第8話 チャイナ師匠
Side ルフラン
アリシアさんに教えてもらった場所は王都に隣接する森の中。
ダンジョンではないのでマップモデリングの必要もなく迷うことはありません。
ただ辺りを見渡せば、
魔物がいるかはわかりませんが警戒して損はないでしょう。
「……あれですかね?」
一際高く茂った草をかきわけると、そこは辺りが岩壁に囲まれた小空間。
涼やかな風の調べ、煌めく泉と一本の巨大な木――そして、素朴な小屋が建っています。
アリシアさんの話では、あそこに【
足踏みしていても仕方がありません。
私は草から身体を出して小屋へと向かおうとしたところ――。
「おやおや。こんなところに来客かい?」
「――ッ!?」
響いたのは女性の声。
次いで、脳内に響き渡る野性的な警鐘。
振り向き、視界で捕えたのは、すでに私の頭へ足を振り下ろしている襲撃者。
刹那に廻る選択肢。
防御? 迎撃? 反撃?――否、その全てが不可能です。
「クッ!」
私が選んだ行動は全力の横っ飛び、つまりは回避でした。
正直に言って避けられたのは奇跡に近いです。
「ほう、いまのを避けるのかい」
私がすぐさま姿勢を正している内に襲撃者は面白そうに口笛を吹きました。
そこにいたのは、緑の髪を結い上げ、背中を大胆に開いた
カンフー映画とかに出てくるチャイナ的な人物です。
「随分と蛮族的な挨拶ですね、生まれはどちらで?」
「戦いの星。アタシはそこで生まれてそこで死ぬつもりでいる」
チャイナ美女は脚を折り曲げ、歌舞伎の見栄のようなポーズを取ってきます。
やっべぇですよ、完全に戦闘態勢ですよ。
「…………強いですね」
リアルでの中学や高校の部活でも、全国大会まで行けば強い奴とはそれなりに巡り合います。
そういった人物は独特の空気を持っていました。
戦うまでもなく、出逢った瞬間に強さが、ヤバさが伝わる。
目の前のチャイナ美女が纏う空気もそれに近いものを感じました。
「それで、君はこんなところに何の用かな?」
「できればそれを先に聞いてほしかったですね。私は聖樹騎士団副団長、アリシアさんの紹介で【
「あら」
それを聞いて、チャイナ美女は構えを解きました。
「シアちゃんの紹介かい。なら悪いことをしたねぇ」
今までのことがまるでなかったかのようににこやかな笑みを浮かべてきました。
瞬間、風が吹いたかと思うとチャイナ美女は目の前に…何それ?
いつ接近されたのかと思うほどに、それこそ彼我の距離は吐息が届くまで。
黒頭巾と対峙した時とはまた次元が違う緊迫。
気合や根性では到底埋めることのできない力の差を否応もなく理解させられます。
おそらく、この人こそが――。
「アタシこそが【
屈託なく笑いながら頭を撫でられます。
見た瞬間に勝てないと思ったのは初めての経験かもしれません。
この世界の底の知れなさを垣間見て。
その上で私の表情に張り付けられたのは、笑顔でした。
「まったく、この世界は目指す場所が高すぎて困りますね」
呟いて、私は目の前のチャイナ美女をいつか辿り着くための目標に設定しました。
***
こと、と置かれたお茶は何やら毒々しい色と毒々しい匂いを発していました。
なんだこれ、と私が訝しい目でアルメディアさんに説明を求める視線を送ると。
「粗茶だ」
「……粗末な茶という点では外れていませんね」
鼻孔を
この匂いは昔、友人がシンガポールで買ってきたドリアンチョコレートの匂いですよ。
「茶葉はなにを?」
「トロワ家秘伝の生薬だ。元気が出るぞ」
できれば秘伝のままであって欲しかったものです。
しかし私はこれからこの人を師範する身、多少の無理難題は受け入れるべきでしょう。
意を決して茶器を
―――――かはっ。
どろりとした半液状の物質が舌の上を蹂躙しました。
想像を絶する苦みに体裁など忘れて私はそこらを転げまわります。
「あはははっ! 本当に飲むとは思わなかったよ! 苦いだろう、それ! アタシも飲めないんだ!」
「なっ……なら、なぜ、こんなものを……?」
「面白そうだったから」
「良い趣味してますねぇ、こんちくしょう!」
差し出された水をひったくるように奪って口の中を洗浄しました。
うあうあ、まだ苦みが舌にこびりついていますよ。
「それで、シアちゃんの紹介って言ってたけどアタシに何の用だい?」
「この状況で本題を切り出す自由さには見習うべきところがありますね」
半眼で皮肉を言いながら私はアリシアさんに書いて貰った推薦状を渡します。
なんだか最近、自由過ぎる人にしか会っていないような気がしますよ。
アルメディアさんは差し出した文書に目を通します。
そのタイミングで彼女の頭の上のカーソルが黄色から青色に変わりました。
「ルフランくんだね。君は【
「貴女を師範することに迷いが生まれてきましたけど、そういうことです」
「悪かったって。こんな森の中に人が来るなんて珍しいからついね」
両手を合わせて首を可愛く傾ける姿には、その美貌と相まって心が揺れてしまいます。
あれですね、アルメディアさんを簡潔に説明すると『一人暮らしのマンションで隣に住んでいたら最高的なお姉さん』といったところでしょう。
……伝わりますかね、これ?
「シアちゃんが推薦してくるってことはそこそこの逸材なんだろう。ちょうどアタシも才能のある弟子を取りたかったところだ。でも、それだけじゃ弟子にするのはまだ早い」
「といいますと?」
「アタシの試練を受けてもらう」
瞬間。
空気が凍り付きました。
窓の外では多くの鳥が野性的な危機を感じて飛び立ちます。
テーブルに置かれたティーセットがカタカタと揺れ始めました。
私もまるで心臓を掴まれたかと錯覚するほどの息苦しさを覚えて、脂汗が湧き出ます。
「ほう、これで逃げないとは大したもんだ」
なんてことないように言うアルメディアさんから立ち昇る闘気。
これもまたきっと、彼女の言う試練の一つなのでしょう。
私は思い出したかのように深く息を吸ってから宣言しました。
「試練、受けさせて頂きます」
「よく言った。久しぶりに見所のある子がきたね」
アルメディアさんは小屋の扉を開けて外に出ます。
ついて来い、ということでしょうか?
私はアルメディアさんの後を追って泉近くの平地に到着します。
「試練はアタシとの決闘だ。一発でもアタシに攻撃を当てられたら合格にしようか」
言って、再び先ほどと同じような
泉のほとりで寝ていた猫が悲鳴を上げて逃げていきました。
「手加減はしない。死ぬ気で挑んできなさい」
恐らく、リアルも含めて私の人生最大の強敵。
恐怖と怖気を、そして、それを超える高揚感を感じながら私は眼鏡を直します。
憧れとなったその高みを目指すため、私は試練を挑み始めました。
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