雪の降る休日
中村ありす
雪の降る休日
隣で動く気配がした。
ゆっくりと目を開けて左隣を確認する。寝る前にはいたはずの彼女の姿はない。
今度は布団に入ったまま少し体を起こし部屋を見渡す。するとパジャマ姿のまま窓の前に座る、彼女の後ろ姿が見えた。
彼女はまだ寝ている恋人を起こさないように、カーテンを少しだけ開けて窓の外を眺めていた。窓は日の光によって白く光っているため、ベッドの上からは彼女が見ているものは確認できなかった。
静かにあくびを済ませた後、布団をめくりベッドから出ようとする。すると昨日までとは比べ物にならないほどの冷気が肌に刺さった。
(…寒い)
体が小さく縮こまり、まだ温かい布団に戻りたくなった。しかしその気持ちをグッと堪え、深呼吸をしてからベッドを出る。
部屋の寒さに体温を奪われていくのを感じながら、彼女のもとへ歩いていく。そして声をかけようとした時、彼女はこちらの気配を感じたのか急に振り向いた。
「わ、おはよ」
彼女は少し驚いた様子の後、はにかみながら朝の挨拶をする。頬と鼻先がぼんやりと赤くなっていた。
彼女の声を聞きながら、両手で彼女の顔を優しく包む。自分よりほんの少し先に布団を出ただけなのに、彼女の顔はすでに冷えていた。両手の体温がじわじわと奪われていく。
「おはよ、何見てるの?」
温かい手に気持ちよさそうにする彼女に、挨拶を返しながら問う。
「外、雪降ってたの!」
彼女は目を輝かせながら答える。そして顔を手で包まれたまま、窓の外を指差す。
促されるまま窓の外を見る。一瞬日の光で目が眩んだ後、ゆっくりと毎日見る景色が見えてきた。しかし今日はいつもより景色は白かった。空は雲で、屋根や地面は雪で覆われていたのだ。
「道理で寒いわけだ」
大粒の雪がしんしんと降っている。雪の水気は多そうであり、ここは都会なので雪国のように積もることはなさそうだ。しかしまだ雪は止みそうにない。今日一日は降るかもしれない。
「昨日の天気予報では雨だったのに!雪になっちゃったね!」
「雨も嫌だけど、雪だともっと外出るの嫌になっちゃうね!」
彼女は残念がる言葉を並べる。しかし顔は生き生きとして、声は張っていた。都会では珍しい量の雪に対して、内心喜んでいるのだろう。
愛おしいな、彼女への愛を再確認する。それと同時に身震いをした。雪が降るほどの気温である。暖房を付けていない部屋にパジャマ姿でいたため、体が冷えてしまったのだ。
(たった少しでも冷えるな…)
彼女の手を握ってみた。顔と同様に冷えていた。きっと顔や手だけではなく全身がベッドにいた時より冷えているだろう。
「雪見てたら冷えちゃったね、コーヒーでも飲もっか」
こちらの様子に気が付いた彼女は、立ち上がちキッチンに向かおうとする。その姿を見ながら、彼女が入れてくれるコーヒーを思い浮かべる。暖かくて美味しくて、朝から最高な気分になれると思った。
しかし今求めているのはコーヒーではなかった。キッチンに向かう彼女の手を引き抱きしめる。
「ぉわ!」
思った通り彼女の体は冷えていた。
「コーヒーも良いけど、」
そう言いながら、彼女を抱いたままベッドに倒れ込む。布団にはまだ寝ていた時の体温が少し残っていた。温かい。
「今日はこっちの気分」
驚く彼女に布団を被せ、改めて抱きつく。彼女のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
倒れ込んだ時は驚き慌てていた彼女だったが、こちらの意図を理解したのか抱きつき返してきた。彼女が足を絡ませてきた時、あまりにも冷たくて逆に驚かされてしまった。
「…私冷たいでしょ」
いたずらっ子のような、申し訳なさそうな顔で彼女は言う。確かに冷たい。しかし今は温かい布団の中、彼女の冷たさが逆に気持ち良く感じた。
「大丈夫だよ」
彼女の背中を優しくなでる。彼女は幸せそうに静かにほほ笑む。そして落ち着いたのか、彼女の体から力が抜けるのを感じた。
しばらくすると腕の中から小さな寝息が聞こえた。その寝息を聞きながら自分も再び眠りにつく。
まだ雪の降る休日は始まったばかり。どう過ごすかは起きてから彼女と考えようと思った。
雪の降る休日 中村ありす @alicetti1214
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます