第32話 過去 ある日
(あれ?ここは・・・)
見覚えがある。
しかし
場所の詳細はそこまでたしかではなく
覚えているのは緊張した空気と
初めての好奇心だった・・・
(!!藤井さん!!)
目の前にいるのは藤井さんだった。
そして
今よりほんの少しだけ若い?感じがした。
「君は今日初めてだけど」
藤井さんは俺に向かって話し出す
(藤井さん!!!)
声を出したいが
音は空気を伝わらず
自分の頭の中だけで響いた。
その状態で
「正直今回の現場は中で人が死んだ【特殊清掃】になるけど」
そうだこれは初めて俺が現場で【特殊清掃】をした日。
「まぁ~脅すわけでもないけど・・・」
そういっていったん話を切った。
「うーん、ぶっちゃけた話気持ち悪いと思う。」
ストレートに表現していた。
「普段、人が死ぬところに遭遇することなんてなかなかないでしょ?」
「はい・・・」
「しかも、腐敗した死体なんてもっとないでしょ?」
「はい・・・」
この時は「はい」しか言えなかったな。
「この仕事【特殊】ってつくだけあって本当に【特殊】だと思う」
「・・・」
「まず臭い、俺もなんて表現したいいかわからないけど・・・まぁ大きく括ると悪臭だから」
「はい・・・」
「それは入ったらすぐにわかると思う・・・あと・・・」
「・・・」
「死体があった場所?そこは基本かなりグロイと思う」
「はい・・・」
「なんていうかな・・・えーっと・・・まずうじが這ってるかな?」
「はい・・・」
「それに場合によっては人の形残ってるし・・・」
「はい・・・」
「これも場合によっての話だけど・・・結構痕跡?というかざっくりいうと肉片?あと髪の毛?それも頭皮付きで残ってるから」
「・・・はい・・・」
今考えるかなりやばいこと言われていたんだと思う
だって初めての人間にこの説明は・・・
もうやめる?みたいなもんだ。
けど俺はずっと「はい」って聞いていたな。
「・・・この話を理解したうえで仕事にとりかかってほしいし、あとみんなに言ってるけど無理なら早く言ってね?なんどもいうけどかなりやばいと思うから」
「はい・・・」
「じゃ、準備しようか?」
「はい!」
威勢よく返事をして藤井さんが準備した装備を手順を聞きながら装着していく。
この時はほんの少しだけわくわくしていた。
なんかゲームみたいとか映画の中みたいとか
本当にしょうもないことを考えていた。
それほど物珍しいものばかりが手に渡されて
それを実際につけていくのは不謹慎と思いながら
楽しかった。
マスクは思ったより呼吸がしづらいし
ゴーグルはなんか視界が狭くて曇って
手袋もなんか分厚くて指が動きずらかった。
防護服は使い捨てのやつだったけど
これもやっぱり着慣れないのか動きづらさを感じた。
ゲームや映画の中ではこんなの着て軽快にうごき
時には火炎放射してたりそんな感じでやっているけど
なれないとそんなことしてたら自分が燃えるなって
着ながら感じた。
一通りの準備を終えると藤井さんが
「じゃ、こっちきて」
と扉の前に呼ぶ
「うん、これから始めるけど・・・」
一つ間を置き
「故人に敬意をはらうこと!だからここで手を合わせて黙とうな」
と説明した
「じゃ」
そういって手をあわせて目をつむってみせた。
そのあとを追うように
俺も同じように行動する。
「今日はお願いします・・・」
小さな声でつぶやいた。
すると
「よし!!じゃいくよ!?」
明るく言い放つ藤井さんその声に
「はい!」
と返事を返した。
ガチャ・・・
扉を開けた
先はほの暗く
不気味な感じだったことを思い出す。
そしてそんな思いをしてる中
それはふいにやってきた。
「!!??」
(これは!!??)
言葉には出さなかったが本当に強烈だった。
この時は言葉に表すことができなかった。
唯一浮かんだのは藤井さんが言っていた悪臭だった。
今までに嗅いだことのない臭いに玄関先でたじろぐ
すると藤井さんが振り返り
「大丈夫か?」
と声をかけてくれた
それに
「・・・」
コクコク
と無言で首を縦に振る。
「うん、じゃ行くよ」
とさらに藤井さんが進んだ。
中は・・・
(!!!!)
