第25話 或る家令の嘆き


「旦那様……」


 私は旦那様の話を聞き、天を仰いだ。


 社交シーズンとなり王都へ行ったはずの旦那様が、領地に戻ってきた。

 何事かと思えば、ハデルン伯爵領で新たに発見された魔石鉱脈の採掘事業への投資を決めてきたというのだ。今まで領地経営を丸投げしてきた家令である私に一言の相談もなく。

 しかも既に王都にある王立銀行から借入して、支払いまで済ませてしまったというではないか!


「なぜ事前にご相談くださらなかったのですか……!」


「仕方があるまい、あと五億集まれば投資の募集を打ち切るというのだから。目標額が集まったからすぐにでも採掘は始まるし、採掘開始後は月に三パーセントもの配当が入るんだ。これを逃す手はない」


「まさか……王立銀行から五億借りてまるまる投資したのですか」


「そうだ」


「銀行が信用もなにもないシルドラン伯爵領に五億もの金を貸す? まさか……領地を抵当に……」


「それがなんだ、五億などすぐに回収できる!」


 旦那様が執務机に証券を叩きつける。

 足元がガラガラと崩れていくような錯覚におそわれ、立っているのもやっとだった。


「月に三パーセントなど……詐欺ではないのですか……」


 必ず儲かるなどという話がこの世にあるはずがない。

 そんなことを言うのは詐欺師だけだ。


「私を馬鹿にしているのか。ハデルン伯爵とは親しくはなかったが顔は見知っている、その伯爵本人から話を持ち掛けられたのだ」


「伯爵本人に? 夜会かどこかでお会いになったのでしょうか」


 それならまだ信用できる。

 夜会は招待状を持った人間しか入れないのだから、ハデルン伯爵本人に間違いないだろう。

 特別豊かではないにしろ歴史の古い伯爵家の当主が、爵位をかけてケチな詐欺など働くはずがない。


「まあ場所はどうでもいいだろう」


 その言葉に嫌な予感がする。

 まさか賭博場などの怪しげな場所ではないだろうな!?


「いったいどこで」


「それはいいと言っているだろう。それにハデルン伯爵領に魔石鉱脈の痕跡があると一時騒がれていたのはお前も知っているだろう。魔石は金になる、問題はない」


 ハデルン伯爵領の魔石の話は知っているし、それ自体は確かな筋からの話だから間違いはない。

 ただ、採掘を始められるほど調査は進んでいたのか?

 魔石が金になるのも間違いはないが、どうもきなくさい。


「ハデルン伯爵領には直接確認なさいましたか」


「伯爵本人が王都にいるのに領地に確認など出せるはずがないだろう!」


 伯爵本人から持ち掛けられたというのは確かなのだろうか。

 しかし必ず儲かると言い、さらに支払いを急がせるのは詐欺師の常套手段だ。

 もしこれが詐欺だったとしたら、この伯爵領に五億の返済能力などない。

 屋敷中のものをかき集めて売っても一億にもならないだろう。

 銀行に返済できなければ、このシルドラン伯爵領は、たった五億で他人の手に渡ってしまう。 

 そもそも投資というのはここまで余力のない状態で行うものではないというのに……!


「ハデルン伯爵本人だったというのは間違いないのですか」


「くどい!」


 旦那様は立ち上がり、執務室から出て行ってしまった。

 ああ、まただ。

 話を詳しく聞こうとするといつもこうして激高する。

 そもそもなぜ焦って投資などに手を出したんだ。もしかして夫人にもっと稼いで来いとでも言われたのか。

 フローラ様を売って得る一億オルドでは不足だとでも言うのか。

 私に相談しなかったのも、相談すれば止められるだろうと思ってのことだろう。そこまでわかっていてなぜこんな危険な賭けに乗ってしまったのか。

 しかし嘆いている場合じゃない。

 まずはハデルン伯爵領に確認をとらなければ。

 この話が詐欺でなければ無礼にあたるが、そんなことを言っている場合ではない。シルドラン伯爵領の命運がかかっている。

 確認が終わるまではせめて旦那様にこの屋敷にいてもらわねば。

 机の上の証券を見る。

 このハデルン伯爵のサインは、本物か偽物か。

 シルドラン伯爵領の命運がかかったこの紙が、ただの紙切れとならないことを神に祈るしかなかった。

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