第18話 ギルド
Side ルフラン
ベルカさんから教えてもらったウィード救出クエストは王都のギルドで請けることができるらしいので早速向かいました。
なんだかんだでギルドに来るのは初めてでしたね。
「ここですね」
見上げると大陸公用語で『冒険者ギルド』と書かれた大きな看板がありました。
大陸公用語はゲーム内で統一された言語であり、プレイヤーはその単語を見るだけで脳内に翻訳された語が浮かび上がるのだとか。
つまりは世界中のどのプレイヤーでも読み解くことができる言語だとのことです。
何気なく言っちゃってますけど、やべぇ話ですよね。
もしその技術が現実世界に昇華されれば世の中に異国語という概念がなくなります。
「まあ、私が考えることではありませんね」
難しい話は難しい話が好きな人たちに任せましょう。
木製の大扉を押しやって、私はギルド内に入ります。
なんというか、ギルドのイメージがそのままな感じです。
全体的にウエスタン風な内装のギルド内では甲冑の重戦士やとんがり帽子の魔法使いさんなどがいっぱいいて、依頼書が貼り出された掲示板を眺めています。
一階には食堂が併設されており、アメリカンな朝食を取っている人もいれば昨日は遅くまで飲んでいたのか「う~ん」とか言いながら机に突っ伏している人もいます。
ギルド。
冒険者のサポート施設。
荒くれ者どもの監視塔。
そんな表現が一目でわかるような世界がそこには広がっていました。
「とりあえず依頼を請けてみましょうか」
どうやら一階の奥にあるカウンターでクエストを請けるみたいですね。
貼り出された依頼書を持っていくのか、それともただ口頭で請けたい依頼を言うだけなのか……。
勝手がわからないので近くにいる人に聞いてみることにしましょう。
私は軽く辺りを見渡して、朝からステーキを食べている忍者っぽいプレイヤーに声をかけました。
「ちょっとよろしいですか?」
「む、ちょっとまて」
声をかけると忍者さんは水を飲み、口元をナプキンで拭った後、顔の下半分を黒い布で隠してから私に向き直ります。
おっと、厨二臭が凄いですね。
「さて、何の用だ?」
「ギルドが初めてなため勝手がわからなくて困っています。お時間がよろしければクエストの請け方を教えてくれませんか」
「初心者か。構わないさ。ただ、こんなに人がいる中どうしてオレを?」
「見た目が日本人っぽかったので」
黒装束に左腰には短刀、右腰には
これぞ忍者! みたいな格好のこの人は間違いなく日本産でしょう。
これで日本人じゃなければ詐欺ですよ。
「オレはフランス人だ」
「なんでだよ」
思わず食い気味でツッコんでしまいました。
私の冷ややかな視線を受けてフランス産忍者さんは可笑しそうに肩を揺らします。
「ってことはお前は日本人か」
「まあ、そうですね」
「オレはハンゾー。日本ファンのフランス人で特に歴史が好きだ。名前も日本の有名なニンジャの名前から借りている。知っているか?」
「日本人ならだいたいの人が知っているでしょうね」
彼の言う忍者は徳川家康に仕えていたという伊賀の人ですね。
私もあまり詳しくないので、そのくらいの知識しかありませんが。
言われてみれば、ハンゾーさんは外国人の思い描いたジャパニーズニンジャみたいな格好ですね。
ちなみに言語はゲームシステムが勝手に翻訳機能を持っているようなので、異国語も日本語訳ですんなりと頭に入ってきます。
もうこのゲームに驚くのはそろそろ
「で、依頼の請け方だったな。あそこに依頼書が貼りだされてるだろ。請けたい依頼の書かれた依頼書を取ってあそこのカウンターに渡しに行けばいい。依頼書には報酬や達成条件の他に失敗の時のペナルティも書いてあるからよく見ておいた方が良いぞ」
「カウンターはどこでもいいのですか?」
「エルフ好きなら2番のミルフちゃん。猫耳好きなら6番のスィアちゃん。兎耳好きなら8番のディピーちゃんだ。他は野郎だからオススメしねぇな」
「2番に行ってきます」
即答した私にハンゾーさんは愉快そうに笑いました。
「丁寧にありがとうございました」
「なに、いいってことよ。忍者ってのはさりげなく人助けをするものだ」
なんか間違ってる気がしますけど、まあ放っておいていいでしょう。
日本人だからってぶっちゃけ忍者に詳しいわけではないですしね。
「次あったときは日本についていろいろ教えてくれよ」
「勿論です」
私は礼を言ってから依頼書の貼りだされた掲示板に向かいました。
討伐依頼、採取依頼、護衛依頼、様々な依頼に目移りしながらベルカさんの言っていた依頼を探します。
王都周辺、グフゥ、救出、限られたワードを探していると、掲示板の右端に纏めて
被害はなかなかのようで依頼数も多い。
クエスト報酬に経験値の記載もたしかにあります。
どうやらこれで間違いないようですね。
確信を得た私は手ごろな依頼書を掲示板から剥そうとして––。
「ルフランではないか。何をしているんだ?」
耳に飛び込む麗しい声色に私は振り向きました。
そこにいたのは桜色の天使、いや女神?
