9.一方その頃。
「二人はいま、仲良くしているでしょうか」
「どうしたんだい? 恵梨香さん」
「いえ、少し考えてしまって」
一方その頃。
拓哉の父――哲也は、恵梨香と共にハワイのホテルにいた。
朝食を摂りながら、束の間の休暇で身を休める。しかしながら妻の心は、なかなか休まらないようで。先ほどから短い間隔で子供のことを気にしていた。
絵麻は、大丈夫だろうか。
拓哉くんと仲良くできているだろうか。
恵梨香は大切な愛娘のことを考え、ほんの少し眉尻を下げた。
「…………」
「す、すみません。わたし、せっかくの旅行なのに……」
早くに前の夫と離婚して以降、女手一つで育ててきた絵麻。
だからこそ、彼女にとっては心苦しいこともあった。
「……あの子、わたしに甘えないんです。いつも『大丈夫だから、お母さんは気にしないで』って、笑って誤魔化すんです。進路のことも、なにもかも」
そう言って、恵梨香は自嘲気味な笑みを浮かべる。
甘えられない環境にしてしまったのは、間違いなく自分のエゴによるものだ。それがどれだけ、娘である絵麻に負担をかけているか、彼女は気付いていた。
だからせめて、哲也との再婚後は娘と一緒にいたかったのだ。
それでも――。
「恵梨香さん、少しいいかな?」
「え……?」
そこまで考えた時だ。
ふと、哲也が彼女にそう声をかける。
そして手を伸ばし、優しく……。
「え、あの……!?」
「大丈夫だよ。ほら、笑って?」
夫は、妻の頭を撫でるのだった。
「す、すみません! あの、みなさん見てます……!」
「あはは、気にしないで。大丈夫だから」
「なにが大丈夫なんですか!?」
あまりのことに、恵梨香は目を丸くする。
そんな彼女に哲也は、微笑みながらこう言うのだった。
「絵麻ちゃんには、拓哉がついてます。我が子ながらあいつは、人の気持ちに寄り添える子だと思っています。だからそれよりも、僕が気になるのは――恵梨香さんです」
「え……?」
彼の言葉に、キョトンとする妻。
「ずっと、絵麻ちゃんのことを考えて生きてきたのでしょう? 自分のことを度外視にして。普通に得られる幸福も投げうって。だから、その重荷を下ろしませんか?」
「哲也さん……」
「その代わりに、今度は夫になる僕が背負いますから。もし辛くなった時は、一緒に手を取って下さると、助かりますがね?」
「………………」
にこやかに。
哲也は恵梨香の頭を撫で続け、そう伝えるのだった。
貴方は今まで頑張りすぎるほど頑張ってきた。だから、ほんの少しでもいいから気持ちを楽にしてもいいのですよ、と。
それは、自分に甘えてほしい、ということに他ならない。
恵梨香はその意味に気付き、唇をかみしめた。
そして――。
「哲也、さん……っ!」
大粒の涙を、流し始めるのだった。
「……すみません。今だけ、今だけで大丈夫ですから……」
「うん。うん、お疲れ様。恵梨香さん」
「はい……っ!」
席を立って寄り添い、哲也は人目をはばからず彼女を抱きしめる。
周囲の人々はそれを見て、優しい視線を送っていた。
これは、ほんの僅かな雪解け。
しかし新たな家族の始まりには、必要不可欠な雪解けだった。
――――
よもやの両親視点w
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