片耳のイヤホン

谷 友貴

第一話

「今まで楽しかった。でも、春香が何考えてるかずっと分かんなかった」


 お酒を飲むようになる前から持っていたあの夢を、いよいよ次の飲み会で叶えるんだと、彼氏が居るにも関わらず、そう決意したバイト先の飲み会の帰り道、最寄りのバス停を降りたところで、彼氏から、話したい事がある。と、通知が届き、ワイヤレスイヤホンを通じて、その言葉を聞いた。


 何考えてるか分かんない。


 同性にも異性にも過去に数回言われたことのあるその言葉は、私の心に新しい傷となって残りはしなかったが、傷跡を真新しくさせた。


 しかし、初めてできた彼氏と向こうも知っていて、仮にもその瞬間までは自分の彼女である私に、もう少しくらい言葉を選べよと思う。


 いや、逆に別れる時はこれくらいきっぱりと、未練なく別れるようにするものなのか。


 自分が馬鹿ではないという自負はあるけど、こればかりは初めてで分からない。

 でも、友達には相談できない。


 今思い返せば、チャンスもゼロじゃなかったのだから、抵抗感を持たず、中学高校と恋愛をしておけば良かった。


 もう大学生になって、お酒を合法的に飲める年にもなっているのに、こんなフラれ方って普通なのなんて相談、恥ずかし過ぎる。


 それに、やっぱり、単純にショックだ。


 彼のことは純粋に好きだったし、告白された時の高揚感は今でも覚えている。


 明日から、というか、電話が切られた数分前から、私は彼氏の居ない女になったのだ。


 こういう時に、誰にも会わず、殻に閉じこもりたくなるタイプであることは、自分でも良いか悪いか分からないが、明日は講義を取ってない日で、バイトも入ってないことは都合が良かった。


 普段どおりに過ごしていれば、基本的にインドアな私に、親が余計な心配をしてくることもないだろう。


 できるだけ、普段どおりに。


 街灯が等間隔に光る夜の住宅街は、人気もなく、日中を活動的に過ごしたであろう人々の生活音すらも聞こえない。


 彼氏を失った私が奏でる生活音は、今まで通りに響くのだろうか。

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