第10話 恥じらいヴァルキリー
三〇分後。
リビングの床で、全身をギッタギタのメッタメタにされた直隆は鈍く痙攣しながら白目を剥いていた。
全身には痛々しく生々しい拳と足と痕が残り、埋め尽くされている。
回復呪文もかけてもらえず、ベルセルク特有の不死性による自己再生能力でちょびっとずつ治っている。
エイルはバスローブ姿で、顔を真っ赤にしたまま両目を吊り上げ柳眉を逆立てている。
直隆に背を向けた姿勢でソファの上に正座していた。
「こ、殺されなかっただけありがたいと思いなさいよね!」
「だ、だって日本じゃ混浴が普通だし、風呂場じゃ裸を見られ合うのは普通の」
ギンッ、と音がしそうな眼光で睨まれ、直隆は黙る。
「おおお、乙女の肌をタダ見したんだからそれそうおうの代償は払ってもらうわよ! そうよそうだわ! 覗きの罪であんたは一生あたしの奴隷よ! はい決定もう決定なんだから、あんたは今日からあたしの犬よ! わかったわね!」
「いやそれは」
「文句あるの!?」
顔を真っ赤にした涙目の女の子に怒鳴られては、直隆も反論できなかった。
反論はできないが、しかし言いたい事はあった。
「なぁ、お前さぁ。ギルドマスターなのにベルセルクいないんだよな?」
「今はあんたがいるもん! あんたはあたしの奴隷なんだから、一生あたしのベルセルクとして働くのよ」
ぷいっとそっぽを向くエイル。
直隆はツッコミどころを吞みこんで話を進める。
「俺もさ、一応ここにきて長いし、日本人だけど北欧神話の仕組みは知ってるぞ。お前らヴァルキリーっていう北欧の天女は、地上で死んだ戦士を天国のアースガルズっていうところに連れてって、オーディンていう神様の兵隊にするんだろ?」
「…………」
「っで、軍事訓練がてら世界中から集めた戦士、英霊を戦わせて、そのかわりお前らヴァルキリーは英霊の身の周りの世話や接待役をする。まぁ持ちつ持たれつだな。それが時代と共に変化して、今は一部のヴァルキリーがギルドマスターっていう奴になって組員の英霊を管理接待する。英霊はフリーっていう浪人の状態から好きなギルドに加入したり抜けたり別のギルドに移ったりしてより良いところを求める。まぁ解り易いよ。俺のいた戦国日本もそんなだった。浪人が仕官先を探して諸国を漫遊したりさ」
「……何が言いたいのよ?」
さっきよりは怒りのボルテージが下がっているらしい。
エイルは背中越しに直隆を見つめる。
「いやさ、なんでお前にベルセルクがいないのかなって……お世辞じゃなくて、お前美人だよ。綺麗どころそろったヴァルキリーの中でもお前凄くイケてるよ。俺の国じゃべっぴんていうんだけどな。まぁ、乳と尻もいいし」
バスローブ越しに胸を手で隠し、エイルの目がまたよっとつり上がる。
「いいから聞けよ。ようするにさ、お前凄いイイ女なんだから。ちょっと偉そうで高圧的な態度だけど、普通にお願いしたら誰か彼かベルセルクになってくれるだろ? いくらなんでも一人もいないってのは不自然じゃないか?」
エイルは答えない。
また顔を背けて、うつむいて、黙ってしまう。
直隆がエイルの小さな背中を視界から外さずにいると、エイルは呟いた。
「……ぃもん」
「なんだ?」
今度はちょっと強い声で、
「だから、はずかしいのよ……誓約の口付けが」
その声があまりに恥ずかしそうで、最後の方は消え入りそうで、直隆は呆気にとられてしまう。
「……接吻が恥ずかしい?」
「そ、そうよ! 悪い!?」
エイルはバッと立ち上がりながら直隆の方を振り返る。
「ヴァルキリーは、英霊を自分の専属、ベルセルクにする時に誓約のキスをするのが慣習でしょ! でもそんな、好きでも無い人にキ、キスだなんてそんなの恥ずかしいじゃない! あた、あたしファーストキスだってまだなんだから!」
「…………お、おう?」
「なのにどいつもこいつもOKしたと思ったら『じゃあキスしよう』『じゃあ誓約の証を』ってスケベ根性丸出しで! 中にはキスどころか!~~……」
真っ赤な顔のまま頭を抱えて、エイルは床に正座の姿勢で座り込んでしまう。
それでなんとなく、直隆はこの少女の事が解った。
自尊心が強くて、でもすっごく乙女チックで、恥ずかしがりやで、それで誰もベルセルクになってくれない。
不器用な子だな。
それが直隆の感想だった。
裸を見た代償に、このままエイルのベルセルクになってしまうかどうかは別として、とりあえず直隆はこう言いたくなった。
「おいエイル。俺は明日、お前のベルセルクとして戦うんだよな?」
「そ、そうよ……?」
顔を上げるエイル。
彼女の大きな瞳と視線を交差させ、直隆は笑った。
「そんじゃ、明日は俺に命令しろよな」
直隆の力強い眼差しに、エイルが一瞬驚く。
「『勝て』ってな」
「……と、当然よっ、もう、バカじゃないの!」
「はいはい」
そんなやり取りをして、エイルは自分の寝室に向かった。
直隆も用意された、ベルセルク用の寝室へ向かうがその時、とある事が引っかかった。
「あれ? そういえばあいつ正座してたよな?」
ソファの上でも、床の上でも、確かにエイルは正座の姿勢で座っていた。
「確か西洋の奴って……正座しないんじゃなかったか?」
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