衝撃だった。
物があふれていて言葉は悪いがすでに汚い
という感じだった。
俺自身そんなにきれい好きなわけでもないし
部屋がそこまできれいかというとそうでもないと思っている
だが、その数倍上をいく乱雑さと汚さだった。
衝撃にほんのすこし立ち止まってると
「・・・大丈夫かい?」
とまた声をかけてくれた
「・・・はい・・・」
マスクでこもってしまっているが
返事をし
先ほどと同じく
コクコクと首を縦に振る
「うん、まぁ~まずは見た方がいいと思うから・・・」
と藤井さんは歩き出す
「こっち」
と手招きをした
その場所に物をかき分けていくと
そこには
「!!!うっ・・・・わ・・・・・・・」
衝撃が頭を貫いたあと映像が目に入る
「ここで亡くなったみたいなんだ・・・」
そういってその場を見下ろしていた
なんというか・・・
藤井さんがいた通りの状態だったのだが
聞くのと見るのではだいぶ違った。
実際の現場は・・・
もう言葉が出なかったこの時は・・・
でも今見るとこの状況を言葉にできた
ほとんど藤井さんの言う通りで
遺体があった場所は人の形がはっきりと残っていた
もう少しいうとはっきりと残っているのだが
人の形よりもうすこし大きく跡は残っている。
なぜかというとそれは体液が広がったからだ。
人の中の水分、脂肪、血液それらが死ぬことで
人間の維持活動が停止して保護されなくなったことで
微細物が分解していく
体が解けていく
人として形がわかるものは骨ぐらいになる。
そんな人間が死んだあと
自然に朽ちていく様
時の流れが残していくものだった。
さらには虫
言っていた通り蛆ががウネウネと這っている
周りにはハエの死骸も転がっている
そのハエも普段見るよりだいぶ大きい。
これはこの初仕事を終えたのちに聞いたのだが
どうやらハエは人間という栄養たっぷりの食事を得ることで
普通にいるハエより大きくなる
と話を聞いた。
それに最後は藤井さんが言っていた痕跡・・・
平たくいうところの肉片があった
いや、頭皮というべきか?
その現場は髪の毛がばっさりと広がり
その先には頭皮が残っていて
この時は・・・
この時は気持ち悪いって素直に思った。
吐きそうになる感覚がわかった。
でもなんとかこらえた。
仕事の前ここの人の情報とかは特に聞いてなかったが
すぐにわかった。
きっと女性だと。
髪が長かったからなんとなくそう思った。
「・・・」
藤井さんは黙って俺の動向を観察しているようだった
その視線に気が付き藤井さんに向き直る
「・・・あの・・・」
「・・・どう?いけそう?」
「・・・」
迷った
本当は
「いけます!!」
て言いたかったが
それを言うにはあまりにもリアルで
そして気持ちが悪くて
怖くて
いろんなことが頭を回って・・・
しかし、
「・・・はい」
返事をした
別に強勢をされたわけでもない
むしろ藤井さんはやめてもいいよって促してくれたように感じる
でも
俺はいろんなことを思ったが
心の奥隅で
(なんかできそう)
ってほんの少し思ったんだ
ならやってやろうって・・・
本当にもう限界が来た時に
「ごめんなさい」っていうつもりで
一度経験してみたいって
そう思ったんだ。
「・・・わかった!じゃ~今回は俺がこの辺やるから君はそっちの奥の方からゴミを集めて袋に詰めてくれる?」
「え?」
「初めてだとやっぱりまだここは厳しいからさ?順にやろ?君はまずはゴミひろいからね?」
「あ・・・はい・・・」
意気込んでいた分なんだか
肩透かしをくらった気分だが
心のどこかで
(よかった)
とほっとする気持ちもあった
それから俺は藤井さんに言われたところを
やりはじめる。
ゴミ拾いといわれてなめてたが
案外分別が難しかったりもした。
そのたびに藤井さんに聞きながら徐々に
物が乱雑している状態を
物がない空間が占めていった。
それはなんだか・・・
楽しかった。
この言葉はこれまた不謹慎だと思う。
だが
なんとも言えない達成感が心を満たした。
やっていたことがそのまま目に見えてわかるのは
俺にとっては本当によくて
それ自体がそのままやりがいに直結した。
その中藤井さんは黙々と作業をしていた。
あのとき自分で精一杯だったからよく見てなかったが
今はこうして見れる。
髪の毛や蛆そういったものを薬剤で浮かして
それを丁寧にふき取っていく
血液や体液の跡を薬剤を吹き付けて
一生懸命拭いている。
その姿は懸命に現実をみて
そして
懸命にそのあとの仕事を全うしている
そんな男の背中だった・・・
時間がたちもうお昼ごろになった
「そろそろ昼にしようか?」
「はい!」
そういって二人は部屋を後にした
そして作業着を脱ぎ
車で移動する
しかし
「ははは、臭い残ってるていうか、ついているでしょ?」
「そうですね・・・」
自分からあの現場の臭いがする
それはなんとも不快で
これから食事をするのにこの臭いかと
げんなりした。
手早く買い物を済ませるよう言われたのもこの時だった。
この日は臭いのおかげで食費が少なく済んだのがある意味よかった点だ。
