家族とは


「は? 殺したも同然、ですって? 馬鹿言わないで。私が殺した?」


 実の息子、第二王子レイドの言葉が引っ掛かったのか、蒼松国王妃レベッカは灰色グレーの瞳をギロリと向けた。

 挑戦的なレベッカのその言葉に、唇をグッと噛み締め堪える大使。皆に緊張が走った。


「母上、すみません、私の言い方が悪かったです」


 レイドはまた暴走する前にと、己の言葉を訂正した。

 彼自身も、舞台での母の言葉に驚き、そして後悔していた。

 自分が見て見ぬ振りをしていたから、きっとここまで大事になってしまったんだと。


 『美』に執着するほど精神が崩壊しているとは思いもせず、無視し続けた。自分の母親なのに、反論もせず従って、ただただ人形だった。ちゃんと話を聞いて、寄り添って支えていれば、今頃は違ったかも知れない。

 それを今更思ったことで過去は変えられないが、未来なら、変えられる。


 「当然よ!」と、澄ました顔で言い放つレベッカ。

 そんな母を見て、気の毒になった。母も、ちゃんとした人間に変われるだろうかと。

 しかしレイドが考えるよりずっと、母レベッカの心の闇は深そうだった。


「私が殺したのは後にも先にもこの世でたったの一人よ!? 他に誰かを殺すだなんて有り得ないわ!」


 そう、堂々と述べるのだから。

 どこの王族がそんなこと包み隠さず言うのか。たとえ邪魔者を消すにしても、王族は通常自分の手を汚すことはない。誰かに指示をして、殺すのだ。

 王妃になる前だとしても剣すら習った事のないレベッカが本当に人を殺せるのか。

 しかしレベッカは、殺したと、自分の手で殺したと言う。


「…………誰を……殺したというのですか?」


 恐る恐る聞いたのは、今まで黙りこくっていた王女のレイチェルだった。まるで真実を確かめるよう聞く様に、レイドも生唾を飲んだ。


「お前の父親よ」


 王妃レベッカの言葉に、誰もが目を見開いて注目したが、唯一人、娘のレイチェルは目を背けた。

 レイチェルの父親、それはレベッカの元夫であるケイドン伯爵だった。


「な、は、母上は何を仰っているのですか……?」

「何をって、殺したと言っているじゃないの」

「は……?」

「ッやめろレイド……」


 ぜぇぜぇとまだ荒い息、兄である陵は弟の言葉を止める。

 チラリと兄弟目が合うが、レイドは真実が知りたかった。


「何故、殺したのですか……」

「レイドッ……!」

「何故? そんなの、ジェイミーが私の侍女と浮気したからよ」

「侍女と、浮気……?」


 今まさに、王妃レベッカの髪やメイクを直しているのは、レベッカが伯爵家に嫁いだときから長年専属で付いているその侍女だった。

 直す手は、ブルブルと恐怖で震えている。


「私より若いからって何が良かったのかしら。信じられないわ。私の方が美しいのに」

「何故、侍女は……」


 殺さなかったのかと後ろに続く言葉を分かっていたのか、レベッカは侍女に「だって、ねぇ?」とにっこり笑ってみせる。

 王妃と侍女を交互に見て、娘のレイチェルは己を落ち着かせるためか、深く深呼吸をした。吸う息も吐く息も震えている。


「……わたくしは、お母様の子ですか……」


 レイチェルの扇子を持つ手も、侍女と同じくブルブルと震えていた。


「は? 姉さん、何言ってんだよ……?」

「やめるんだ……!」

「そんな馬鹿な質問してどうすんだよ……!」


 レイドが動揺する理由は、姉のレイチェルが何か根拠があって、そう問うているのだと感じたからだ。


「いいえ」


 ──その根拠が、確かな事実となった。

 私の子供じゃないわと、レベッカの口が、そう言った。


「は!? なっ、なに、なんで……!」

「レイド、もういい……」

「何で……、じゃあ誰の……! ッ、まさか──」

「レイドッ……!」

「この侍女の子よ」


 やっぱりそうなんだと、言葉も紡げず、レイチェルは床に崩れ落ちる。


「な、侍女の子!? そしたら、俺と、姉さんは、血が繋がって無いっていうのか……!? そんな訳無いだろ……!! だって、そしたら、王族の……」

「レイド!! もういい……!」

「兄さん……」

「……それ以上は言うな」

「……………………はい」

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