いや、彼女の美しさを表現するのに地球上の言語では補うことができません。
なんていうか……私の狂信者っぷりが日に日にヤバくなってますね。
「依頼を請けようと思いまして。アリシアさんは?」
そこにいたのは聖樹騎士団副団長のアリシアさんでした。
騎士鎧ではなく、革の装備と関節部分を補った金属のプレートが要所を守っています。
まるで冒険者のような格好にまた新鮮なトキメキを貰いました。
ありがとうございます。
「私も同じだ。非番の日は冒険者として依頼を請けているのでな」
そこでアリシアさんの視線が私の持つ依頼書に移ります。
「グフゥに攫われた民の救出依頼か。たしかにここ最近やつらの動きが活発化していてな、騎士団も頭を悩ましているところだ。貴公はそれを?」
「請けようと思っています」
「ふむ。ならば私も同行しよう。なに、報酬はいらない」
アリシアさんの提案に私は目を見開いて驚きました。
「同行はこちらからお願いしたいくらいですけど、報酬は分けましょうよ」
「いや、構わない。騎士は常に民のためにあるもの。この依頼はこの国の民が助けを求める声と同じだ。その願いを届けることなど私にとっては必然、それに貴公には恩もあるしな」
「そう言われましても……」
アリシアさんの言い分は理解しましたが、納得はできていません。
彼女にとってこの世界は現実そのもの、モンスターとの戦いはそれこそ命のやり取りです。
実績には相応の対価がなければ世界は回りません。
「なら今度アリシアさんが困ったことがあれば声をかけてください。力になりますよ」
「そういうつもりではなかったんだがな。貴公の温情に感謝しよう」
とりあえず、こういうことにしておきました。
【聖樹騎士団副団長、アリシア・レイホープがパーティに加わりました】
ウィンドウに流れたメッセージを横目で確認しながら私たちはカウンターに向かいます。
その途中で、アリシアさんが何かに気付きました。
「ルフラン、あの子はどうしたのだろうか?」
あの子とは……?
私はアリシアさんの視線を追うと、カウンターで男性職員に何かを言っている女の子を見つけました。
言い寄られている男性職員は何やら困ったような顔をしています。
「ちょっとだけいいか?」
「構いませんよ」
アリシアさんは軽く断ってから、問題のカウンターへ向かいました。
「どうしたんだ?」
「あ、アリシアさん」
アリシアさんが声をかけると男性職員と少女の顔が彼女に向きました。
反応的に二人ともアリシアさんのことを知ってるっぽいですね。
「事情を聞いてもいいか?」
「はい。そのですね――」
「おねえちゃんを助けてほしいの!」
男性職員の声を遮って、女の子が言います。
その瞳には大粒の涙が浮かんでおり、いまにも零れ落ちてしまいそうでした。
「お姉ちゃんがどうしたんだ?」
「あのね、おねえちゃんはね――」
少女はたどたどしく、あまり効率的ではありませんでしたが事情を説明してくれました。
と言っても話は単純です。
彼女――ロゼちゃんの姉であるエリアさんが三日前に森に薬草を取りに行ったきり戻ってこないのだとか。
おそらく例の魔物、グフゥに攫われてしまったとのことです。
「ならばギルドに依頼すればいいのではないか? グフゥの件であれば騎士団から補助金が付き、申請するだけで依頼することができるのだが」
「それがですね――」
そこで説明を引き継いだ男性職員さんは困った顔で事情を話してくれました。
彼女たちはどうやら隣の
王国民である証明ができないと、騎士団からの補助は受けられない。
個人で依頼をするだけの金銭的余裕もなく、だが彼女は姉の助けを求めてギルドに来た。
「あのね、わたしもお金をもってきたの」
そう言って彼女が手元の皮袋から取り出したのは数枚の銅貨。
あまり相場のわかっていない私でもわかります。
その金額で依頼をお願いすることはできないということくらいは。
ですが。
「アリシアさん」
実績には相応の対価を――私が先ほど想起した言葉です。
彼女の行いは、見ようによっては命の冒涜に他なりません。
そんなことは重々承知です。
それでも。
「私と一緒に依頼を請ける件、また今度にしてもらってもいいですか?」
「どうしてだ?」
「彼女の依頼を請けようと思います」
言った瞬間。
男性職員さんとロゼちゃんが驚いたようにこちらを見ました。
妹に言われたことがあります。
『おにいちゃんは子どもに絶対に敵わないよね』と。
そうかもしれません。
思い出すのは、今はもう遠くへ行ってしまったあの子のこと。
何も知らない子どもが知らないというだけで世界の重圧に押しつぶされる現実を、私はいつもふざけていると憤りを覚えていました。
たとえそれが正しくなくとも、自分の中で正しいと思えばそれでいい。
泣いている女の子を放っておくことが正しい世界なら、私は神様にだって喧嘩を売りましょう。
「それは駄目だ」
アリシアさんは、首を横に振ります。
私の意見を断罪した意味を、彼女はロゼちゃんの持つ革袋を受け取ることで示しました。
「また今度なんて言わせない。一緒に請けようではないか」
アリシアさんはロゼちゃんの頭を優しく撫でました。
本当に? と、瞳に期待の色を宿す少女の期待に応えるため私も強く頷きます。
【クエスト『涙色の救出』発生】
その頷きに応じて、ウィンドウがクエストの発生を教えてくれました。
目指すべきは完膚なきまでのハッピーエンド。
その目標を、アリシアさんと視線で共有しながら私たちは動き出しました。
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