第38話 陰謀?
「どういうことだ、ラナ」
俺とフローラが使う部屋?
何を言っている。
ほぼ毎晩二人で仲良く話をしているが、俺たちはまだそういう関係にはなっていない。
それなのに、ベッドがひとつしかない部屋を二人で使えだと?
陰謀か、これはシリルあたりの陰謀なのか!?
「ご主人様がブツクサ言うだろうからと、シリルから手紙を預かっています」
「ブツクサ……」
手渡された簡素な封筒から手紙を取り出し、読む。
『おそらく動揺のあまり僕の陰謀だとお疑いになっていることと思いますが、違います。今回王都に行かれる目的を思い出していただければ何故同室にしたのかをご理解いただけると思います』
今回王都に行くのは、陛下にフローラを紹介するためと、仲睦まじい様子を周囲に見せるためだ。
こういったホテルは夫婦同室が一般的。
それなのに新婚夫婦である俺たちが別室を使っているところを他の貴族に見られでもしたら、ということか……。
ということは。フローラとずっと同室。ベッドまで一緒。
タウンハウスも妾事件の後に売ってしまい、どうせ滅多に使わないからとその後買っていない。つまり王都に着いてもホテルに泊まることになり、やはりフローラと同室。
……大丈夫か、俺。
せめてタウンハウスくらい買っておけばよかった。
再度手紙に視線を落とすと、下のほうに小さく何か書いてあることに気づいた。
『いろいろ大変かと思いますが頑張ってください(笑)』
……。
あいつ、この状況を楽しんでるな。
相変わらず性格が悪い!
ちらりとフローラを見下ろすと、彼女も戸惑ったような顔をしていた。
その後何を食べたのか、何をしていたのかよく覚えていない。
フローラがラナに手伝ってもらいながら入浴を済ませ、俺も簡単に済ませてついに部屋に二人きりになってしまった。
なんとなくソファに座るが、今日は隣同士じゃない。一人掛けのソファが二つあるだけだから。
ソファで寝られないようにする誰かの陰謀か。いや誰の陰謀だというんだ馬鹿馬鹿しい。
がしがしと乱暴にタオルで頭を拭いていると、フローラが俺をじっと見ていることに気づいた。
「……アルの髪型」
「ん?」
「そうして前髪を下ろしているのはなんだか新鮮ですね」
「ああ……そう言われてみればそうだな」
夜に二人で話す時、フローラは入浴を済ませた後だが、俺は話が終わってから風呂に入って寝るかもう少し仕事をするかしている。
いつもは前髪をゆるく後ろに流しているから、こうして前髪を下ろしている姿はフローラに見せることがなかったかもしれない。
若くして爵位を継いだから、見た目だけでもなるべく若く見られないようその髪型にしてきたんだったな。
「普段も素敵ですが、そういう髪型もなんだかかっこいいです」
フローラが少し照れたような笑みを浮かべる。
どくん、と心臓がはねた。
頼むからよけいにドキドキさせないでくれ……。
しかしフローラはこの髪型が好きなのか。明日から前髪を下ろそうかな。
「ところで、あの……」
「うん?」
「そろそろ寝る時間ですが、ベッドが……一つしかありませんね……」
ぐうっ!
そんなかわいい顔で顔を赤らめながらそんなことを言わないでくれ……!
俺は心を落ち着けるように、わざとらしい咳ばらいをした。
「ああ。だが、なんというかその……ここでそんなことをしたりしないから安心してくれ。結婚式もあんなだったし、フローラが大事だから今度こそちゃんと手順を踏みたいと思っているんだ。まずは陛下に紹介をしなければと思っている」
「はい」
「だから、旅先でそんなことは……」
「はい……」
しん、と部屋が静まり返る。
気まずい。気まずすぎて死にそうだ。
いや何をビクビクしている、思春期の少年じゃあるまいし。俺のほうが四つも年上なのだから大人の余裕を見せなければならない。
夫婦なのだし、一つのベッドで眠るくらいどうということはない。ソファに座って話すのと大差ない。
「じゃあそろそろ寝ようか。ベッドは広いから問題ないだろう」
「そ、そうですね」
少しぎこちない笑顔を見せるフローラがかわいい。
二人でもそもそとベッドにあがり、少し距離をあけて寝転がる。隣を見ることなどできず、ただひたすら天井を見つめた。
ああそうだ、大したことじゃない。大したことじゃないとも。
騎士科の遠征では雑魚寝したことも何度もあった。あれと同じだ。隣に寝ているのが、汗臭い男たちじゃなくふわふわといい香りのする愛しい女性だというだけで。……全然違うじゃないか、くそ。
そうだ、ランプの灯かりを消さなければ。
ベッドサイドのランプに手を伸ばしたとき、後ろからスースーという規則正しい小さな呼吸音が聞こえた。
驚いて振り返ると、フローラはすでに目をつむっていた。
寝た!? もう!?
たしかに夫婦だし、気持ちも通じ合っているが。この状況で警戒感や緊張感よりも眠気が勝るというのか。
ああ……だが。
かわいい。寝顔がものすごくかわいい。
なんというあどけない顔で寝るんだ。ずっと見ていられる。
頬を軽くつつくが、起きる様子もない。安心しすぎだろう。
もしや……俺を男として意識していない!? いやいや、そんなはずはない。愛していると言ってくれたし、口づけだってしている。
それとも、男のなんというかそのそういう感じの欲について知らない? いやいや、男に対する警戒感を養うようある程度の年齢になれば大まかには教えられるはずだ。小屋で危険な目にもあっているし。
もしくは俺の女性恐怖症が完治していないと? いやいや、それなら一緒に寝ること自体に気を使いそうだし、口づけたり抱きしめたりを日常的にやってきたのだからそうは思っていないはず。
なら……いやいや……と考え続けているうちに、馬鹿馬鹿しくなってきた。
もう寝てしまおう。
ランプの灯りを消し、目をつむる。
小さな寝息やふわふわと鼻をくすぐる香りが気になって仕方がないが、大丈夫だ、目をつむっていればいずれ眠気はやってくる。
ようやくうつらうつらし始めたそのとき、左腕に温かく柔らかい感触が。
……フローラが。
俺の左腕に抱き着いている。
もちろんスースー寝ている。
なるほど。
これは新手の拷問か。
結局ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
食欲もろくにわかないまま、部屋に運ばれてきた朝食を義務的に口に運ぶ。
「アルフレッド様……アル?」
「うん?」
「お疲れのようですが、どこか具合でも?」
「いや、いたって健康だ。むしろ健康すぎた」
「……? もしかして他人と一緒のベッドだと眠れないのでしょうか?」
「そういうわけじゃない。君は他人ではないし、君と眠るのが嫌なわけじゃない。むしろ幸せだ。なんというか……大丈夫だ」
「そうですか。それならいいのですが……」
結局、俺は王都に着くまで夜ごと幸せな拷問を受け続けることになった。
早く領地に帰らないと心か身体のどちらかもしくは両方がおかしくなるな、と思った。
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