第5話 挑戦者

Side ルフラン


 踏み込んだ足が地面からしっかりと衝撃を受け取ります。

 当たり前すぎるこの感触が、どうしようもなく気持ちいい。

 そんなことで、ここがゲームの世界だと実感することができます。


 喜べ、ここは戦場だ。


 私の中で暴れる闘争心がそう叫びます。

 これでは先輩のことを戦闘狂だなんて笑えませんね。

 ですが、私も譲れません。

 戦い、抗い、考え、挑み、勝利する。

 その一連の手順の中で生まれる高揚感を忘れたことなどありません。

 私は歯を剥き出しにして笑いながら、黒頭巾へと踏み込みました。


「…………ッ!」


 私の接近を見て、黒頭巾は大きく後ろへ下がります。


「……邪魔か?」


 陰に隠れた口元をもそもそ動かして放たれたのは男の声でした。


「邪魔で済ませるつもりはありませんけどね」


 眼鏡をくいっと直しながら私は宣言します。

 それを受け取った黒頭巾の上にあった黄色いカーソルが赤に変わりました。

 私を敵と認めた、ということでよろしいでしょうか。


「無理をするな、少年! ここは私に任せろ!」


 これは助太刀した騎士様の声。

 黒頭巾への警戒を怠らず視線を彼女に向けると、大量の汗と血を流しながら左腕を庇う姿が映ります。


「男はいつだって傷ついている女性の味方ですよ」


 私は振り返らず、ちょっとだけカッコつけて言ってやりました。


「すまない! 何を言っているかわからない!」


 素直って人を傷つけるんですよ。

 知ってましたか、騎士様?


「そんな状態ではまともな戦いもできないでしょう。少しばかり私に任せてください。そのうちに治療なり回復魔法なりをどうぞ」

「くっ……すまない、任せたぞ」


 ここでウィンドウに反応が。


【アリシア・レイホープがパーティに加わりました】


 私のHPバーの下に点滅している残り数ミリしかない赤いHPバーが追加されました。

 思いっきりギリギリだったんじゃないですか。

 よくあんな強がりを言えましたね。

 彼女にとってこの世界は現実でしょう?


「【回復円陣ヒール・サークル】」


 騎士様が呟くと同時に彼女の周りに純白の魔方陣が浮かび上がります。

 回復魔法というやつでしょう。

 騎士様のHPバーがゆっくりと回復していきます。

 私もいつか回復係をパーティメンバーに入れたいものですね。


「――っと」


 肌がちりっと空気の淀みを確認。

 目の前にナイフを突き出す黒頭巾の姿が映ります。


 私は咄嗟に横へステップしてその一撃を躱しました。

 と、そう思っていました。


「――ッ!」


 一拍遅れて、肩に灼熱の痛みが走ります。

 僅かに割けた肩元、黒頭巾のナイフについた少しの血。

 導き出された答えは一つ。


かすっただけでこのダメージですか」


 私のHPバーの五分の一がいまので削られました。

 半分を過ぎると何かが起こると考えて、受けていいのはあと一回。

 それ以上はゲームオーバー。


 ――――はっ。


「最高じゃないですか」


 ステータスの差は歴然。

 相手は格上、スピード、パワー、あらゆるものが劣っている。

 だからこそ、燃えるというものでしょう?


「いきますよ」


 踏み込み、前へ、更に前へ。

 この世界で、私はまだ挑戦者なのですから。


 ***


Side ティティス


 相変わらずオレの後輩は馬鹿野郎だ。

 らん……あー、この世界ではルフランだったか。

 ルフランはオレの高校の時の部活の後輩で、なんか馬が合ってよくつるんでた。

 何つーか、闘争心? みたいなもんが似てるんだ。

 敗けたくねぇっていう気持ちが目に見えてよくわかる。


「んでもって、あいつはきっちり結果を残してるからな」


 オレは全国の準決勝で負けちまったからな。

 頂点にはあとちょっとだけ届かなかった。


 そんなことを思っていると、視界では黒ずくめがルフランに向かって刺突を繰り出していた。

 速い。

 オレのステータスでこれだけ速く見えるんだ。

 レベル1のあいつからしたら見えていないんじゃないかと思うほどに。

 それでも。


「避けるだろ、お前なら」


 対峙するルフランは黒ずくめの胸元に飛び込むようにして刺突を躱した。

 流石。

 ルフランは黒ずくめに一撃を当ててすぐにバックステップ。

 距離を取って次の攻防に備えてやがる。


 この世界には大きく分けて三つの力がある。


 一つはステータス。

 この説明はいらないだろう。

 レベルによって上昇する各種ステータスによってプレイヤーは強くなる。


 二つ目はスキル。

 特定の条件によって習得したスキルはステータスとはまた違った力を与える。

 ものによっちゃあステータスに補正を入れるスキルとかもあるがな。

【回避スキル】で敏捷がアップするとか。

 だが、だいたいのスキルはプレイヤーにとある技能を与えると言ったものだ。

 戦闘には関係ねぇが【料理スキル】を覚えると料理の腕があがるとか。


 さて、この二つはゲームを始めたばかりのルフランにはないものだ。

 では、なぜ圧倒的に格上である黒ずくめの攻撃をあいつは躱せる?


