忍びのダチ

たげん

第1話友

──ここは戦国の世。各国は侵略と略奪を繰り返し、常に戦争状態だった。この武蔵国でも例外なく戦争が起こっていた。相手は下総国。双方とも強大な国であったため、膠着状態が続いていた。

 そこで私が雇われた。私は忍び。親に捨てられ、物心ついた時から生きるために何でもしてきた。人も沢山殺した。金を貰えれば何だってやる。普段から女装をするのも、敵を欺くため。裏切りなど日常茶飯事。『人はいつか裏切る。故に信じてはならぬ』それが師から一番に教わったことだ。それが世界の全て。故に友など一生できない。そう思っていた──。

 

今回の武蔵国の依頼内容は敵国である下総国の情報だった。具体的には敵の頭の居場所、敵の配置、攻め込む日時。その三つだ。そして、この中で最優先で突き止めなければいけない事は、敵が攻め込む日時。なぜなら日時がわかれば、いつまでに配置と居場所を突き止めればいいかが分かるからだ。ちょうど夜も深くなってきた。そろそろ始めるか。

 そんな事を考えながら敵側の森に侵入していった。

瞬間、木の影から男の声がした。

「おい」

 思わず動きを止めしまった。バレたか? と脳裏をよぎったが、そんなはずは無いと思い直す。見張りの者だろう。この暗闇の中、武蔵国の人間だと見分けるのは至難の業。故に疑っているだけ。それならば、どうとでもなる。何を聞かれても大丈夫。私は覚悟を決める。

「そっちに武蔵国の兵はいたか?」

 しかし、覚悟した私とは反対に男は気の抜けた声で話しかけてきた。声質から二十代半ばくらいだろうか。この男は私を仲間だと思っている様だ。おそらく、この男は徴兵された一般人だろう。都合がいい。これならば気付かれずに情報を聞き出せそうだ。

「周りには見当たらなかった。大丈夫だ。そんなことより、私たちはいつ攻めればいいんだ?」

「ああ? お前命令聞いてなかったのか?」

 流石に直球すぎたか? と私が考えた時には男が話していた。

「お前便所でも行ってたんだろ! 命令の時くらい我慢しろよな」

 笑ってバカにする男に私は少しイラッとした。しかし、我慢して男に話を合わせる。

「恥ずかしながらそうなんだ」

 やっぱり! と言ってまた笑い出す男。

「しょうがねぇ、俺が教えてやるよ。俺らの役目は見張りのみ。攻めるタイミングはまだ上で話し合ってるが、最低でも三日は攻めないらしいぞ」

 いい情報だ。これが確かならあと三日は頭の居場所と敵の配置を調べることができる。

「そうか」

「そうだ。だから俺の話に付き合えよ」

 そう言って男は近づいてくる。しかし、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。あと三日で情報を調べ上げなくてはならないのだ。

「悪いが、私は便所に……」

 そう言って私がその場を去ろうとした時、

「お前この国の者じゃ無いんだろ?」

と男は言った。その瞬間、全身の毛が逆立った。

バレていた? しかし、バレたのなら殺すだけ。それだけの事。

私は流れるように男の後ろに回り込み、首筋に短刀を突きつけた。

「動くな。お前の知っている情報を全て吐け。そうしたら命だけは助けてやる」

「くっ」

近づいてわかったが、男は四十歳くらいの中年男であった。中年の男は少しの間、黙る。しかし、すぐに覚悟を決めたように優しく話し始めた。

「俺にはよ、三歳になる娘がいるんだ。最近言葉も話せるようになってきて、本当に俺の子かってくらい可愛いんだ。そんな娘と、戦争が終わったら一緒にままごとをやるって約束してんだ」

 楽しそうに話す男に私は情報を話すように促す。

「ならば、何をしても帰らなきゃいけないだろう。さっさと情報を吐け」

 それでも男の心は揺らぐことはなかった。

「仲間は裏切れない」

私は男の言葉に目を疑った。おかしい。人はいつか裏切る。何よりも自分が優先。命が危うければ、友であろうと、師であろうと生きるために裏切る。それは当たり前のこと。絶対の摂理。なのに……。

「なぜ、何故だ?」

男は私の問いに答えた。

「俺はな、生きて帰った時に胸張って会いたいんだよ。父ちゃんは国のために頑張ったって。だから味方は裏切れない」

 そう言って自分の腰にあった短刀を抜く。

「つまんねぇ話聞かせたな。お前もこの悲しい世界でせいぜい頑張れよ」

 中年の男は抜いた短刀で自分の腹を掻き切った。グチャっと飛び散る鮮血。短刀から流れ落ちる血液。しかし、男は無傷だった。代わりに私の掌に短刀が刺さっている。男はそれを見て仰天した。

「何で、何で俺を助けた?」

「……」

自分でも分からなかった。合理性に欠ける。ここで男を生かしておく事に利点など無いはずなのに……。

「行け。私の気が変わらぬうちに」

 男は戸惑いながらも、暗い森に走り去っていった。

 私もヤキが回った。今回の仕事で最後にしよう。そして田舎でゆっくりと暮らそう。

 そう思った時だった。森の奥から一人の男兵が出てきた。一人が松明に火を灯すと周りに潜んでいた兵たちも一斉に火を灯した。囲まれていたらしい。明るくなった森に一人の男兵が声を上げた。

