第12話 壺妖精

Side ルフラン


「Lv50だ」


 ちゅんちゅんと小鳥がさえずる爽やかな朝。

 ざわざわと風に揺られる木々の歌を聞きながら、組み手の最中に師匠の放った一言がこちらです。


「何がですか?」

「そこまでいったらアタシが奥義を授けよう」


 脚払いを躱して、腹部に放つ掌底、放つ前に脇を抑えられ未遂に。

 流れるように繰り返される攻防の中、師匠の言葉を吟味します。


「Lv50になるまでは?」

「そんなもん自分で旅して学びなさい。甘ったれるな!!」

「え、怒られる流れでしたっけ?」


 つまりLv50になるまでは我流で戦いを学べと。

 私は新しくジョブに就いたのでLv1のままです。

 しかし、ステータスは以前のLv1とは比較にならないほど高い。

 特に筋力と敏捷と補助魔力は目を見張るものがあります……耐久はビックリするくらい紙ですけど。


「【魔法拳士マキドナス】の戦い方は一つだけ。躱して殴る。躱して蹴る。常に相手の次の行動を予測するんだ。来る場所がわかっていれば躱せない攻撃なんてないんだからね」


 師匠は有言実行をするように私の攻撃をひらりひらりと躱します。

 私のように瞬間の反射で避けるのではなく、速やかに、軽やかに……攻撃している私からすれば樹々から舞い落ちる葉っぱを殴っているような気分です。


「そして【魔法拳士マキドナス】の最大の特徴。高い補助魔力に彩られた強化魔法だ」


 瞬間、ぶわっと師匠の身体に黄色い闘気が纏われました。

 それは強化魔法だったんですね。


「どうすれば覚えられるんですか?」

「Lvを上げれば自然と覚えるよ。たしかLv7で最初の強化魔法『属性闘気』を覚えるはずだ」


 言いながら、師匠の闘気に炎の流れが加わりました。

 それはさながら太陽のプロミネンスのように美しい神秘のような風情。


「これが『属性闘気・モード《炎熱フレイム》』だ。名前の通り属性を有した闘気を纏うことができて、攻撃にはその属性を付与、防御には同属性や相性の良い属性の攻撃を軽減する効果がある」


 属性ですか。

 ここらへんはゲーム知識の豊富な私にとって理解は楽ですね。


「好きな属性を纏うことができるんですか?」

「そんなことはない。アタシはスキル『炎纏い』を持っているからこんな簡単にできるだけだ。普通なら属性を持った武器を装備することで、その属性の闘気を纏えるようになる」


 武器ですか。

 そういえば私は武器も装備も初期のままですね。

 ゲームにおいて装備をないがしろにする人などいないでしょう。

 私もそろそろどこかで調達しなければいけませんね。


「属性武器を手に入れたいなら王都の工房にいるアタシの知り合いを尋ねればいい。偏屈な爺だけど腕は確かだからね。ちょっと紹介文を書くから待っていてくれ」


 言うが早く、師匠は小屋に戻って一筆を嗜めました。

 アイテム化した手紙をボックスに収納して私は師匠に向き直ります。


「ここにはLv50になるまで戻ってきては駄目だ。君みたいなこの世界に来たばかりの子はいろんな場所を旅して苦労した方が強くなる。ルフランくんのシャンプーマッサージを受けられないのは心苦しいがここは弟子の成長のために封印するさ」

「旅立つ前に一回しましょうか?」

「お願い」

「封印ガバガバですね」


 そんなわけで師匠と朝風呂を楽しんだ後、今度こそ私は旅立つこととなりました。


「師匠なのに何もしてあげられなくてごめんね。奥義はちゃんと教えるから」


 どこか申し訳なさそうに言いますが、私は微塵もそのように思ったことはありません。

 この世界で初めて死をくれた人であり、このゲームの広さを教えてくれた人。

 目指すべき頂きであり、見上げるべき背中。

 目標であり夢、いつか辿り着くための道標。


 貴女と出会えたことが、私の中で他に代えようのない経験値となりました。


「行ってきます、師匠」

「いってらっしゃい、アタシの可愛い弟子」


 手を振る師匠の顔は少しだけ寂しそうでもありました。


 ***


 RPGゲームをやる上で、工房だとか鍛冶にお世話にならないことなどありません。

 だいたいのゲームでは店売りされたものより、自分で素材を集めて作り上げた武器の方が性能が高いことが多いですし、売られていない自分のプレイスタイルに合った武器を作ることも出来ますしね。

 師匠の教えてもらった工房は『つぼ妖精の鍛冶屋』

 壺妖精とはなんぞや、と思いながら私は店内に入ります。


「いらっしゃい。御用は何だい?」


 カンコンと槌を打つ音に、汗の匂いが充満する熱気こもる空間。

 壁に立てかけた多様な武器に目を奪われていると、ふと元気な声がかけられました。

 頭にタオルを巻いた見るからに弟子っぽいウィードの少年です。


「武器を作ってもらいたく」

「おっけい。なんの武器の注文だい?」

「その前にこちらを」


 私は師匠の手紙をオブジェクト化して弟子くん(推測)に渡しました。

 彼は不思議そうに手紙を文字を追っていき、意外そうな顔をします。


「壺じぃに指名依頼か。珍しいね」

「つぼ? なんです?」

「ちょっと待っててよ」


 飛ばした疑問を置き去りにして弟子くんは工房の奥へと言ってしまいました。

 私のリスニングが確かなら『壺じぃ』と聞こえましたけど、そりゃいったい?

