ミニマムに波乱万丈

大黒天半太

第1話 丸に剣片喰紋の一家

 うちの家紋は、丸に剣片喰紋まるにけんかたばみもんで、検索すると十大家紋に上がるくらい、よくある家紋らしい。同じ家紋でも、ピンキリなんだろうな。

 我が家系は、その中では当然ピンでなくキリの方だ。


 私の家系は、父方のご先祖が武士だったと言うのが、叔父(父の弟)の小さな自慢だった。

 肥前(今の佐賀県)の龍造寺家の家来で、お納戸役だったと言い伝えられている。

 だけど、それって龍造寺家が実質滅びて鍋島家に取って変わられた時(慶長十二年/西暦一六〇七年)以来、鍋島家に仕官出来ずにずっと浪人だったってこと?

 ちなみに、滅びたのは龍造寺の本家だけで、庶家の龍造寺四家は鍋島家の重臣として残ってるんだけど、そこの家来になれてたら、まだちゃんとしてたのかなぁ。

 幕末までの二百五十年間ずっと浪人だったのか、刀も家も我が家には何も残されていなくて、はっきり言って武士だったという証拠も無い。


 菩提寺の一画に、同じ苗字の古い墓が集まってて、どれが本家だったのかはわからないが、そこに遠縁なのか一つだけ少し大きい自然石風の墓に一人だけの名前の彫られたもの、下の名前が明らかに何かの号と思われる墓があったんだが、それは一族の中で幕末の志士として名をなした人だと聞いた。もちろん検索したって、その名前は幕末の志士の末端にすらヒットしない程度なんだが。

 手明槍てあきやり(もしくは手明鑓)つまり土佐・長曾我部の『一領具足いちりょうぐそく』と同様の、佐賀の無役の半農半士だったのかも知れない。


 私が、密かに『由緒正しい貧乏人の家系』を自称する由縁だ。


 そして、食い詰めた由緒正しい貧乏人がどうやって糊口をしのぐかと言えば、安定した職を求め、地道に生活するしかない。大幅な生活の向上は望めないが、飢えるところまでは落ちずに済む。


 私が、地方公務員の採用試験を受けた数十年前は、民間よりも給料は安かった(何で公務員なんか受けるの?とバカにされたものだ)が、余程のことをしでかさなければクビにはならないし、民間企業のようなノルマも無い。

 自分の社会的な能力に、欠片も自信を持てなかった当時の私としては、最善の選択だったと思う。

 退職金と年金で定年後も生活できるはずだった。度重なる公務員バッシングにより、今やその退職金も年金も切り下げられ、若い頃から給料安いのをじっと我慢して仕事続けている意味が失われているが。

 それでも、私と奥さんが飢えずに生活できてるのは、地道に仕事を続けているからだ。


 逆にやっちゃいかんのは、一旗揚げるとか一発逆転とかを狙うことだ。


 ギャンブルってヤツは、元手を多く持ってる人間の方が有利なのは自明の理で、資本投下の大きさに見合うリスクとリターンしか無いってことは容易に想像できる。

 そこに思い至らない人間は、そもそもギャンブルに手を出すべきじゃない。


 細かく損切りして、大きく負けないという地道な賭け方、あるいはあくまで遊興としてやるだけならともかく、借金してまで一発逆転狙うとか正気とは思えない。


 実の祖父は、地方自治体の下級官吏だったらしいが、職を辞し妻子を連れて満州に渡った。

 当時はブームだったのかも知れないが、満州行って一旗揚げた人の話を聞いて、公務員辞めて一発狙いに行くという感性の甘さか、生来商才が無かったのか、大陸で始めた商売は、とっとと立ち行かなくなり、すごすごと妻子を連れて戻って来た。

 半端に商才があって、そのまま満州に居続けてたら、祖父母は終戦を大陸で迎え、父たち兄弟姉妹は中国残留孤児になっていたかもしれない。

 祖父に商才なり博才なりが無かったことは、その最悪の想定を免れたという点ではマシだったのかもしれない。


 ただし、帰国後に結核を患った祖父は祖母と離婚し、祖母は子供四人を連れて再婚、祖父は一人で亡くなっている。


 私の記憶にある祖父は、その祖母の再婚相手であり、血縁は無かったというのを知るのは、少し大きくなってからだった。

 まぁ、今考えれば、確かに全然似てなかったな。

 でも、商売人で強烈に個性的なジジイだったので、それはそれで面白かった。


 そして、クソ親父こと私の実父は、祖母の再婚相手と養子縁組して姓を変え、弟(叔父)姉(伯母)妹(叔母)の三人は、養子縁組せず姓は変えなかった。お蔭で、親族で我が家だけ苗字が違う。大学に行かせてくれるというのでそうしたらしいが、在学中に養父(義祖父)の事業が傾いて仕送りが来なくなり、大学を中退する(明治大学の経済学部だと言っていたが、さだかではない)。

