くして隠していた。どうやら残虐シーンはNGらしい。
あんなに頑張ったのに……。
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