第30話 カノジョとの再会
「殿! 是非とも拙者にもその手伝いをさせてください!」
「うお!?」
可成は涙を流しながら身を乗り出してきて、信長にぐぐいぐいぐいと迫ってきた。
魔王信長も、その暑苦しさにはちょっと引き気味だ。
「いや、でもお前武官だし」
「勉強します!」
「経済のこととか知らないんじゃ」
「勉強しますッ‼」
「書類の作り方とか」
「勉強しますッ‼‼」
めいっぱい前のめりになる可成に対して、めいっぱいのけ反りながら、信長は折れた。
「えっと、じゃああとで長秀のところに行って教えてもらってくれ」
「感謝いたします!」
可成が暑苦しい声をあげると、慶次が書類をトントンと机に当ててそろえ、大きく伸びをした。
「魔王様、こちらの書類、終わりました」
「おうそうか、じゃあ利家とふたりで兵器工房(・・・・)の様子を見に行ってくれ」
「御意」
「わかったわ」
「わかったのみゃ♪」
「拙者は長秀のところへ行ってくるでござる」
言って、慶次、利家、可成の三人は退室した。
「では某も、これでどろんさせていただくでござる、ニン」
両手で印を結んでから、一益は退室した。
――だからお前、隠す気ねぇよな。
そうして皆が退室すると、信長の視線は秀吉へと移る。
「サル、お前は俺がこの命令書を書き終わったら、一緒に工事現場の視察に行くぞ」
だが、秀吉は答えなかった。表情を凍り付かせ、ジッと信長を見つめたまま、その場に立ち尽くしている。
「? おいサル? サルー? どうしたサル? 聞こえてないのか?」
次の瞬間、秀吉の両目がスッと細まり、無感動な声で喉を震わせた。
「上手くやっているようだな、信長。私も、お前に機会を与えてやった甲斐がある」
信長の鉄拳が、秀吉の顔面を打ち抜いた。
秀吉は空中できりもみ状にぶっ飛び、棚に頭から突っ込んだ。茶碗や文房具と一緒に床へ落ちて、変な格好になるが、それでも秀吉は眉ひとつ動かさない。
「おいサル、お前いきなりどこから目線だ、あっ?」
「外を見ろ」
なお動じない秀吉を奇妙に思い外を見ると、信長は息をのんだ。
「なんだ……これは……」
時間が止まっている。そうとしか思えない光景が広がっていた。
庭に植えられた木から舞い散る葉は空中で止まり、鹿威しの水も凍りついたように固まっている。まるで庭の風景を屏風に写し取ったようだ。流石の信長も言葉が出ない。
そこで、信長はハタと思い出す。十数年ぶりに聞いた、この冷たく、無機質な声は。
「久しぶりだな。私を覚えているか?」
驚愕の表情で秀吉を見据え、信長は声を絞り出す。
「観測者、お前………………それ大丈夫なのか?」
端的に言うと、いまの秀吉は上下さかさまで首がおかしな方向に折れ曲がり、両足を一八〇開脚したままだった。正直、女子にあるまじき姿勢である。頭からはみゃくみゃくと血を流し、それでもなお、秀吉は眉ひとつ動かさなかった。
「……前世では数年かかった尾張統一を、わずか三か月で成し遂げるとは、驚いたぞ」
「そのままか!?」
男らしくすべてを無視して秀吉、いや、観測者は話を進める。
「だが、天下を統一できるか、愛する者を救えるかは、今後のお前次第だぞ」
観測者の物言いに、信長は熱い拳を握ると啖呵を切る。
「今世の俺をなめるなよ。見てのとおり尾張統一は完了。経済政策も上手くいっている。歴史の不安定さで、今川と斎藤が前世より早く攻め込んでくる可能性はあるけど、対抗策もばっちりだ。斎藤家対策に、もう北の国境線には小牧山城を築城しはじめているし、戦国末期の火薬兵器の先取りも順調だ。利家たちと協力して、俺は天下を統一してみせる!」
勇ましく断言する信長に、だが観測者は相も変わらず無表情で無感動だった。
「…………そうか、では、せいぜい運命に抗うがよい」
そう言い残すと、庭から鹿威しの音が鳴った。
どうやら時間が戻ったようだ。そして、観測者から解放された秀吉は、
「にぎゃあああああ! 痛いぃいいいい! うぐぅう、い、いったい何がぁ!?」
秀吉は血を流し続ける頭を押さえながら、畳の上をのたうち回っていた。
信長の胸に、チクンとした罪悪感が沸き上がった。
「え、え~っと、なんだサルお前覚えていないのか? お前立ちくらみを起こしてよろけて転んで棚に頭から突っ込んだんだぞ!」
「そ、そうなのみゃ? でもそれにしては頬に殴られたような痛みが……」
「そんな日もあるさ、きっと棚への突っ込み方が悪かったんだよ。さぁ、薬を塗ってやるからそこに座れ、な?」
信長が手を取り、温かい言葉をかけてやると、秀吉は不思議がる。
「信長様、なんだか優しいですね?」
「俺ハイツデモ優シイヨ」
棒読みで取り繕うと、信長はいままでにないほど優しく、秀吉の手当てをしてあげた。
――まぁ、これから無理難題、いや、こいつが無理じゃなくする難題を押し付けるんだし、いまぐらいは優しくしてもバチは当たらないよな。
信長はまた、色々と悪いことを考えていた。
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