第16話 諸悪の根源
華菜枝は家族思いで優しい子。物静かで親に反抗することは1度もなかった。誰よりもそのことを間近で見て知っていた沙那恵は、結月家の為、家族の為だと言い寄り優しい言葉で『お前が必要だ』と告げることで今まで必要とされてこなかった姉の心は完全に落ち暗示に掛けられたように、自ら望んで我が身を差し出すだろうと考えていた―――。
父と母は政略結婚だった。結月家の由緒ある家柄の娘。長女として生まれた母には結月家、子孫繁栄なる与えられし宿命があった。
必ず女子を授からねばならない。
先祖代々、受け継がれてきた血を絶やすこと無く未来永劫まで繁栄させ続けること。代々、結月家に生まれた女は如何なる時も自我を捨て子を宿し立派に育て上げることを約束させられているのだ。
その血は濃ければ濃いほど良いとされ、他所からの血が混ざる事を嫌った先々代は実子と交わり、より濃い血の子を作り上げた。
そんな結月家で育った母には秘密があった。母 紗夜は――――先々代当主とは別の男との間に生まれた婚外子だったのだ。
けして周囲には知られてはならない秘密。この事実はごく1部の者達により隠蔽された。
――――汚れた血の始まりの子·····。
紗夜の母である今は亡き
莉織は先代当主との間に子を作れず。やもおえない事情だった故の行為ではあったものの、その裏切り行為は、けして許されることではなかった。
莉織は紗夜を産み、僅か数年で奇病にかかり22歳という若さで亡くなった。皆は、彼女の死を祟りだと恐れた。それ以来、誰も莉織の死に触れることはなく存在を抹消された。死して尚、莉織の怨念は生き続け今も地下深くで死霊となって結月家を恨んでいることだろう。
沙那恵が、その事実を知った時。母を汚れた存在、おぞましく醜く人の皮を被った穢らわしい存在であると思った。
そして悪しき女に絶大な最後を·····罰を下すべく沙那恵は策を練って時を待っていたのだ。
世に言う女系家族とは結月家は少し違い当主は必ず結月家の血を受け継ぐ男が表向き上、勤めていた。
始まりは小さな村から。そして今も続く血族の多い辺境の地に住む民達。民達は皆、結月家の家臣として暮らし代々、結月家の秘密を共に守り生きてきた。
彼等もまた被害者なのだ――――。
因果応報…巡り巡って必ず報いは受けるもの――――。
結月の血に迷わされ身を滅ぼす者は多く地位と名誉と富を手にした者達は日に日に正気をなくしていった。
和修も、その一人に成り代わろうと今まさにしていた。心に掛けた重き鎖を解き放ち娘である華菜枝に歪んだ愛を抱いく。
3人が出掛け、どれほど時間が過ぎただろうか?ふと誰かの視線に気づき後ろを振り向くと――――そこには居るはずのない父 和修が華菜枝を見つめ立っていた。
「父さん·····?どうして家にいるの?」
父の眼は獲物を捉えた獣のように怪しく光、不気味に微笑む。華菜枝は父の姿に恐怖を覚えた。
「·····いや…近寄らないで!!」
今まで感じたことのない身の毛もよだつ恐ろしさに華菜枝は、逃げ出そうとするも細い身体はいとも容易く簡単に絆され畳の上に無惨に倒されてしまう。
「やめて!父さん、おかしいわ!!こんなこと·····どうしてしまったの?」
華菜枝の瞳から大粒の涙が溢れた。
「それがどうした?お前は結月家の女だ。結月家の女として、この世に生を受けた以上、役割を果たせることに感謝するがいい!!」
優しかった父の変わり果てた強い口調と物言いに華菜枝は言葉を失った。
「…華菜枝…いい子だから父さんの言うことをお聞き。悪いようにはしないから。お前は選ばれた子なのだよ」
一瞬の静寂が二人の間に流れた。
「·····誰に差し向けられたの?」
ジリジリと詰め寄る父に、もう抵抗は出来ないと腹を括った。
「――――父さん。いいわ。受け入れるから答えて·····お願いよ。最初で最後の私の願いを聞いて」
父は渋い表情を浮かべ、華菜枝の耳元へ唇を寄せると囁くように呟いた。
「お前に役割を与えてくれたのは沙那恵だよ。なんて賢く優しい娘だろう。お前を不憫に思って結月家で生きる知恵を与えようとしてくれた。優しく美しい大事な俺の娘――――」
その瞬間、全てを理解した――――。
全てが沙那恵の策略だった。この家族も結月家さえも、今では沙那恵の支柱にあり自分達は人形のように従い操られていたのだ。計算高く全てを知り尽くし、思い通りに物事を進め支配していく·····なんて恐ろしい女なのだろうか――――。
ずっと、ずっと、この時を待っていたに違いない。何時から華菜枝を陥れようとしていたのだろう?
母は?母は、このことに気づいているのだろうか?脳裏でぐるぐると思考が絡まり黒いモヤが心を埋め尽くす。
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