第7話 覚悟の準備

さすがの俺も、いきなり病院のベッドで目を覚ましたことにそれなりの驚きを禁じ得なかった。


しばらくの間、ボーッとする頭では状況の理解もできなかったが、段々ぼんやりと事の経緯を思い出してきた。


<そうだ......。確か俺は癒乃ゆのねぇを起こしに行って......。それから......?>


そのあとのことが思い出せない。

思い出そうとすると頭がズキズキと痛むので、おおかた癒乃ねぇが何かしらやらかして、そのあまりの可憐さに俺の心臓が稼働を停止して病院送りになったといったところだろう。


それにしても、もし癒乃ねぇが原因だとしたら、こうして病院送りなるのはかなり久しぶりだなぁ。

小学校6年生のとき以来、かな?


おっと、下手にこれ以上思い出して、その記憶でもう一度瀕死の状態になってもまずいので、これ以上想起するのはやめておこう。




と、思考を放棄したあたりで、ガラガラと病室のドア開かれて冶綸やいとさんが入室してきた。


「あっ、かがりくん、起きたのね!よかった......」


心底ホッとした様子で呟く冶綸さん。


その容姿はさすが母娘だけあって、癒乃ねぇの面影がある。

いや、正しくは癒乃ねぇに冶綸さんの面影がある、というべきか。


年齢にそぐわない美しさを放っている。

ただ、流石に癒乃ねぇほど光り輝いているわけではない。


聞いた話では、若かりし頃から輝きまくっていたらしいが、癒乃ねぇみたいに人の心臓をまじで止めるような異次元なものではなかったんだとか。

なんで癒乃ねぇはこんなことになっちゃったんだろう。



......それはともかく。


「はい、なんとか目覚められたみたいです。えっと、詳細は覚えてないんですけど、今回も俺は癒乃ねぇ関係で倒れちゃったんですよね?」


「えぇ......そうね......。ごめんなさい。もう何年もこんなことなかったから、篝くんってば、もうすっかり慣れて大丈夫なんだと思い込んでたわ......。今回は癒乃が......『ちょっと待ってください!』」


危ない。事の顛末を話されてしまっては、何が起こるかわからない。これ以上話してもらっては困る。


「えっと、これ以上は聞くのやめさせてもらっていいですか、ね?思い出したら再発しちゃうかもなので......」


心臓が止まるほどの事故?事件?があって、被害者にその経緯が説明されないことがあるだろうか?

ここにあった。


「あ、でも、ということは冶綸さんたちが救命処置をしてくださったんですよね!?お手数をおかけしてしまってすみません......」


うん、心臓が止まったときの対処ってホント、びっくりしてそれこそ心臓に悪いし大変な作業だし、心底申し訳ないなぁ......。



「いいえ、私達の娘が原因なんですもの。当然のことをしただけよ。むしろこちらがたくさん謝らないといけないのだから、気にしないで?本当にごめんなさい......」



優しい物腰で、でも悲しそうに目を伏せて、弱々しさが含まれた声音でそう言われると、なんとも居心地が悪くなる。


「い、いやー、何年も一緒に居て、未だに免疫の1つもできない俺も悪いですからっ。お互い様ということで、ここは終わりにしませんかっ?」


「篝くんがそう言ってくれるなら......えぇ、そうね。そうさせてもらおうかしら」




*****



それから少しだけ雑談してから、冶綸さんは帰っていった。


さらにしばらくして、母さんが病室にきた。

母さんがお医者さんから聞いてきたという話によると、今晩1日入院して様子を見た上で明日再検査して、それで問題なさそうであれば明日の昼には家に帰してもらえるらしい。


俺の無事を見届けたらそれで十分だったのか、母さんは連絡事項だけ簡単に伝えてすぐに帰宅した。



ふむ。久々に母さんにも迷惑をかけてしまった......。


癒乃ねぇの魅力に俺の心臓が止められて病院に運ばれるのは別に初めてじゃない。


だから母さんの慌て方も、俺が初めて倒れた頃に比べて大分落ち着いたものだ。



ただ、だからといって心配していないなんてことはもちろんないようで、笑顔で俺に相対してくれた母さんだったけど、その表情には若干の心配疲れが見て取れた。


いつまでも自分の我儘で母さんたちに心配ばっかかけていられないよな......。



これはいよいよ、覚悟を決めないといけない頃だということなのかもしれないな。










癒乃ねぇの側から離れる覚悟を。

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