第6話 騎士の感謝

Side ルフラン


 HPを喪った黒頭巾の身体は青いエフェクトとささやかな破壊音を残して消失しました。

 同時にウィンドウが現れて、長ったらしいゲームログが表示されます。


【敵性ユニット『ボルフの影武者』を倒しました】

【経験値を2120獲得、ガルド7500獲得】

【ドロップアイテム:『影纏いのナイフ』獲得】

【レベルアップ、ルフラン:Lv2】

【レベルアップ、ルフラン:Lv3】

【レベルアップ、ルフラン:Lv4】


 ……本当に長ったらしかったので省略します。

 コミカルなレベルアップの音楽は合計11回流れて、私のLvは12になりました。

 あの黒頭巾、ボルフの影武者はそれほどの強敵だったということですね。

 しかし魔物でもモンスターでもなく適性ユニットですか。

 この世界のシステムもまだまだわからないことばかりです。


「まさか倒してしまうとはな……」


 驚愕と、どこか安堵したような声。

 振り向けば治療を終えてHPが8割ほど回復した騎士様が優しい笑みを漏らしています。

 肩書きに恥じぬ美しい姿勢のまま私を覗く黄色い眼差しは、とてもプログラムで作られた機械的な存在だとは思えませんでした。


「貴公に感謝をしなければいけないな」


 そう言った騎士様は片膝を着き、合わせた手を祈るように顔の前に持っていき、目を閉じます。

 後に知ったことですが、これは聖樹教において最高峰の感謝を伝える構えなのだとか。

 そのことを知らなかった私でもその女神もかくやと思わせる騎士様の姿に、ただ見惚れてしまいました。


「アリシア・レイホープより最大の感謝を。貴公に聖樹の導きがあらんことを」

「結婚しましょう」

「貴公は何を言っているのだ?」


 すみません、先走りました。

 でも確かにこれならファンクラブができるのも納得ですね。

 感情の宿る騎士様の瞳の輝きは、この世界をゲームだと忘れさせるには充分な破壊力でした。


「貴公は《プレイヤー》だな。名を教えてもらえるか?」

「ルフランです。プレイヤーの存在を認めているということは、この世界がゲームだと知っているのですね」

「……げーむ? すまない、貴公の言っている意味が分からない」


 おや、何やら話が噛みあいませんね。


「失礼、プレイヤーについて説明して貰えますか?」

「貴公のような別世界の使徒のことだろう?」

「別世界の使徒?」

「ああ。どこからかこの世界にやってきて冒険をする者たちのことだ。何度死んでも生き返るという《輪廻の祝福》を授かっていることも特徴の一つだな」

「ゲームやNPCという単語については?」

「すまない、やはりわからないな」


 ふむふむ、何となくこの世界での私たちの認識がわかってきましたよ。

 ウィードたちは私たちをプレイヤーだと理解しているが、それは別世界の使徒としての意味。

 彼女たちはこの世界をゲームだと認識することはできず、それらしき質問には不理解を示す。

 まあ、こんなとこでしょうか。


「話をそらしてすみません、騎士様のお名前は?」

「聖樹騎士団副団長アリシア・レイホープだ。堅苦しいのは嫌いでな、呼ぶときはアリシアでいい」

「では、アリシアさんと」

「別に『さん』もいらないのだがな」

「こればかりは癖でして」


 騎士様、改めアリシアさんは随分とさっぱりとした性格のようですね。


「お礼をしたいのだがあいにく持ち合わせがなくてな、食べ残していたキャンディがポケットに入っていたがこれでは駄目か?」

「私はイベントに集まった小学生ですか」


 どうやらアリシアさんは大真面目な様子。

 さっぱりというよりは天然のようですね。

 私は苦笑いしながら差し出されたキャンディを受け取ります。


【クエスト報酬『ハッピー・キャンディ』を獲得】


 ええ、これがクエスト報酬ですか?

