第20話 戦国最強 本田忠勝


 直人は帰宅し門下生達に剣道を教え終わると居間で誾千代と一緒にお茶を飲む。直人のいれたお茶をおいしそうに飲んでいる誾千代を見ながら直人は今日学校で考えていたのと同じことを考える。



 誾千代の歴史、彼女が生前、どのような人生を歩み、どのような人たちと過ごしたのか、そしてなぜ三十三歳という若さで死んだのか、しかし、いくら誾千代が嫌がろうが彼女は紛れもなく女性だ、やはり女性の人生を詮索するのは失礼な気がして死んだ理由以外のことも聞きにくい。


 すると直人の視線に気付いたのか誾千代は湯飲みをテーブルに置き。


「どうした、私に何か聞きたいことでもあるのか?」


 と聞いてきた。さすがは誾千代、直人の表情から直人の思考を見事に読み当てた。これも武士ならではの超人的な洞察力のおかげだろうか。


 誾千代の問いにお茶を飲んでいた直人の口はその動きを止める。


 しかし顔をあらためて見直すとやはり誾千代の顔が気になり返答を忘れる。


 彼女の顔はどう見ても十四、五歳程度に見える。どうやら過去の戦士(スレイヴ)は死んだ時の姿で生き返るわけではないようだ。


 誾千代と出会った日の朝に見た夢、そこに出てきた誾千代はかわいらしさこそなかったが美しく、大人の女性の魅力を持っていた。


 おそらくあれが誾千代の生前の姿だ。そうなると誾千代の死因は夢に出てきた男に殺されたということになる。


 聞きたい、あの夢がなんだったのか、本当に誾千代はあの男に殺されたのか、もしそうならあれは誰だったのか。


 前に誾千代は言った。どうしても戦いたい奴がいると。

 直人が真意を聞くために口を開いた瞬間。


「「!!?」」


 一瞬でその場の空気が凍りついた。大気の色が変わったと言ってもいい、直人と誾千代は今までの人生で感じたことのないほどの闘気に包まれる、まるで周りを剣で囲まれているような圧力だ。


 直人は誾千代が武装すると共に玄関へと走る。


 玄関の戸を開けて目の前にいたのはやはり二人、一人は家臣(スレイヴ)と思われる巨人、それは直人の家の前に仁王立ちで待っていた。


 二メートルを越える体躯、顔以外を隙間なく覆った分厚い鋼の鎧、頭には鹿の角のような飾りのついた兜をかぶっている。


 その横には主(ロード)と思われる、背の高い一人の女性が立っている。


 茶色い髪は肩まで伸び、落ち着いた雰囲気の優しそうな女性だ。歳は二十歳ぐらいに見える。


 だが問題はその家臣(スレイヴ)だ、武士の兜は一人一人全て違う、つまり兜を見ればそれが誰なのかがわかる。


 直人は知っている、この人間離れした体格、頭の兜、右手に握られた剛槍は一人の武将を指している、しかし直人は否定したかった。そして口に出来ない、いや、口にしなくとも誾千代はこの巨人の正体を知っている。


 それでも直人が言ってしまえばそれを、この現実を認めることになる、そうだ、この巨人が今回の戦いに参加していないわけがない、直人は彼の姿を見ただけで体が思うように動かなくなる、それほどの圧力が直人を襲っているのだ。


 彼の全身を覆う青い模様の書かれた黒い鎧が彼の放つ圧をさらに強くする。


「人のいないところへ場所を変えるぞ、よいな?」


 重く、質量のある声、直人は顔をこわばらせ、冷や汗を流しながら答えた。


「……ああ」




 誰もいない廃ビル、周りに住む者はほとんどおらず通行人も一時間に一人来ればいいほうだという願ってもない場所だ。そこで直人達は巨人と対峙する。


「では始めるが、よいか?」

「ああ、そうだな」


 震えた声で応えると腰の木刀を抜き、直人はその巨人の名前を口にした。


「……まさかこんなに早くお前と戦うなんてな、本田(ほんだ)……忠勝(ただかつ)……」


 本田忠勝、あの徳川家康四天王の一人にして戦国時代最強と謳われ、生涯五十七回の戦に出陣したがかすり傷一つ受けたことがなく、数万の兵に一人で立ち向かった伝説的な英雄である。


 忠勝は感心したように左手をアゴに当てる。


「某の名を知っているか……ではそちらの名を教えてもらおう」


 誾千代は刀を抜き、言い放つ。


「立花家当主、立花誾千代(ぎんちよ)だ! 参る!」

「徳川四天王が一人! 本田平八郎忠勝、参る!」


 忠勝は一瞬で間合いを詰めると一瞬で数発の槍撃を誾千代に浴びせる。


 誾千代はその全てを刀で受け流すが忠勝のあまりに重い攻撃は受け流すだけで腕に多大な負担をかけ、誾千代の体力を奪う。


 忠勝の武器は槍、誾千代は刀、今彼女は忠勝の攻撃はとどくが自分の攻撃はとどかないという最悪の距離にいる。


 武器の問題もあるが誾千代と忠勝の体格は大人と子供ほども違う。ここまで体格が違う場合、小柄な方は相手に極端に近づくか敵が攻撃してきた時にそれをかわし攻撃を与えるというカウンターを狙うのが上策だ。


 しかし、忠勝はその体格からは考えられない速度の槍撃を切れ目無く放ってくる。


 これではカウンターは不可能、残るは極端に近づくことだがこれほどの槍撃の嵐を全てかわしきり、忠勝のふところに入るなどそう容易くできるものではない、誾千代は忠勝の猛攻を回避しつつ、スキをうかがう。

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