第2話 可愛すぎて心臓が止まるかと思う、ってか止まった

緊急事態ではあったけど、ある意味手慣れてもいるのでテキパキと心肺蘇生の準備にかかる。


周りにいる先輩方の中から、腰を抜かしていなくて動けそうな方を直接指名する形で指示を出していく。


そして同時に、胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージを始める。


俺の指示を受けた先輩方は一瞬混乱した素振りを見せるも、瞬時に理解してくださったようで、急いで自分たちのすべきことを実行し始めてくれたらしい。

教室の入口を塞いでいた野次馬の皆さんも、きちんと道を作ってくれていて、まだスムーズな対応ができている。


指示を出しながら30回ほど心臓マッサージを繰り返すも鼓動が回復することはないため、マニュアル通りの心肺蘇生法を実行する。


こんなときのために常備している人工呼吸用携帯マスクを胸ポケットから取り出し、倒れている男子生徒の口元にあてる。

彼の鼻をつまんで、顎を上に向けて軌道を確保した上で、しっかりと息を吹き込む。


肺の部分が盛り上がるのを確認しながら、大きく2回空気を送り込む。


次いで再び30回の心臓マッサージ。2回の人工呼吸。

段々体力が減っていくも、根気よくこれを何度も繰り返す。


ある程度したところで、先程指示させてもらった茶髪の先輩がAEDを持ってきてくださった。


「すみません、それAEDの準備をしますので、これ胸骨圧迫をかわってくださいますか!?」


周りで見守っている彼らがAEDを使えるとは期待していないので、俺がやる必要があるだろうが、その間に倒れている彼を放置していてはまずい。

なので、茶髪の先輩に心臓マッサージのやり方を見せながら簡単に教えさせてもらったあと、せーので交代する。


茶髪の彼は腕も細いわけではなく、しっかりと力強く胸骨圧迫を実践してくれているようなので、安心(?)して任せることにした。


その間にAEDを開き、説明に従って、先輩に心臓マッサージを一時中断してもらい、右胸と左脇の下に電気ショックのパッドを貼り付ける。


AEDから流れる電子音は、当然電気ショックの必要性を指示してくる。

無論、その声に従って安全確認をした後、電気ショックの実行ボタンを押す。


実行完了後も息を吹き返す様子はないため、再度俺が替わって心肺蘇生法を実行する。





そうこうして3回目の心臓マッサージのとき、ゴホッと横たわった彼がむせた。



「あっ........................ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



なんとか......なった..................。



この間約8分。

ようやく救急車の音が遠くに聞こえる。


時を同じくして先生方が到着。


どうやら先生方や救急隊員に引き渡すまでもなく、なんとかなったらしい。

わりと奇跡的だ。ほんとによかった。



「よ......よかった......」



名も知らない先輩だったけど、なんとか助けられた。

そのことへの安心から力が抜けて放心してしまう。


そのせいで、先生方がなにか言っているのもしばらく無視する形になってしまった。




*****



それから到着した救急隊員に成り行きと自分の施した救命処置を説明して倒れた彼を救急車で運んでもらったあと、先生方にもいくつか聞かれた質問に答え、ようやく開放された。


教室で生徒の心臓が止まって、俺が対応するということはすでに何度も経験している。


突然その場にいきあった生徒はともかく、先生方は俺と一緒である程度手慣れたものだったようだ。



それでも久しぶりでなんだか心身ともにへとへとになった。

今はそんな疲れ切った状態で、帰路についている。


そんな俺の隣には、えぐえぐと涙を流しながら、「ごめんねごめんね」と呟く彼女、誘癒乃いざなゆのが、俺の制服の裾を掴みながら歩いている。



「ふぅ〜〜〜〜〜〜っ。まったく、癒乃ゆのねぇは〜。いや、癒乃ねぇのせいってわけじゃないとは、思うんですけどねぇ......?」


「ほんとにっ......えぐっ。ひっぐっ。ほんとに、ごめんなさいっ。ぐすっ......。ありがとっ......ぐすん、ずずっ」


「うんうん、どういたしまして。まぁ、今回の彼も助かったんだから、それでいいじゃないですか。ねっ?」


「ぐずっ......ずびっ......。うん......ずずずっ......わかった、ありがとね、かがり!」



涙やら鼻水やらよだれやら、いろんな液体を顔中から流しながらも、なんとか落ち着きを取り戻してくれたらしい。


こんな状態でも可愛らしく見えるというのだから、本当に厄介だと思う。








さて、今回の名前も知らない先輩の心肺停止事件はなんだったのか。


お気づきの方も多いかと思いますが、原因は、この美しさの化身たる少女、誘癒乃いざなゆのである。


ただ、誤解してほしくないのは、彼女が彼に何か手を下したというわけではないんだ、ということ。

彼女は、ある意味全部の原因なんだけど、ある意味何も悪くない。




ほら、よく言うでしょう?

綺麗すぎて息をのんだ、だとか、心臓が止まるほど美しい、とか。


普通は「驚きすぎて心臓の活動が停止してしまったのかと錯覚・・するほどに心を揺さぶられた」ということを表現する慣用句。

つまり、その慣用句の範囲では、実際に「心臓が止まる」なんてことはない。一般的には。


でも、今回の件は、これがただの慣用句ではなく、現実に起こってしまった悲しい事件だったわけだ。








かがり、いつもいつも私を助けてくれて、本当にありがとねっ」


か、かわいっ......コヒュッッ。




直視はできないけど、多分ひまわりみたいな輝く笑顔で、弾むような声で、他でもない俺に向けられた癒乃ねぇからの感謝。

先程、名も知らぬ先輩の急場をしのいだばかりだというのに、あまりの破壊力に俺の心臓まで止められそうになる。




ふぅ。ある程度鍛えていることも、免疫が付きつつあることもあって、なんとか耐えられた........................。






つまり、そう。

癒乃ねぇは、こんな感じで、その美しさでたまに男子生徒の心臓を止めてしまうことがあるんです。


文字通り、男性の心臓ハートを撃ち抜く美貌を持っているんです。

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