世界史目立ち度ランキング

@redhelmet

世界史目立ち度ランキング

 


 今日はレポートの締め切り日。テーマは『明末江南みんまつこうなんの農村諸問題』

 私は髭のマスターに、いつものコーヒーを注文する。今日は長くかかりそうだね。マスターが耳元で囁く。うん、だからマグカップでお願い、私は軽くウインクする。

 さあ、始めるぞ。東出教授のゼミは七人という少人数。しょっちゅうレポーターが回ってくる。今回は中国史だ。明の時代の末期、その時期の長江下流域の農村でどのような経済的あるいは政治的問題があったのか。地味だけどわくわくする課題だ。

 私はマグカップから香る濃いコーヒーを一口含み、一冊目のハードカバーを開いた。

「ギリちゃんさあ、ヒマだね。世界史目立ち度ランキング、またやろうか?」

「え、いまっすか?この前もやったけど。でも、まあいいっすよ、じゃあ、島ちゃんから」

「よーし、まず第3位。トゥルルルルー、『カノッサの屈辱』…とかいいんじゃない?」

「いいっすねえ、カノッサ」

「いいっしょ、いいっしょ。なんだろ、何がどう屈辱なのかよくわかんないけど、だれかがすごく恥ずかしめを受けたっていうのが、出てるよね。いいなあ、カノッサの屈辱」

 私は専門書に没頭していたが、徐々に顔をあげた。何を言っているの、この人たち。

「2位はねえ、ギリちゃん、こういうの好き、だったりして…『レコンキスタ』?」

「おーっと、そう来ましたか、レコンにキスタ。響き、いいっすよねえ、なんか明るくて」

「そう。三回唱えたらいいことありそう。レコンキスタ、レコンキスタ、レコンキスタ!」

「わはは」

 え?嘘でしょ。何言ってるの?馬鹿なの?

「じゃあ、1位は?島ちゃん推しの」

「うーん、なんだろ。サイクス・ピコ条約?」

「それってさあ、かわいい系じゃない?レコンキスタと同じようにさ、響き系目立ち度でしょ、ちょっと違う視点からのほうが…」

「あちゃー、おじさんやられました!そだねえ、響きかわいい系が1位じゃねえ。ピコピコ、サイクスピコ。深いなあ、ギリちゃんは」

 なに者よ、このおっさんたち。世界史目立ち度ランキング?私は歴史を専門とする学生だ。目立ち度って、何?歴史を侮辱してるわ。

「1位はやっぱ、王道で行く?ギリちゃん」

「そうっすね。俺もそのほうが、悔いないし」

「じゃあ、ギリちゃんさ、いっしょに言おうか。世界史目立ち度ランキング、第1位は!」

私は耳を塞ぎたかった。でも、でも、なんか聞きたい、何が1位なの?

「よーし。せーの……」

「ゲルマン民族の、大移動!」

「わははあ、やっぱねー」

「そうこなくっちゃ」

 ガクッ!馬鹿か、こいつら。

「なんかさあ、雄大だよね『ゲ・ル・マン、みん・ぞくー!だい・イドー!』みたいな?」

「そうだー。みんなで、なんだろ、鍋釜さげてさ、牛とか山羊とか連れて、灰色の農民服まとった、もんのすごい数の人たちがさあ、移動してんのよ。すごいと思わない?」

「すっごいすよね」

 たしかに凄いかもしれない、と私は思ってしまった。

「景がでかいよね。やっぱ」

「でかい」

「じゃあ、あれかい、世界史目立ち度ランキング第1位はこれで決まり?ギリちゃん」

「じゃないっすか。俺、好きっすよ、ゲルマン民族の大移動」

 好きとか嫌いとか、そういう問題なの?

「じゃ、決まりってことで。じゃ、ぎりちゃんさあ、締めの意味も含めて、世界史目立ち度川柳?あれ、やりながら帰ろうか」

「いいっすよ、目立ち度川柳。じゃ、俺から『ギリシャには勝ったが今日はマケドニア』」

「あはは、じゃあ僕はね。うーんと、『ペルシャでは刀も蜂もササン朝』、どうだい?」

「『丸八じゃないぜおいらはヌルハチさ』」

「きゃはは…」

 おっさん二人は仲良く店を後にした。

レポートを書くのが馬鹿馬鹿しくなってきた。なによ、あいつら。でも、…あれ?なにこれ、私の中にラップが弾んでいる。体が自然にリズムを刻んでいる。どうしたの。

♪(男)ラップだぜー、世界史目立ち度ラップだぜー。ダロダロダロダロ、ダーロダロ、やっぱねモヘンジョダーロ、ダロ。四大文明、インダスの、遺跡の町だ、モヘンジョダロ。

 (女)ハラッパも、忘れちゃいやよ、ハラッパも。ラッパラッパ、ハラッパラッパ、ニッポンの、原っぱじゃない、インダスよ。イエーイ、ラッパラッパ、ハラッパラッパ。

(男女)モヘンジョダロ、モヘンジョダロ、ダロダロダロダロ、ダーロダロ

(女男)ラッパラッパ、ハラッパラッパ…♪

 私は足どり軽く店を後にした。髭のマスターの目が点になっていた。イエーイ。












 

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