 義祖父の事業が土建関係だったので、関連する仕事ってことで水回りの配管技術を習得して、工務店を開業。つっても、水道事業当局から輪番で割当てられる修理の依頼と義祖父とその知り合いから回してもらう水回りの工事の請負で、なんとか工務店を経営してたらしい。

 まぁ、これはこれで真面目に仕事してたんなら問題なかった訳だが、結局のところ養父の事業の後継者狙いで関連職で開業したわけだから、そこそこの仕事以上はやらないし、手を抜きはしないものの納期に間に合いそうなら勝手に休んだり、昼間からサボって酒飲んでたりしてた。で、当然養父にバレて、コイツは後継者にしちゃダメだと判断され、養父は県外で自立してた実子を後継者として呼び寄せる。

 これは自業自得としか言いようがないし、自分に後継者の目が無いとわかった時点で、心を入れ替えて仕事に励んでくれれば、妻(実母)も子ども達(私と妹達)も苦労せずに済んだ話なんだが、酒に逃げてアルコール依存になって、暴言暴力を繰り返すただの迷惑な飲んだくれと化す。肝臓で入院しても酒が止められず、依存症での入退院を繰り返すようになる。

 こつこつ仕事こなすべき職人の道に踏み込んだ理由が、養父の事業の後継者になれる技術なり経営なりの実績を、養父の下で働かずに積み上げるためだったわけで、それも表面だけ取り繕って本気でやってないんだから、見せ金だけでギャンブルをやってたのと同じだ。破綻しか待っていない。

 クソ親父は、死ぬまで自分は悪くなくて、運が悪かったとか、酒が悪かったとか、約束守らなかった養父が悪いと思ってたようだし、なんなら、自分がこんな苦労してるのは甲斐性も無く病気で死んだ父(実祖父)が悪いくらいに思ってた。

 相当頑張ったけど限界が来た妻(私の実母)が子ども連れて離婚した時も、妻子が自分を裏切ったような口ぶりだった。

 いや、あんたが濡れ手で粟(養父の事業の後継者)を狙って、しくじっただけの話だろう。ギャンブルするなら、元手だけでもきちんと積み上げる(事業継がなくても、水道屋で仕事も経営もちゃんとできて、自立してるぜと見せる)べきだった。


 祖母は、実の息子の行状が悪いせいでこうなったことは当然わかってるが、子持ちで再婚した時には、実子達は自立しており、今の義祖父の事業が傾いた時も立て直した時も支えたのは自分なんだから、養子縁組した息子に継がすという約束が反故にされたことに不満を覚え、夫婦喧嘩が絶えなくなり、熟年どころか老年離婚する。まぁ、義祖父が強烈に個性的なジジイだったように、実祖母もかなり凄まじいババアで負けて無かったということだ。


 私は両親の離婚当時まだ高校生で、妹達は中学生以下だったので母と一緒に佐賀へ行き仕事とアパートが見つかるまで母の実家(母の実母と実兄のところ)へ身を寄せたが、私自身は地元の高校に通うために実祖母宅に同居した。

 まぁ、離婚は遅すぎるくらいだったし、伯父(母の実兄)達が来てくれたので、必要最小限なものはさっさと運び出し、母と妹達も安全圏へ出られたと安堵はしたが、この離婚劇で一番記憶に残ってるのは、それが金曜日でクソ親父が離婚届にグズグズ抵抗してるせいで、私が夕方高校から帰っても伯父達と話し合いが続いており、機動戦士ガンダムの『ソロモン攻略戦』をテレビでリアルタイムに見られなかったというヲタク・エピソードだというのが、私自身の業の深さを物語っている。


 結局、父方の祖母宅に私が残ったことで、クソ親父がくたばるまでそれからの三十年間、実父のアレコレを丸投げされることが頻繁にあった。私の人生のリソースを、確実に削ってくれたものだが、私はこうして生きている。


 実父の最期は、ヘルパーさんから家の中で動けなくなっていたので救急車を呼んだと連絡があり、搬送先の病院で全身に転移した末期がんで予断を許さないと言われ、入院1ヶ月半で他界した。

 長妹は、もう最後と聞いて夫と子供たちを連れ、意識のあるうちに見舞いに行ったが、二妹は生きている内には近寄らなかった。

 葬儀の日、幼かった甥(二妹の長男)が自分の母(二妹)に聞いた。

「で、〇〇(実父の名前)って誰の何なん?」

「△△(私の名前)伯父さんのお父さん」

 いや、間違っては無いけど、お前の実父で、その甥にとっては実の祖父でもあるだろとは思ったが、脱力してもうツッコむ気力も失せていた。


 生きている内も人騒がせなクソ実父ではあったが、死後、市営住宅の退去やら諸手続きをする間に、遺品等から出て来たり、周囲の人から聞いたしょうもないアレコレのことは書ききれないし、思い出したくもない。


 実祖父と実父の生き様から学べたことは、貧乏人が貧乏から脱却する手段にギャンブル的手法を使うなということであり、義祖父からは、自営業でゴリゴリ稼いで行くにはまた別種の才能が必要ということを見せつけられたので、多分私は商売にもギャンブルに向いてないということだ。

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