 あんな命がけの戦いをして飴玉一個って割に合わないような気がしますが……。


 あ、そうか、わかりました。

 クエスト内容は戦いへの参加でしたね。

 別に勝つことが条件に含まれていないから、このクエストの難易度は低め。

 よって報酬も相応のものとなったということでしょう。

 めっちゃ名前に犯罪臭がするキャンディですけどツッコみませんよ。


「それにしても貴公は凄いな。Lv1であのボルフの遣いを倒してしまうとはな」

「おや、私のレベルをどうして?」

「ああ、すまない。覗き見するつもりはなかったのだが、聖樹騎士の固有スキル『騎士の眼光』はプレイヤーのステータスが見えてしまうのだ」


 スキルですか。

 私もそのうち手に入れたいものです。


「別に構いませんよ。見られて困るものでもありませんし」


 少なくとも今のうちは。


「重ね重ねすまないな。貴公の温情に感謝を。よければこれからも仲良くしてくれ」

「永遠の愛を誓います」

「貴公はユーモアもあるのだな」


 からころと笑うアリシアさん。

 8割くらいは本気でしたよ?

 そこからいくつかの他愛もない話を続けたあと、先輩も待たしているので挨拶もそこそこにアリシアさんと別れようとしたとき――。

 

 そこで急にアリシアさんの様子が変わりました。


「格上の相手にも逃げることなく一歩を踏み出す勇気」


 アリシアさんはどこか達観したような調子で呟きます。

 黄色く澄んだ目は細く、まるで遥か彼方の目に見えないものを見ているかのような。


「あの方をお救いするのは、もしかしたら貴公のようなプレイヤーかもしれないな」

「あの方?」

「ふふっ、すまない。こちらの話だ。また会おう、ルフラン」


 軽く手を振りながらアリシアさんは背中を向けて歩き出します。

 風の吹かれる桜色の髪が西洋風の街並みに溶け込み、その情景は一流の芸術家が魂を込めた絵画のように完成された世界でした。


 その景色を見れただけで、私はこのゲームを始めてよかったと思います。


【クエスト『Imaginaire Candrillon』発生】

【このクエストは現在、進行が不可能です】


 空気を読まず現れたメッセージに頭を悩ますのはそれから数秒後のことでした。


 ***


「んだぁ、そのクエストは?」


 出現したクエストを見せて、先輩が放った言葉はこの通り。

 ゲームログイン第一陣である先輩でもわからない未知のクエスト。

 というより思いっきりこのクエスト名って。


「このゲームのタイトルじゃねぇか」

「そうなんですよね」


 重要な感じが半端ないです。

 ですが文面に書かれていた通り、現在このクエストは進行不可能だそうですよ。

 クエスト表示画面は灰色で示されておりタッチしても反応がありません。


「攻略サイトにも見たことがねぇな。こんな目立つ名前のクエストを見落とすわけがねぇし、たぶんお前が初だぞ、このクエストを出したの」

「出現させても攻略サイトに書き込まない人だっているんじゃないですか?」

「だとしてもこのクエストを知る奴はほとんどいねぇってことに変わりねぇ」

「出現条件は何だったのでしょうか?」

「はあ?」


 先輩が「何言ってんだコイツ」みたいな目で見てきました。

 貴女にそんな目をされると胸に来るものがありますね。

 主に怒りとか怒りとか怒りとか。


「んなもん、この負けイベントに勝っちまうことだろう」


 いやぁ、まあ薄々思っていましたよ。

 でもそれが真実だとしたら。


「流石に初見殺し過ぎません? このクエストってこれからも頻繁に現れるもんなんですか?」

「いんや、ログイン初日の初心者にしか現れねぇクエストだ。それ以降に出逢ったってのは聞いたことねぇ」


 ほらー、やっぱり。

 ぶっちゃけ私がクリアできたのだって運の要素が強かったですよ?

 相手が敏捷特化の敵でなければ歯が立たなかったでしょうし、最後の一撃に至っては結構やまを当てた感じでしたから。

 そんなギリギリの一発勝負を乗り越えなければいけない発生条件。

 しかもこんな重要そうなクエストが?