「女じゃないか。久しぶりだ。お前ら! コイツを生きたまま捕まえろ!」

「うおぉ!」

 男たちの声が森に響く。

「ヤり終わったら殺して、内臓引きずり出せ!」

「うおぉ!」

 それをきっかけに、周りの兵たちは声高らかに叫んで襲いかかってきた。

 女装はこれだからやめられない。舐めてかかってきて本当に、殺しやすい。

「ああ……。やはり、殺すならお前らみたいなクズが良い」

 私は兵達に目を向けると自然と口角が上がっていた。

 一人目の兵がすごい剣幕で襲いかかってくる。そして構えた刀を大きく頭上に振り下ろしてきた。それを紙一重で避ける。その時に頬に剣先が掠るが、その最小限の回避により、持っていた短刀で首を素早く落とす。溢れ出る鮮血に返り血を浴びながら、男の持っていた刀を手に取る。

続けてもう一人の兵が斬りつけてくる。流れるように、その兵の両の手を切り落とす。そしてそのまま持っていいた刀を、後ろから斬りかかろうとしていた兵の左目にぶっ刺した。

「まずは三人」

 私の気迫に狼狽える兵達だったが、初めに前に出てきた男に鼓舞される。

「お前ら、相手は一人だぞ! 全員でかかれば捕まえられるはずだ! 最初に捕まえた奴は初めにヤらせてやる。早い者勝ちだぞ!」

 男の呼びかけに兵達はまた一斉に襲ってきた。変わらず、襲ってきた兵を一人ずつ確実に殺していく。

また一人、また一人。

 しかし、殺す中で、自分の動きが鈍くなっているのに気がついた。息が上がり、体が重い。そしていつの間にか、囲っていた兵が私を見下ろしている。

 気づいた時には膝から崩れ落ちていた。

「な、何を……」

状況を飲み込めない私に男兵が答えた。

「やっと効いてきたか。手間取らせやがって。あいつらの刀には神経毒が塗られてんだよ。常人ならかすった瞬間ぶっ倒れるのに」

 男はイラつきながら、話を続ける。

「よくも部下を沢山殺してくれたな!」

 男は倒れている私の腹を思い切り蹴飛ばす。

「かはっ……」

 そして何回か蹴った後、飽きたように男は去っていく。

「お前ら、後は好きにしていいぞ」

 その言葉に兵達はまた大きな声を上げた。そして、先ほど左目を潰された男が刀を向けて言った。

「コイツの目、俺と同じように一つ潰してやる」

 そして男が刀を目玉に振り下ろそうとした時だった。

「待て!」

 目も霞んでいる中、かろうじて見えたのは、先ほど逃した中年の男だった。男は駆けつけるとそのまま私の前に立ち、刀を抜いていた。

「何ぜ、何ぜだ? 他人の私を命を張って助けにくるなんて……」

 私の疑問に男はすぐに答えた。

「他人なんかじゃねぇ! ダチだ!」

 ダチ? 友のことか? ありえない。

 困惑する私に構わず、男は話し続ける。

「それに俺は娘に胸張って帰りたいって言ったよな。俺の命を救ってくれた命の恩人を見殺しにしたら、胸張って帰れないだろ!」

 コイツは何を言っているのだ。ここで犬死したら帰るも何もないのに。それに殺そうとしたのは私……。

「私が殺そうとしてやめただけだ。それは命の恩人とは言わない」

 そう、殺そうとしたのは私なのだ。だから私は恩人でもダチでもない。

 しかし男は強く否定した。

「違う! 俺が切腹しようとした時、お前は体を張って助けてくれた」

 確かにあの時の私はどうかしていた。それでもこの男を殺そうとした事実は変わらない。なのに、なぜだ。

 そんな事を考えている間も兵達は待ってはくれない。次々と刀を構えて襲いかかってくる。この男は決して強くない。ただの一般兵。故にめった打ちにされるのは早かった。

「くそ……」

 男はボロボロになりながらも、私の前から動こうとしない。

「大丈夫か。動けるなら、早く、逃げろ。俺の、体が動くうちに」

 コイツは馬鹿だ。自分の方がボロボロなのに人の心配をして、自分の力量も弁えずに敵のど真ん中に入ってくる。行動が後先考えないために死ぬことになる。本当に馬鹿だ。

 ……でも、こんな人は初めてだ。他人のために命をかけることができて、仲間を裏切らない。この世に友と言うものが居るのなら、こんな人が良いと私は思う。

 私は男に呼びかける。

「お前は本当に馬鹿だな。私よりもお前の方が満身創痍ではないか」

「うるせぇ。ならお前も寝てないで早く手伝え」

 私は今まで人を信じることがなかった。人はいつか裏切る。故に信じることはできない。

 しかし、この馬鹿なら信じることができるかもしれない。

いや、違う。コイツになら裏切られても良いと思える。そんな奴が、友なのかもしれない。

 おっさんは笑っていた。そして、動くことさえ出来なかったはずなのに、私はフラフラになりながらも立ち上がる事ができた。

「まだ動けるか?」

「もちろんだ!」




「はぁ、はぁ、はぁ」

 全員の兵を倒し切り、私と男は糸が切れたように倒れ込んだ。二人で仰向けになり、横並びに夜空を見上げる。そして私は口を開く。

「助かった。礼を言う」

 しかし、男は何を言っているんだ? と言わんばかりに言った。

「ダチに礼はいらねぇよ」

そう言っておっさんは拳を私の方に向けてくる。

「そうだな」

 私も男の拳に自分の拳を合わせた。

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忍びのダチ たげん @FL_LE2

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