 それはあいつが、この世界での三つ目の力がずば抜けてるから。


「そうだろう。ハンドボール全国大会優勝校のキーパー様よ」


 ハンドボール選手の投げた球の速度は高校トップレベルでだいたい時速80km。

 野球なんかと比べると大したことないかもしれない。

 だが、ハンドボールはシュートを打つ選手の距離が違う。

 場合によっちゃ1m、いやそれより手前でシュートを打たれることなんてザラだ。


 一瞬の間にボールを捉える動体視力。

 過密された時間内で身体を動かす反射神経。

 そして、目の前で放たれるシュートを恐れない度胸。


 この要素があいつはずば抜けている。


 この世界での三つ目の力。

 それは、リアルから持ち込んだそいつ本人の特性だ。


「負けんじゃねぇぞ」


 たぶん、これはオレが言うまでもないことだ。

 勝負を始めたあいつはもう勝つ気でしかいない。

 しかもあいつは高校ではハンドボールをしていたが、中学ではまた違う競技で世間を騒がしていた。

 そのことがこの戦いでは更にプラスに働くことになるだろう。

 あいつの中学時代は……。


 ***


Side ルフラン


 躱す、殴る、距離を取る。

 ひたすらこの繰り返し。

 もう何10発ぶち込みましたか?

 そろそろ終わってほしいのですが。


 私の装備した術式篭手マギカ・アッシュは魔法強化をすることではじめて効果を発揮する武器です。

 ですが私はまだ魔法を覚えていないんですよね。

 なんもかんもすぐに冒険に行こうとした先輩が悪い。

 そういうことにしておきましょう。


「――っと」


 黒頭巾の鋭い一撃を紙一重で躱します。

 正直、反応して避けているわけではありません。

 なにか来る、と思ったら勝手に身体が動くんですよね。

 こういうのを、身体が覚えた、と表現するらしいですよ、高校時代のコーチより。


「…………ッ!」


 黒頭巾の何度目ともなる刺突。

 それを反射で避けようとして……私はこの世界の厳しさを一つ知りました。


 ーー避けた先には既にナイフを構えた黒頭巾。


 動きを読まれた?

 違う、私が躱したその場所には刺突の状態で停止しているもう一人の黒頭巾。

 咄嗟に身体を捻りましたが、頬にナイフがかすりました。

 HPバーは半分を切る直前で停止、セーフです。


 大きく後退して黒頭巾と対峙し直すと――。


「やっぱり二人いますよね」


 見間違いや残像の類ではありません。

 二人の黒頭巾が完全に別々の動きでこちらに構えているではありませんか。


「【影分身】……」

「そのまんまじゃないですか」


 黒頭巾の呟きに呆れた顔でツッコミを入れておきました。

 同時に反省です。

 ここは剣と魔法のファンタジー世界。

 中学時代のあの戦場とは土台が違う。

 昔の感覚で戦えば痛い目を見るぞ、と思い知らされた気持ちです。


 ですが。


「ああ……」


 この感覚。

 心臓の音がやけに大きく聞こえて、肌に触れる空気の感触さえある。


「ああ……」


 この感覚は本当に久しぶりです。

 表現するのであれば、スイッチが入った、とでも言っておきましょうか。

 どことなく無敵な気分。

 相手はシステム上勝てない相手?

 上等ですよ。


「その頭巾の下でどんな顔をしてるのか拝んでやりますよ」


 動き出したのは同時、振り下ろされる二本の銀光。

 見てからの判断では間に合いません。


 思考しろ、この攻撃を避けるためにはどうすればいい?

 予測しろ、自分が避ければ相手はどう動く?

 模索しろ、ならば自分がするべき行動はーー。


 ――――。

 ――――。

 見えた。

 数秒先の世界が。


 私はこれから黒頭巾が動く場所に拳を置いておきます。

 ただそれだけで、勝利の未来を迎えることができました。


 ぐしゃり、と。


 黒頭巾の顔面に拳がめり込む感触。


「馬鹿、な…………」


 短い声と共に黒頭巾はその場でドサッと倒れ込みました。

 それを確認して、私も膝を着きます。

 随分と集中していたようで、今更になってどっと汗が噴き出ました。

 黒頭巾の頭上にあったカーソルが赤から黒に変わります。

 これが勝ったという事でしょうか。

 そうであってください、もう一度あれをやれって言われても無理ですよ。


 思いながら、視線をそのカーソルの下へとズラしてみると。


「なんだ、思ったよりイケメンだったじゃないですか」


 ズレた頭巾の先には、白目の剥いた意外とイケてる男の顔がありました。

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