第17話 焼き肉
Side ルフラン
ジュージューと音を立てる野性的な食欲の誘因物質。
脂がテラテラと光を発する見事な肉をひっくり返すと、対面に座る魔法少女は「ふおおおおっ!?」とか「はやくうううううっ!」と動物のような悲鳴を上げます、うるさい。
しかしながら、それも仕方ないことかもしれません。
焼き肉とは勝利の味であり、祝杯を彩るには究極的な栄華の象徴。
私だって眼鏡越しの眼光は輝き、口元は今にも涎が垂れてしまいそうなほどに緩んでいます。
しかし、待て。
美味さの二次関数、その最大の頂点の瞬間を見極めろ。
焼きが足らなくても、焼き過ぎても駄目です。
来たるべき時を求めて全神経を集中させて――。
「……………………………………………………今」
――ズバッ、と。
私が呟くと同時、食欲のおばけと化したベルカさんは私を上回る反射速度で網の上の焼き肉を取りました。
流れるような動きでタレに肉を浸し、そのまま口の中で。
世界の幸福を独り占めしたような顔で肉を咀嚼。
ジョッキに注がれたノンアルコールのビールっぽいなにかをゴクゴクと喉を鳴らせながら飲み干します。
「ぶぱーっ! 仕事上がりはやっぱこれよね~」
「とりあえず世界中の魔法少女に謝った方が良いのでは?」
魔法少……おっさんは口元についた泡を袖で拭いながら「ん?」とか言ってきます。
こんな存在が女の子の夢であってたまるか。
「いやぁ、今日は楽しかったよ、ありがとねランちゃん!」
「いえ、礼を言うなら私のほうですよ」
私は壺じぃに作ってもらった
三十分ほど前。
工房にて、必要素材を渡すと壺じぃは眉をピクッと揺らして「なんと、パークを倒したのか……」と呟きました。
続けて「これならいい武器が作れそうだ」と口の端を緩めます。
おそらくヌシの素材を渡したことにより、通常よりも良い武器を作って貰えるということでしょう。
私とベルカさんはにんまり笑いながらハイタッチをしました。
工房の奥に引っ込み、カーンコーンと響く槌の音を聞きながら待つこと数十分。
出来上がったのが雷属性
「はあぁ~。ベルカちゃんのおニューの武器だよ~。可愛いよ~」
メイス型の大弓に頬ずりするベルカさん。
なんで貴女はそうやってトランスフォーム前提の武器にするんですか?
まあ、他人のこだわりにとやかく言うつもりはありませんけど。
「ベルカさん。こちらのカルビも焼けましたよ」
「ひゃっほう! ランちゃん、愛してるぅ♪」
焼けた肉をベルカさんの取り皿に移したら告白されました。
すみません、私にはもう心に決めた人がいるので。
「ねぇ、ランちゃん。フレンド登録しようよー」
肉を頬張りながらそんな提案をしてくるベルカさん。
普通のゲームなら二つ返事で了承するところですが、《Imaginaire Candrillon》では少しだけ考えなければいけません。
《Imaginaire Candrillon》のプレイスタイルはそれこそ無数と言ってもいいほどに。
つまりはゲーム内にも関わらずプライベートというものが存在します。
フレンド登録をしている相手にはウィンドウでログインしているフレンドのステータスや位置情報がわかるようになってしまいます。
言ってしまえば、ちょっと秘密にしておきたい趣味なんかもバレてしまうわけですね。
さて、私にだって人に隠したい趣味や趣向くらい存在するわけで。
そんな秘密を共有してもいいような相手にしかフレンド登録をしたくはないのですが。
「あっれれ~? どうしたの、ランちゃん? はっ、わかった! ベルカちゃんみたいな美少女にフレンドに誘われたのに緊張してるんだ~。いやぁ、ランちゃんにも可愛いところが……」
「肉が焼けましたよ」
「ああああああ――ッッ!?」
焼けたばかりのアツアツのハラミを彼女の口にホールインワンさせました。
舌を火傷したようで、氷水をゴクゴクやっています。
うん、別にこの人ならいいや。
秘密とかバレても全然いいや。
そう思い立って、私はベルカさんにフレンド申請を送ります。
「えっへへ。また狩りに行こうね」
「こちらこそ」
こうして私にこの世界で初めてのフレンドができました。