「鬼畜ってレベルじゃないですよ?」

「まあ、そうなっちまうな」


 その後もいろいろと意見を言い合いましたが、これといった結論が出ることはありませんでした。

 よって保留。

 どうせ今は進行できないクエストなんですし、もっと他にやることもあります。


「じゃあ狩りにでも行くか」


 流石は先輩、切り替えが早い。

 いろいろと考えるだけの脳の容量がないとも言えますが触れぬが花です。

 ですが……。


「すみません、ここからは私一人でもいいですか?」

「おう、なんでだ?」

「そもそも寄生プレイはあまり好きではないので」


 もう少し理由を加えると、この世界での戦いは非常にリアルであること。

 ステータスには含まれない勝負勘のようなもの、それがなければこの世界で勝ち抜くことはできないと先の戦いで確信するに至りました。

 寄生プレイでレベルだけをみるみる伸ばしてプレイスキルが追いつかない。

 それではいけない。

 戦場における技術、駆け引き、そういったものを学ぶために少しばかり一人で冒険をしたいのです。


 その旨を先輩に伝えたら。


「やだ」

「先輩は本当に話の流れとか空気に喧嘩を売るのが大好きですね」


 二文字の単純否定に私は頭を抱えました。

 この人はホントにもぉー。


「と言いたいところだが今回は見逃してやろう」

「おや?」


 珍しいですね、先輩が自分の意見を曲げるなんて。


「どういった心境の変化で?」

「お前の戦いを見てオレもなんか燃えちまった。お前のパワーレベリングに付き合うよりもっと大物と戦ってきてぇ気分なんだ」

「あ、いつも通りでしたね、安心しました」


 他人より自分、それが先輩の進む王道です。


「さて、先輩からのアドバイスだ。初心者はまずジョブにつけ。そうすればステータスの上昇率が上がるし、自分に合った能力育成もできる」

「ゲームではよくある話ですね」

「お前は魔法で強化した篭手で敵をぶん殴る戦いでいいんだよな。ならシンプルに【拳士ヤンポー】か付与魔法エンチャント特化のジョブ【付与士エンチャンター】あたりがオススメだ」

「先輩にしては真面目なアドバイスですね」

「どういう意味だコラ」


 言ったまんまの意味ですが。


「どうすればジョブにつけるんですか?」

「いろいろだな。街にあるギルドで簡単に就けるジョブもあれば特定のクエストを受けないと就けなかったり特定の誰かと親密度をあげないと就けない隠しジョブってのもある。厄介なのは一度就いちまったジョブはその進化系統でなければ他のジョブに就けないってところだ。なかなか自分に合ったジョブが見つけられなくてLv50なのにジョブに付いてないなんて奴もいたな」


 そりゃまた気が長いというか欲張りというか。


「さっき言った二つのジョブは王都のギルドで就けたはずだ。冒険の前にパパッと行ってきちまえばどうだ?」

「んー、そうします」


 ジョブの変更ができないとなると少し慎重に決めなければいけない気もしますが、まあ自分のファイトスタイル的にそこまで選択肢はないでしょう。

 ギルドで説明を聞いて気に入った方を選ぶことにしますか。


「ギルドはここからちょっと遠い、王都の最北だ。わかんなきゃ地図を見ろ」

「わかりました」

「じゃあな、ルフラン。次は一緒に狩りしようぜ」

「是非」


 そう言って先輩はフィールドの方へ去っていきました。

 私も早くジョブに就いてモンスターを狩りに行きましょう。

 なんだかんだでレベルは12。

 これくらいのレベルがあれば初心者狩場であればソロでもどうにかなると思いますしね。


「あー、言い忘れたが」


 ギルドに向かおうとした私の背中に先輩が大声で何かを叫んできました。

 いったいなんでしょうか。


「ジョブに就いたらレベルはリセットされるからな。ソロで冒険に行くなら気をつけろよ」


 そんな置き土産を言って、先輩は今度こそ去っていきました。


 ジョブに就いたらレベルがリセット?

 私が苦労して黒頭巾を倒したあの経験値が無意味なものに?


「………………」


 …………えぇー。

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