第52話 日本一の兵VS混沌の魔獣

 深夜二時、とあるビルの屋上で一人の紅い槍兵が魔獣と戦う。

 人気の少ない町の上の世界に生物は四人、彼らを除いて他の生命は存在しなかった。


 全身を紅い甲冑に包み、幼さの残る顔にの額に六文銭の家紋が入った額当てをした槍兵、真田幸村は先が十字路のように三つに分かれた十文字槍を振るい、敵と戦う。


 彼の後ろには直人のクラスメイトである望月忍(もちづきしのぶ)が主(ロード)として戦いを見届けている。


「あはは、何?さっきからその攻撃、そんなんでこの子を倒せると思っているの?」


 人をバカにしたように笑う少女、その横にいるスレイヴは人間と呼ぶにはあまりに異形の姿をしている。


 二メートル半を超える身長、だらりと垂らせば指が床に着きそうなほど長い腕、手足の指にはそれぞれナイフのように長く鋭い爪、口には肉食獣よりも大きく鋭い牙がびっしりと生えている。


 発達した筋肉が隆起する肉体はほとんど傷つかず、わずかに傷をつけてもすぐに再生する。


 幸村はもうボロボロ、たいしてその魔獣はほとんど無傷に近い。


「フフ、この子を相手にここまで持ったのはあなたが最初よ、さすがは日本一の兵といったところかしら、いいわ、特別にこの子の正体を教えてあげる、この子の名前は風魔小太郎、戦国時代の名門、北条家の持つ風魔忍軍の首領よ」


 その言葉に幸村は一瞬言葉を失った。確かに生前聞いていた小太郎と外見的特徴は一致するがそれは正体を隠すために流された嘘だと思っていた、だがまさかあれが本当だとは思っていなかった。


 もしも聞いた噂が本当ならば彼はまさしく化物だ、本当に勝てるのかと自問し始めるが小太郎は容赦なく幸村に襲い掛かる。


 その巨体でありながら風のようなスピードで走り、人の頭を軽く握りつぶすパワーを持つと言われていた魔獣は噂にたがわぬ強さで幸村を圧倒する。


「・・・・がはっ・・・・!!」


 幸村は小太郎の一撃を受けて屋上の端まで吹き飛ばされ、忍が泣きながら駆け寄る。


「ユッキ―、ユッキ―、ねえ起きて!!」


 幸村はうつろな目を開け、口から血を吐く、忍は大粒の涙を流しながら幸村にすがりつくが少女は小太郎にとどめを刺すように命じ、小太郎は爪を振る。


 そのさなか、忍は幸村を守るように前へ出たため、小太郎の爪は忍の腹部を切り裂いた。


「!!?」


 忍が振り返るとその光景に愕然とする幸村の顔に忍の鮮血がかかる。忍の体がグラリと傾き幸村にもたれかかる。


「しのぶ!・・・・なんで!?なんでこんなことを!?」


 忍は腹部から血を流し、死にそうな状態にも関わらず幸村に微笑み言う。


「だって・・・・・ユッキ―に・・・・・死んで欲しくなかったから」


 幸村は涙を流しながら叫ぶ。


「僕を助けてどうするんだよ!?僕はもう死んでるんだ、僕のために今生きている忍が犠牲になるなんてあっちゃいけない!!」


「・・・・・ねえユッキー・・・・・あたしね・・・子供の頃からユッキーが大好きだったんだよ、だから・・・ユッキーには生きて欲しいの、そして・・・・今はみんなのために戦って、大丈夫、ユッキーは日本一の兵だもん・・・・・きっと、勝て・・・・っ・・・・・」


 激痛に耐える忍に幸村は泣き崩れ、叫ぶ。


「僕は日本一なんかじゃない!!僕は強くなんかない!!僕は弱いよ!!死んだ時だってそうだ!!敵の本陣まで斬りこんで家康を追い詰めたのに!!あと一振りで西日本のみんなを救えたのに!!・・・・・・・僕は・・・・・・それもできずに殺された・・・・・・日本一なんてみんなが勝手に言っているだけだ・・・・・・・」


