第7話 結婚式


「奥様、お美しいです」


 私のお化粧を終えたラナが、優しい目を向けながらそう言ってくれる。

 ラナに手を引かれ、大きな鏡の前に立った。

 鏡に映るのは、ウェディングドレスを身にまとい、初めてお化粧をしている自分。少しはきれいに見えるかしら。

 髪にはブーケと同じ白薔薇を飾ってくれて、生地がいいとは言い難いドレスとベールでも少しだけ豪華に見える。

 胸にはお母様のネックレス。左胸にはマリアンが作ってくれた薔薇の飾り。二人への思いに、胸がじんと熱くなった。二人には花嫁姿を見せたかったわ。


 ラナとともに控室から出て大きな扉の前に行く。騎士らしく美しい姿勢で立つアルフレッド様が待っていた。

 黒髪は昨日よりもしっかりと後ろに撫でつけられ、より精悍な印象になっている。

 美しい刺繍が施された白い衣装が長身と逞しい体に映えて、まるで絵本に出てくる聖騎士のよう。

 素敵な人だな、と思った。

 本来なら父親と一緒に入場し、祭壇の前で待つ新郎の隣に行くものだけれど、父親がいないので新郎とともに入場するということだった。


「腕を」


 アルフレッド様が私に腕をさっと差し出す。

 そこにつかまれということなのでしょう。


「はい」


 アルフレッド様の腕に手を添えると、その硬さに驚いた。

 男性の腕ってこんなに硬いものなのね。お父様のは柔らかそうなのだけど。

 ふと彼を見上げると、横顔でもはっきりとわかるほど眉間にしわが寄っている。

 そんなに女性がお嫌いなのね……。


「行くぞ」


 アルフレッド様のお言葉は兵士にかける号令がごとく簡潔で短い。

 思わず苦笑してしまう。

 使用人によって大きな扉が左右に開けられ、二人で足を進める。

 進めるのだけど……速い。長いバージンロードをスタスタ歩いていく。

 一・二、一・二という掛け声でも聞こえてきそうな歩行スピードに、高いヒールの靴を履いた足がもつれそうになる。


「あ、あの、アルフレッド様」


 ロマンチックのロの字もない。というか転びそう……!

 もうすぐ祭壇というところでつまずいてしまう。

 牧師様の前で盛大に転ぶ自分を想像して青ざめたけれど、太い腕が腰に回ってなかば無理矢理体を起こされた。

 彼の手は、私が体勢を立て直すとすぐに離れていった。


「あ、ありがとうございます」


「……いや。こちらが少し急ぎすぎた。すまない」


 謝られたことが意外で顔を上げるけれど、やっぱりその眉間には深いしわが寄ったまま。しかも私のほうを見ない。

 どうも彼の性格を読み切れないわ。

 牧師様に二人で向き直る。


「ではこれより神の御導きによりめぐり会いしお二人の結婚式を執り行います」


 老齢の牧師様のお声が、招待客のいない広い礼拝堂によく響く。

 あら、よく見ると牧師様は椅子に座っていらっしゃるわ。

 ロンおじいさまほどもじゃもじゃではない白いおひげに、なつかしい気持ちが呼び起こされる。

 おじいさまにも花嫁姿を見ていただきたかった。


「新郎アルフレッド。あなたはここにいるフローラを、喜びの時も悲しみの時も、神の試練が降りかかりし時も、自分が気遣いもせずスタスタ歩いたせいで転びそうになった時も、妻として愛し慈しむことを誓いますか」


 ……。

 何か途中で違う文言が入っていた気がするけれど。


「……誓います」


 そう言うアルフレッド様の額には青筋が浮いていたような気がするけれど、見なかったことにしておこう。


「新婦フローラ。あなたはここにいるアルフレッドを、喜びの時も悲しみの時も、神の試練が降りかかりし時も、残念な朴念仁だとわかった時も、夫として愛し慈しむことを誓いますか」


「は、はい、誓います」


 怖くて隣を見られない。


「では指輪の交換を」


 渡してくれる人もいないせいか、アルフレッド様がポケットから指輪の入った小さな箱を取り出す。

 もう驚きもしない。

 指輪は案外私にぴったりだった。


「続いて誓いのキスを」


 なぜかため息交じりに牧師様が言う。

 ベールが上げられて、アルフレッド様の端正なお顔が近づいてくる。私は目を閉じた。

 緊張に胸が高鳴る。

 そして唇が……触れることなく彼の顔が離れていった。

 本当に女性嫌いが徹底しているわ。それとも私のことがお嫌いなのかしら。

 もう一度、牧師様のため息が響いた。

 その後結婚証明書にサインし、とても簡略化された結婚式は終わって私たちは夫婦となった。

 一年で終わる夫婦に。



 その後特に何もなく、とても美味しい食事と気持ち良すぎる入浴をして、あとは寝るだけになった。

 一応今夜は初夜ということになるのだけど、きっとアルフレッド様がこの部屋を訪れることはないのでしょうね。

 ラナが用意してくれたナイトドレスは、上品ながらもどこかセクシーなつくりだった。

 丈がひざ下なのはいいけれど、レースでできた細い肩紐が頼りない。胸元もやや深めにあいている。生地も透けそうで透けない絶妙な薄さ。

 同じくラナが用意してくれた同じ生地の長袖のガウンをまとうと、足首まで隠されてかなり肌の露出が少ななくなってほっとする。

 本来なら、初夜はガウンをまとわず新郎を待つのだとか。妻となる人はこんな姿を夫の前にさらすのものなのね。

 扉が開いて閉まる音がかすかに聞こえる。アルフレッド様が自室に入ったのね。

 宣言通り、隣の部屋とこの部屋をつなぐ扉が開くことはなかった。

 緊張が緩んで、布団をかけて目をつむる。ああ……ふかふかで気持ちがいい。

 壁が薄いのか、時折隣からわずかな物音が聞こえてくる。

 ずっと一人で眠っていたから、夜に誰かが近くにいるというのは久しぶり。

 森の小屋では物音がすると警戒したものだけど、今は近くに人がいるという安心感をおぼえる。

 共に過ごすことはないけれど、アルフレッド様の気配だけを感じる夜。

 こんな関係も悪くないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ゆるやかに眠りの世界に落ちていった。

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