第27話 ラプラスの魔

 僕はヘビ人間の大群に四方を囲まれ、乱戦していた。

 初めは狭い通路で迎え撃っていたのだが、徐々に囲まれていき、広い空間に引きずり出されてしまったのだ。


 ヘビ人間は頭と下半身が蛇のような半人半蛇のモンスターだ。

 人の形をした上半身に剣や斧などの武器を持っている。


 僕の魔力を込めた拳がヘビ人間にぶち当たり、ヘビ人間が後ろの数体を巻き込みながら吹き飛んでいく。

 代わりに、左右と後方から別のヘビ人間からの長剣、斧、槍などの攻撃が僕の身体を切り裂き、突き穿ち、ダメージを与えていく。

 全身に激痛を感じながらも、「HP常時回復」が瞬時に僕の身体を修復する。


 ――やりやすい。


 意外なことに、大量のランクBモンスターに囲まれて、僕は健闘していた。

 制限ダンジョン突入時に入手した「聖なる光の祝福」によるパッシブスキル100%増加は、「累積する百歩」の効果まで増強し、200枚までのステータスカード累積を可能とした。200枚も所持していないステータスカードはあるが、それでも結果的に僕のステータスは数倍上昇し、ランクBモンスター1体に肉迫するほどの強化を得た。


 【名前】上杉ハガネ

 【ランク】B

 【攻撃力】45620

 【防御力】45820

 【速度】44620

 【感覚】44220

 【魔力】44205

 【幸運】44000

 【デッキ】1/1


 プロフェッサーが使用した「挑発する波動」によって、ヘビ人間が殺意を持って殺到してきている状況も僕に味方していた。

 自身と同程度のステータスの人型モンスターに囲まれての近接格闘戦というのは、要するにゴブリンの集団との戦いと同じだ。僕がこの10年間繰り返し行ってきた、最も得意とする状況の1つである。


 さらに、「HP常時回復」によるメリットを、僕は徐々に理解しつつあった。

 ヘビ人間の槍が僕の脇腹に突き刺さるのと同時に、僕の拳がカウンターでヘビ人間の頭部を吹き飛ばす。


 モンスターの攻撃は、重く、速く、全力だ。

 それは、攻撃が獲物に当たりさえすれば、その瞬間は獲物が無力化されるという前提のもとに成り立った攻撃だ。

 しかし、それ故に、モンスターの攻撃のインパクトの瞬間は、モンスターは完全に無防備になる。


 ――肉を斬らせて骨を断つ。


 腸を撒き散らし、脚が千切れかけ、首から鮮血が吹き出しながらも、僕はヘビ人間の攻撃を受けたその瞬間に、拳によるカウンターを決め、徐々にヘビ人間の数を減らしていく。

 致命傷に見える怪我も「HP常時回復」が完全回復させる。


 ――どうしてこんな当たり前のことに気付かなかったのだろう。心臓と脳以外はそもそも守る必要が無いんだ。


 何かを恐れるように、僕を囲んでいたヘビ人間たちが一歩引いた。


 僕は何かを掴みつつあった。

 幸いにも、エサは沢山ある。彼らには悪いが、練習台となって貰おう。



   ◇◇◇ 「松本まつもと識蜘蛛しきくも」視点



 ランクBの中でも上位に位置するダンジョンボス、ゴーレムの数十メートルはある巨体を見上げて、識蜘蛛しきくもはため息をついた。


 ――この程度なら、吾輩1人でも充分だったのである。


 接敵と同時、識蜘蛛しきくものユニークカード「悪魔の暴露」が発動する。


 【名前】悪魔の暴露

 【ランク】B

 【カテゴリ】アクティブスキル・ユニーク・解析

 【効果】

 対象の過去を読み取る。


 過去を読み取るのとほぼ同時に、1枚のトリガーカードを設置、それで

 識蜘蛛しきくもはゴーレムに背を向け振り返ると、新人ハンターである姫香に講義をする。


「新城姫香、貴様、トリガーカードの発動条件に何が指定できるかは知っているかね?」

「え? 攻撃対象と発動位置ですよね? というかプロフェッサー、ゴーレムが攻撃してきてます! 危ないって思います!」


 ゴーレムが巨大な拳を振り上げ、識蜘蛛しきくもを押しつぶさんとする。


「それではせいぜい30点であるな」

「低いです!?」

「100点の指定はこうである。攻撃対象の部位を立方マイクロメートル単位で指定し、発動位置の形状を指定し、発動位置の体積を立方マイクロメートル単位で指定し、発動位置の座標を指定し、さらに、発動時間を指定するのである。この場合は、トリガースキルの設置から9335ミリ秒後であるな」


 ゴーレムの右拳が識蜘蛛しきくもに襲いかかろうとした瞬間、ゴーレムの全身が爆ぜ、崩壊した。


 識蜘蛛しきくもの仕掛けた完全指定のトリガーカードによる、必殺の爆発である。


 【名前】ランドマイン

 【ランク】C

 【カテゴリ】トリガースキル・爆発

 【発動条件】攻撃対象が指定位置に触れた時

 【効果】

 指定位置が爆発する。


 あり得ない事象を見て、姫香が驚愕の声を上げる。


「え? ランクCのトリガースキルでランクBダンジョンボスが一撃ですか?」

「トリガースキルは、発動条件を厳しくすれば厳しくするほど威力が上がるのである。極めれば上位ダンジョンボスを屠れる程度には威力が上がる。ラプラスの魔を気取るわけではないが、吾輩の過去視にかかれば未来を予測する程度の芸は朝飯前であるな」


 識蜘蛛しきくものデッキ枚数上限は10枚と低く、ステータスはランクDハンター相当程度しかない。

 それにも関わらず、識蜘蛛しきくものステータスウィンドウのランクははっきりとAと記述されている。

 仮に神がいるとするならば、神が認めたのだ。松本識蜘蛛の能力は、ステータスなどという些細なものにとらわれず、ランクA相当のものであると。


「吾輩はカァァァァァァド・プロフェッサー! デッキ枚数上限の多寡はハンターの強さの絶対的な指標ではない!」


 上杉ハガネと新城姫香は見どころのあるハンターだ。いずれ東京が危機に陥った時、この2人はキーパーソンになるだろう。この2人に知識を与える時はついつい熱が入ってしまうことを識蜘蛛しきくもは自覚していた。


「覚えておくがよい、新城姫香。我々が使っているカードを設計した者は性悪である。テキストに書いてあること、書いていないこと、両方を把握してこそ一流のハンターである」


 それにしても、と全壊したゴーレムを眺めて識蜘蛛しきくもは肩をすくめた。


「やはり吾輩、戦闘は苦手である。学びが無い」



   ◇◇◇



 最後のヘビ人間の頭部を握り潰した。ヘビ人間が光の粒子となって拡散していく。


 戦闘の終盤は危なかった。

 「HP常時回復」によるMP消費が激しく、回復が徐々に間に合わなくなっていったのだ。

 「MP常時回復」も所持しているとはいえ、決して無敵ではないことは念頭に置かなければならない。


 息を整えながら休憩していると、姫香、シュクモ、プロフェッサーが駆けつけてきた。


「ハガネさん、あんなにいたモンスターを1人で倒したんですか!?」

「流石ハガネ様です」

「ほう。上杉ハガネ、貴様、やるではないか」


 笑いながらそれに答えようとした時、さらにもう1人の声がした。


「人間、にゃかにゃかやるのです。マジ面白いのです」


 こうして僕らは出会ってしまった。その恐るべき神性と。

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