7.新しい年の始まり。










「人いっぱいだね!」

「あぁ、でももう少しで賽銭箱だ」



 俺たちは近所の神社にいた。

 日付変更前だが、すでに大勢の人が列をなしている。

 吐く息は白く。絵麻は何度も自分の手をこすっていた。そんな彼女を見て俺は、ほとんど無意識のうちにその手を取る。

 自分でもびっくりしたが、一番驚いたのは義妹だ。



「あ、え……?」

「わ、悪い! なんか、寒そうにしてたから!」



 慌てて離そうとすると、しかし絵麻は軽く握り返してきた。



「ううん、ありがとう。お兄ちゃん」

「…………!」



 そして、ほんの少しだけ身を預けてくる。

 微かな温もりを感じる――そんな錯覚を抱いた。

 なんだろう。やけに身体の芯が熱いというか、喉が渇いた。絵麻に身を寄せられて緊張しているのが、自分でもはっきり分かる。

 でも、どうにか気持ちを切り替えて前を向いた。

 その時――。



「あ、除夜の鐘……」

「あけましておめでとう! お兄ちゃん!」



 神社全体に、鐘の音が響き渡った。

 それと同時に周囲からは、各々に新年の挨拶が聞こえてくる。絵麻もこちらを覗き込むようにして、はきはきとそう口にした。

 俺はその無邪気さにふっと、笑みをこぼして答える。



「あぁ、あけましておめでとう。絵麻」

「えへへ! あ、お賽銭箱が見えてきたよ!」



 直後に列が動き、俺たちは一番前に出ることになった。

 財布から百円玉を取り出して、中に放り投げる。義妹も同様に、いくらか投げ入れ手を合わせた。それを終えると列から抜け出して、少しの休憩。

 大きく伸びをした絵麻はふと、こう訊ねてきた。



「ねぇ、お兄ちゃんはなんてお願いした?」



 俺はしばし考えて、笑って答える。



「とりあえず、今年は三年生になるから受験のことかな?」

「えー? 私と違うー! つまんなーい!」



 すると絵麻はなぜか、唇を尖らせて駄々をこねた。

 それなら、と。気になったので、彼女は何を願ったのか訊ねると――。



「ん、私のは秘密だよっ!」

「なんだよそれー」



 小さく舌を出されながら、そう返された。

 いったい、なんだというのだろう。


 俺は頭の上に疑問符を浮かべながら、とりあえず次の目的地へ。

 義妹も後ろをついてきて、気を取り直すように言った。



「おみくじかぁ……。私って、くじ運ないんだよね」

「そうなのか? まぁ、とりあえず引いてみよう」

「うん!」



 てなわけで、ひとまずくじを引く。

 で、結果を見てみると……。



「……わぁ。やっぱり、末吉」

「こっちは中吉だな」

「いいなぁ」



 互いに、なんとも言えないもの。

 しかし絵麻は一つの項目に、思い切り食いついていた。それは――。



「あ! 今年は、傍に伴侶がいる、だって!」



 ――そう、恋愛運。


 なにやら嬉しそうに、その結果を俺に見せつけてくる。

 兄として、それは喜んでいいのか分からない。とりあえず、どういうわけか俺自身としては複雑な気持ちになった。



「よかったな。絵麻」

「えへへ……」



 ひとまず、頭を撫でる。

 すると彼女は心底嬉しそうに、頬を掻いて目を細めるのだった。



「えっと、俺は――」



 そこで、俺も内容に目を通す。

 先ほどの会話もあってか、自然と視線は恋愛運に。


 そこには、こう書かれてあった。



『恋愛運:守るべき存在あり、大切にせよ』――と。




 守るべき存在、か。

 俺は自分の中でそれを咀嚼して、頷いた。



「さて、今日はこれくらいにして帰るか?」

「……うん!」



 そして俺が言うと、絵麻も明るく返事をする。

 帰り道は自然と手を繋いで。



 今年も新しい時間が始まる。

 でも、何故だろう。



 この一年は、とても大切なものになる気がしていた。



 





 

――――

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