そうやって始まるお昼休憩。
特に話すことがないというかまだ緊張してあまり話してなかった。
だが
「どう?初日?きつくない?」
藤井さんは心配の言葉をかけてくれた
「そうですね・・・思っていたよりは大丈夫だと思います。」
「そうか・・・それはよかった。」
安心したのかすこし藤井さんの顔がほころぶ
「この仕事さ・・・選ぶんだよね・・・人を・・・」
考え深げに話す
「だってさ、まずは人が死んだ場所って気持ち悪いでしょ?」
「まぁー・・・そうですね・・・」
「あとはこの臭い?これもね?本当に厳しい人はダメだし・・・」
そして顔を天にむけて
「あとさ、肉片?頭皮とか?あれはもろじゃん?」
「そうですね・・・」
食事中にあまり思い出したくないがなんとなく頭をよぎる
「この仕事して、初めてやる人はさ、最初は大丈夫っていうけど現実見るとね、やっぱり無理な人が多くてさ・・・」
どこか悲し気にいう。
「だから何度も確認するんだ。臭いや状況、そしてその亡くなった人の現場を見た時と・・・」
「・・・」
黙って聞いていた。
「たいていは臭いでアウト!そこを抜けても状況でアウト!!最終的に亡くなったところ見てアウト!!!みたいな感じでスリーアウトで仕事チェンジ!!ってね」
笑いながら話した
「だから君が迷っていても『はい』って言ったのは・・・うんよかったって思ったよ・・・」
しみじみと話した。
「この仕事はさ・・・元々いいイメージないんだよね・・・なんかさ、闇の仕事みたいな?裏家業のように扱われてさ・・・」
なんだかすこし遠い目をしている
「わからないでもないんだ。人が亡くなったその部屋、まだ跡がたくさん残っている部屋に入って片付ける・・・それは日常とはかけ離れた言わば非日常だって・・・」
声は落ち着きゆっくりと話す。
「しまいには事故物件製造機!!みたいにさ」
笑っているがどこか悲しそうにいう
「・・・でもさ、死って人間にとって実は現実の一部じゃん?それがたまたま住んでいた所・・・その人が日常を育んでいた場所なだけでさ・・・実は全くの非日常なわけでないんだよね・・・」
「・・・」
だまって話を聞いていた
でも今ならわかる気がした。
あの時はどう反応していいかわからなかったが
今ならきっと
「そうですね」って
心をこめて言える気がする
「この部屋だってきっと事故物件ていうレッテル張られて腫れ物扱うみたいに最初はなるだろうけどさ・・・きっとそんなところでも人が生活していたら日常になっていくんだろうな・・・」
「・・・」
おれはだまってその話を聞いていた。
藤井さんはきっと時間がたてば当たり前じゃなかったものも
時間がたてば当たり前になるってことなんだと思う。
「なんて!なに語ってるのか?いやだね~年をとるのは」
笑っていた。
あの時はわからなかった
いや今の今までわかってなかった。
藤井さんは非日常を繰り返していつの間にか日常になっていた・・・
それは俺も同じ・・・
そして俺たちが非日常を体験する代わりにその上に日常が成り立ってる
そんな誇りを持っていたのだと思った。
なんか・・・
悲しかった
この人にもう会えないことが・・・
そして日常になることが・・・
でもきっと藤井さんはそれでも日常を過ごせというだろうなと・・・
ぱっと場面が切り替わる
・・・
ここは?
(“あの”部屋!!!)
さっきまで俺がいた部屋
そこでは藤井さんが作業している
そこで一枚の写真を手に取ってる
「ふーん・・・こんな感じだったのか・・・ここの人たちは・・・奥さん?彼女?まぁ~いい別れではなかったのかな?でも・・・」
そういって裏もみて
「いい思い出があったろうに・・・もったいないね・・・」
そういって袋の中に入れた
「うん・・・・・・・・・・・・から!おにさん無理しないでね!」
「あ!あの!!」
声が聞こえた
すると
「ん?」
そういって部屋を出ていった
「なんか話声あったけど?なにかあった?」
藤井さんが俺に声をかけている
これは最後の日・・・
藤井さんとやった最後の日・・・
ほんの少し話をして今日は終わる
「まぁ~今回一人は厳しい所だったから、量的にもあと匂いも結構してるしな。呼んでくれたよかったよ」
と言葉をつづけた
そしてそのあとに
「にしても朝の話じゃないけどたしかに気味が悪い物件だな」
と俺を肯定的に話してくれた
「写真があれはさすがに気持ち悪いからな~まとものやつなんて一枚しかなかったしな~」
「まともなやつですか?」
「うん、一枚だけ出てきたよ、恋人、もしくは夫婦だったのか・・・どっちにしてもうまくいかなかったんだろうけどさ」
「そうなんですね・・・」
そういって解散していった。
この後藤井さんは・・・
でも
なぜ今この場面が?
なぜ初日の仕事風景が?
なにか伝えたいのか?
藤井さんが俺に?
だとしたらこの場面が意味してるのは?
藤井さんの言葉が意味していたのは?
俺は・・・
もう一度・・・
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