 首を傾げながら待っていると遠くから何やら、がたっ、がたっ、と音が聞こえます。


「おめぇがあの戦闘バカの紹介か?」


 素で威圧のある声を飛ばされてそちらに向き直ると。


「ああ、なるほど。たしかに壺じぃですね」

「何か言ったか?」


 現れたのは下半身に何故だか壺を装備した爺さんでした。

 タコの足の部分が壺に収まっているとでも思っていてください。

 ビジュアル的にはこのゲームに来て最大のインパクト。

 とんだファッションモンスターです。


「おめぇは戦闘バカとどういう関係だ?」

「それはアルメディアさんのことで?」

「そうだ」

「師匠です」

「…………そうか、あいつもついに弟子を取ったか」


 どこかおぼろげな目を虚空に泳がせる壺じぃ。

 それがどんな感情を表しているかは知りませんが、師匠のことを心配していたということだけは伝わりました。


「あいつの弟子だ。力を貸そう」

「ありがとうございます」

「武器は?」

術式篭手マギカ・アッシュの属性武器で」

「おめぇのLvは?」

「1です」

「ぺっ!」


 唾吐きましたよ、この人。


「なら大したもんは作れねぇ……と言いたいとこだがちょうどいいのがある。あいつの弟子ってことはおめぇも【魔法拳士マキドナス】だな?」

「はい」

「なら【魔法拳士マキドナス】だけが装備できる術式篭手マギカ・アッシュがある。要望通りに雷属性付きだ。ここらへんじゃ俺しか作れねぇ。金と素材さえ持ってくればいつでも作ってやる」


 そこでウィンドウにメッセージが現れました。


【クエスト『壺職人の一振り』発生】


 テキストをタッチすれば成功報酬と必要素材の詳細が現れました。

 必要ガルドは黒頭巾を倒したときのもので足りそうですね。


「素材は『レクシア平原』で手に入る。【魔法拳士】ならLv1でも問題ないだろう」


 ありがたいことに素材の入手場所まで教えてくれました。

 倒すべきモンスターは素材名から推測しましょう。

 私は軽く頭を下げた後、さっそく素材集めに行こうとして――。


「壺おじちゃん! 今日こそベルカちゃんの武器を作ってもらうんだから!」


 工房の入り口に仁王立ちした変なのが現れました。

 ロリータファッションと言うんでしたっけ?

 ピンク色のフリルをこれでもかと付けたワンピースを着た目に優しくない赤髪の少女がそこにはいました。


「おめぇか。毎日毎日飽きないな」

「だって壺おじちゃんがこの街で一番の鍛冶師って聞いたんだもん。ベルカちゃんの武器を作ってもらうまであきらめないんだから!」


 なんとも元気のいいことで。

 会話から察するに、彼女は壺じぃに武器を作ることを依頼してそれを断られ続けていると。

 少女の言うことが真実なら壺じぃは王都一の鍛冶師、おそらく私みたいに師匠の紹介状のようなものがなければ武器を作ってくれないウィードなのでしょう。

 ちなみにロリータファッションの少女はカーソルが見当たらないのでプレイヤーですね。


「おめぇはそうやっていつも能天気に頼みやがって……」


 壺じぃが何やら顔を俯かせて震えています。

 こういう職人さんは気難しい人が多いと聞きますしね。

 少女の遠慮のない依頼に、もしかしたら怒らせてしまったのでは――。


「その根性が気に入った! おめぇの武器も作ってやらぁ!」

「わぁーい!!」


 あれぇ?

 なんかすごい茶番を見せられた気分ですよ?


「ちょうどそこのガキにも武器を作ろうとしていたところだ。そいつと一緒に素材を集めて来たら要望通りの武器を作ってやろう」


 おっと、何やら巻き込まれましたよ。

 ルフラン業界にまさかの風評被害です。


「むむぅ?」


 首をぐりんと動かしてロリータファッションの少女が私を見てきます。

 なんていうか、見ただけで甘い感じが凄いですね。

 実にスウィートでシュガーな見た目をしていますよ、この人。

 あ、いつの間にかクエストの必要素材が増えてる、ちくしょう。


「よろしくね、メガネくん!」

「ネーミングセンスをもっと鍛えるべきですね」


 私は項垂れながら、師匠の言っていたこの世界の苦労に直面するのでした。

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