 泣き崩れ、心の乱れた幸村の頭を忍は撫でる。


「何言ってるの?敵の本陣まで斬りこむなんてすごいよ・・・・・それに原因がないと誰も日本一なんて呼ばないよ・・・・・・だからね、ユッキー・・・・・・・・勝って・・・・」


 それだけ言うと忍は気を失った。


 幼い頃に親から聞かされた一人の英雄の名、皆を救うために戦い死んだ無念の英雄、忍はその時からずっと好きだった。日本で一番大好きな日本一の兵・・・・真田幸村。


「何その子!スレイヴを助けようとするロードなんて初めてだわ、まあいいわ、小太郎、二人まとめ殺しちゃって!!」


 唸り声をあげて二人に襲い掛かる小太郎、それに幸村は槍を振って対応する。その刃で自分の体は傷つかない、その自信から小太郎は槍の切っ先に向かって思い切り手を振る。


 だが切れたのは小太郎の手、それよりも幸村の攻撃が速すぎる、技の威力が今までとはケタ外れだ。これは幸村の持つ異能の力によるもの、日本一の兵(つわもの)が持つ能力、それは・・・。


「はあああぁぁ!!!」


 幸村の一撃が小太郎の右肩を切り裂き、小太郎のロードである少女は驚きの声を漏らす。


「そんな・・・・!?あいつ何をしたの!?さっきと全然違うじゃない!?」


 これが幸村の異能、戦士の刃、本人の闘争心に比例して戦闘能力が向上する。

 政宗の邪眼と似ているが幸村は闘争心が力の源、憎しみと違い、戦士が戦うのならば闘争心は誰が相手でも沸きあがる。


 倒さなければならない相手ほどそれは強い、闘争心の強さが自分の力になる、戦士としてこれ以上嬉しい力はない、これが人生最後の戦である大阪の陣で自分の力に絶望し、戦士としての精神を忘れてしまった幸村が失った物、忍のおかげで取り戻した大切な気持ち、少女は叫ぶ。


「なにやってるの小太郎!そんな奴早く殺してよ!わたしの言うことが聞けないの!?」


 小太郎は幸村を殺そうと襲い掛かるが突然の出来事に動揺し、集中力を失った小太郎に幸村の攻撃はかわせない。


 とはいえこの史上最強を決める戦いの参加者達の中でも上位に食い込む力を持つ小太郎を圧倒する戦闘力、これが日本史上最大級の戦、大阪の陣で圧倒的有利な徳川軍を恐怖させ、必死に寝返らせようとする敵の誘いを全て払い、己の信念と正義を貫き通し、強大な力を誇る徳川本陣へ斬り込み徳川の豪傑達を次々に斬り倒しあの家康に自害を考えさせた日本史上最優の戦士、真田幸村の実力である。


 そして幸村は時間が経てば経つほど強くなる闘争心に比例し、戦闘力を上げ続け、強烈な一撃を小太郎の胸に叩き込む、小太郎は後ろに仰け反り倒れこむ、まずい、このままでは幸村の攻撃を受けてしまう、もしも首を狙われたら終わりだ。


 小太郎は必死に防御のし姿勢を取るが幸村の攻撃はこない。


 小太郎が起き上がり見ると幸村はすでに忍を抱え、逃亡しているところだった。確かにこのまま戦えば幸村は勝てるだろう。


 だがそれよりも今は忍の手当てが優先だ。幸村の姿が見えなくなると少女は悔しそうに舌打ちをする。


「やるじゃない、いいわ、メインディッシュは最後に残しとく物だしね、イギリスから帰ってくるまでは見逃してあげる、西洋の騎士に負けないようせいぜい頑張るといいわ」


 少女は小太郎の背中に乗ると小太郎とともにビルの屋上から姿を消す。



 直人、ルイス、水樹、忍、ロードがスレイヴをかばって傷を負う、全て計算どおりだ・・・。

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