ヌシの討伐、武器の新調、フレンド成立。
祝う理由などいくらでもあるうえに、なんだかんだで気の合う話し相手も相まって、焼き肉祝勝会は月が空を彩るまで続きました。
***
「ランちゃんはこれからどうするのー?」
お腹も膨れてきて、だいぶ箸の動きが遅くなった頃にベルカさんは聞いてきました。
これから……ですか。
いまのところの目的は師匠を超えること、ですかね。
でもベルカさんの聞きたいことはそういうことではないでしょう。
「とりあえずレベル上げですかね」
MMORPGの基本中の基本。
その道の先には間違いなく師匠がいます。
大いなる偉業も目の前の小さな目的を達することから始まると、どこかの本で読みました。
「新しい武器も試してみたいことですし」
手に入れた『ヴァルチカン・アッシュ』は雷属性です。
魔法『属性闘気』を覚えた私からすれば、新たな戦術の幅が広がったと考えていいでしょう。
まだまだこの世界で私は初心者そのもの。
師匠の言う通り、いろんなことを経験してそれを力に変える必要がありそうです。
「それならベルカちゃんからとっておきの情報があるのです!」
グイッと机に乗り出してベルカさんは言います。
何故だか顔が赤いですね。
酔ってませんよね、ノンアルコールですよねそのビールっぽいの。
そのビジュアルで飲酒はお茶の間の女の子が瞳から雨を降らすことになりますよ。
「情報とは?」
「いまねぇ、王都周辺に人さらいの魔物がいっぱいいるんだって」
ベルカさん曰く、その人さらいの魔物の名は『グフゥ』
黒の体皮をもった亜人型のモンスターだそうです。
街を出た行商人や衛視などを攫って巣に持ち込んでは人類的によろしくないことをしているようで。
「プレイヤーも攫われるんですか?」
「んーん。ベルカちゃん情報だと狙われるのはウィードだけだって」
プレイヤーが人さらいのイベントに巻き込まれたらどうなるのかと思ったのですが、そのようなことはないようですね。
しかし、レベル上げに最適だということは。
「グフゥは経験値が豊富とかそんな話ですか?」
「いや、別にそんなことはないよー」
「では、どういったことで?」
「王都の騎士団が依頼をしてるの。攫われた人たちを助けてくれって。そのクエスト報酬で貰える経験値が美味しいんだって」
ああ、なるほど、そういうことですか。
しかし王都の騎士団ですか。
その言葉で思い浮かぶのは桜色の髪をした銀鎧の女騎士、アリシアさん。
正義感の強いあの人なら、今回の一件にも何かしら関わっているかもしれませんね。
「ではさっそく、そのクエストを請けに行きましょうか」
腹の膨れ具合はもう充分だったので店を出ようと提案したところです。
ベルカさんが少しだけ渋い顔をして。
「ごめんね。ベルカちゃんはそろそろ落ちないといけないの。こっちに四日間ぶっ通しでいるからね。さっきからウィンドウに『睡眠推奨』『食事推奨』とかいろいろ警告がすごいの。流石に一度戻らないと」
こっちに四日間ぶっ通しということでは、リアルでは丸一日ゲーム尽くし、と。
なかなかの廃ゲーマー、貴女とはいい酒が飲めそうです……未成年ですけど。
「それなら仕方ありませんね。また今度ご一緒しましょう」
「うん。いまは春休み中だからだいたいはこっちにいると思うよ!」
春休みということは学生ですかね?
見た目は高校生くらいですが、もちろんアバターでそれらをいじることはできるのでリアルでの実年齢をそれで推察することはできません。
「それではまた近いうちに」
「うん! またね!」
ベルカさんはウィンドウを操作して現実世界へと帰っていきました。
私はそれを確認してから近くの宿に泊まり、朝一でベルカさんの言っていたクエストを請けにいくことにしました。
余談ですが。
ベルカさんは武器の新調に持っているガルドをすべて使ってしまったらしく、散々飲み食いした総額5,450ガルドは私が払うことになりました。
どいつもこいつもふざけんな、こんちくしょう。
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