第三世 問いかけ
「体の具合はどうかの?」
食事の片づけを終えて戻ってきた墨白が温かいお茶を持って戻って来た。
「大丈夫、もうすっかり元通り……」
会釈をしてお茶を受け取り、ふと言葉に詰まる。
……元通り? そういえば俺はどうなったのだろうか? 墨白はそんな俺の様子を見て軽く微笑み、自分のお茶を啜ると俺の方へと向き直った。
「……さて、そろそろ良いかの?」
「え?」
「知りたい事、沢山あるじゃろう? 儂は説明が苦手じゃからのう……何でも答えるゆえ、質問するが良い」
聞きたい事や知りたい事は当然山のようにある、何よりもまず聞きたいのはアレだろう。
「それならまずは……」
「ああすまぬ、質問の前に一つだけ良いかの?」
人差し指をぴん、と一本伸ばして墨白が俺の言葉を遮った。
「ん、うん?」
喉まで出かかった言葉を飲み込んで頷く。
「先にこれだけは言っておかねばと思ってな」
こほん、と一つ咳払いをすると真剣な顔で真っすぐに俺の瞳を捉えた。
あまりにも真っすぐに見つめるその瞳につい視線を少しずらしてしまう。
「一つ儂からお主に約束しよう、儂はお主に一切嘘はつかぬ」
「……え?」
墨白から発された意外な言葉についマヌケな声が口からこぼれてしまった、約束? わざわざ? 真意はよく分からないが……そう言ってくれるならこっちも質問がしやすくなるというものだ。
「じゃあ、ええと……」
いざ聞くとなると緊張してしまう、でもまずはこれを聞かないと何も始まらない、意を決して顔をあげて墨白の顔をまっすぐに見据えると質問をぶつけた。
「っ……俺は死んだ、よね?」
「うむ、腹に刺したからしばらくかかったのう? じゃがちゃんと刺せて偉かったぞ、頑張ったのう」
「あ、うん……」
一番重大な質問のつもりだったが、驚くほどあっさりと己の死を告げられて拍子抜けしてしまう。
「ま、まるで見ていたみたいに言うんだね」
「うん? もちろん見ておったぞ?」
はて、という感じで墨白は首を傾げた。
そういえば、最初に話した時に俺をずっと待っていたとか言っていたのではなかっただろうか?
「……俺を待っていたとかも言ってたよね? それはつまり……俺が死ぬのを待っていたって事?」
墨白に対するイメージとしては死神か、閻魔大王のようなモノだと脳内で仮定してみる……なんとなくだが閻魔大王の方がしっくりくる気がする……鬼だし。
「ん、まぁ端的に言えばそうじゃな、儂はお主が死ぬのを待っておったと言ってもよいかもしれぬ」
その言葉に胸に重いものが落ちた感覚がして、息が苦しくなる。
「そ、そう……」
ここまでの待遇で好印象を持たれていると思っていたが、まさか死んで欲しいと思われていたとは……。
勘違い、思い上がり……少し期待していた羞恥からか墨白の顔を見る事が出来ず、下を向いて畳を眺めてしまう。
「お主を迎える為にはお主が死ぬしか無かったからのう、まぁ三十年程度で済んだのは幸運じゃったかもしれぬなぁ」
「……え?」
「ああ悪い意味でとるでないぞ? お主の死は儂の元へ来る為に必要な過程だったゆえ、死ぬのを待っておったという意味じゃ」
顔を上げて墨白の顔を見ると、その表情は優しく慈愛に満ちているようにすら感じる。
「さんじゅう……ねん?」
「うむ、儂はお主が生まれてから命を絶つその瞬間までずっと見ておったよ」
ずっと? ずっとって……本当にずっとって事? 想定外すぎて頭が真っ白になる。
「いや……いやいや、ずっとって……一体どうやって?」
しどろもどろに返事をすると墨白は目を細めてにやり、と笑った。
「ああ、それはのう……」
そう言っておもむろに上を向くと、右手の人差し指と親指を自らの右目の前でピンと伸ばし、そのまま突き刺したではないか!
「え、あ……?」
あまりの出来事に言葉を失っている俺をよそに墨白はゆっくりと指を引き抜くと、その指にはビー玉程の大きさの透明な球体がつまみ上げられていた。
「くふ、お主がこっちに来た時点でこれはもう不要になっておったのじゃが……馴染みすぎて取るのを忘れておったわ」
そんなコンタクトレンズを外すのを忘れていたみたいに言われても困るのだが……右目は大丈夫なのかと心配したが、こちらに向き直った顔を見るに怪我一つしていないように見えるし、そもそも血の一滴すら垂れていなかった。
「えっと……それは?」
「これはのう
出来る道具じゃよ」
ほれ、と渡されたそれを眺めてみると球体の内部は幾重にもひびのようなものが連なっておりまるで万華鏡のようにキラキラと輝いていた。
「今はお主がここにおるからそれはもう何も映さないがの、それを通して儂はお主の一生を見ておったのじゃよ」
「……全部?」
「くふふ……ああ、ぜぇーんぶじゃ」
耐えきれなくなったのか声を出して笑い始めた墨白に顔が熱くなるのを感じる。
何を見たのかと問いただしたい事は山ほどあるが、羞恥が重なるだけだと自分を無理矢理納得させ、冷静さを取り戻す為に大きく咳払いをした。
「ううん! そ、それにしてもこんなモノを眼に入れるなんて……そうしないと使えない道具なの?」
足も崩して、ついでに着物も着崩れた墨白に球体を返しながら質問をぶつけると、墨白は片手で涙を拭いながらそれを受け取った。
「はぁ……久方ぶりに笑ったのう……くふ、くふふ」
着物を直しながら呼吸を整え、俺の方へ向き直ると球体を見せつけるように軽く掲げた。
「それとこれの使い方じゃが、別に目の中に入れて使うではないぞ? このままでも使えるしのう」
「え、じゃあなんでわざわざ目の中なんかに……?」
首を傾げた俺にニコリと笑うと、するするとすぐ近くまで移動してきて俺の首筋に軽く唇を押し付けると、そっと耳元で囁いた。
「お主がいた所でも言うじゃろう? 本当に愛しいものは目に入れても痛くないと」
ゾクゾクと背中を駆け巡る感覚と、再度赤くなった顔の熱さは誤魔化せそうもなかった。
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