もふ愛はティータイムで
「あーあ……。本当に人間になっちゃったのかぁ……」
怜が王国中心部に赴いているその頃──。
昼下がり、季節はどうやら春のようで陽気がとても良い。
夏の暑い日差しでは到底出来なかった外でのティータイムをアオイは楽しんでいた。
さくら色の可愛らしいティーカップに、新緑の美しい茶が映える。
「もう、アオイ様ったら。その言葉今日だけでも何度目ですか! いい加減私達も聞き飽きてしまいましたよ!」
「そうですわよー。私達の事は慣れてきたようですのに」
ステラとアンとシェーンは、呆れたように茶菓子をテーブルに置く。
「人間の怜様をもっとよく見てくださいな! 国一番の美男子と謳われた御方ですのよ! それはそれは貴族のお嬢様方からメイドの私達でさえ羨ましがられるほどです! きっと今でも国一番ですわ!」
「それで迷惑
自慢気に語るシェーンとは反対に、アンはウンザリしているようだ。
三人のメイドの中でもアンは顔が整っている。
黒くて綺麗な髪と、クールグレーの切れ長で澄んだ瞳は、着飾ればそこら辺の貴族のお嬢様より美しいだろう。
そんなアンだからなのか、また何か思い出してどよどよと黒いオーラを出している。
しかしもう見慣れたのか他二人は気していないようだ。
どよ黒オーラを出すアンに目もくれず、シェーンは「ですから、ねっ!?」とアオイを期待の目で見つめた。
何となく言いたい事を感じ取ったアオイは、「いやいや。違うのよ!」と前のめりになりシェーンに詰め寄る。
「美男子とか国一番とか! そう言うの関係ないの!」と拳を握りしめるアオイ。
熱い気持ちに感化されてか、アンは「そうです!」と同じくグッと拳を握りしめた。
「アン……! 分かってくれるのね!?」
「えぇえぇ、女より美しい男など以ての外です! 男はもっと
「……………………って、ちっがーーーーう……!!」
「え? 違うのですか?」
だから鬼塚が好きなのねと納得するアオイだが、本人はまだ気付いていない様なのでそうとは口にしなかった。
他二人のメイドはやれやれと呆れ顔。
「アンったら。そういう事じゃなくってね?」とアオイ。
「あのね、もふもふが必要なの。人生においてね、どんなに友達が居たって、どんなに大好きな人が居たって、何にも不満のない人生でもね!? もふもふは! 必要不可欠なの! 分かる!?」
「「「え、えぇえと……」」」
解りかねますと言う
それに対し、解せぬとアオイは頭を抱えた。
(己がもふもふだったからって……!)なんて言おうものなら確実に怒られてしまうだろう。
「物心ついた時から動物が居るのが当たり前だった。キツネや、クマや、リスや、勿論にゃんこやわんこもね。そりゃラモーナだからね、動物だって安心して暮らせる場所だもの。それで私、家に帰れなくなってしまった時から……気付いたのよ……」
アオイが珍しく神妙な面持ちをするので思わずごくりと唾を飲むメイドの三人。
だが物語の期待は裏切らないらしい。
「もふもふって必要なんだって!」
「「「いや先程言った事と同じですッ……!」」」
「ちょっと! 何でよう! だって私、もふもふを求めすぎて、とにかく動物が居る所に当てもなく向かってたんだから!」
「あぁ……、ですから田舎の喋る猫やら象を神とするアラン王国やら、兎に角動物が居る森なんか行ってらしたのですか……」
「あとウェストゥーダ地方の荒野を駆ける馬達ね! とっても筋肉質で人間と共存してて格好良かったわ!」
「は、はぁ……」
これはアオイの
「私達は先行ってるわね!」
「宜しく頼んだわ!」
「ちょっと!? 二人とも……!」
ステラはギリギリと歯を食い縛りながら去っていくアンとシェーンを睨むも、二人はお構い無しで犠牲になってもらうのだった。
──それからと言うもの、
「原住民の方が言うには、あの地方にはそれはそれは大きな
「そうそう。世界樹辺りの森に住んでいるユニコーンやペガサスにもまた会いたいわ! そして撫でてみたい! けど神聖な森の神聖な生き物だからこんな不純で汚れた心ではあの森に踏み入れないかもしれない」
「そもそもね!? これだけもふもふを探し回ってね!? それでやっと誰かのパートナーでもない、とても接しやすい存在で、更には一緒に居て楽しくて心地良くて、もふもふのしかも犬を見付けたと思ったのに!」
「人間だったなんてッ……! 別にッ! 良いんだけど! 呪いが解けることは良いのだけど……!」
つらつらと止まることなく語るアオイに、「あぁ、はい」「なるほど」「そうですか」「へー」と塩対応するステラだが、流石ラモーナの人間だけあってなのかその内容は驚く事ばかりだ。
どこかの神話か、はたまた御伽噺なのか、そんな話を止まることなく話すのだから。
世界樹なんて本当に存在している事にも驚きだ。
しかしリアクションしないのは、アオイがこれ以上調子に乗るのを避けるため。
そんな話の中で、ひとつだけ分かったことがある。
アオイがここまで悔やんで嘆いているのは、理想的だったパートナーを失ったことだと言うこと。
勿論、男女の恋愛や結婚的な意味合いではなく、人生を豊かに楽しく過ごすためのパートナー。
まぁそんな存在が「貴方、人間だったのね……!」と、恋愛・結婚の対象にもなってくれれば、狼森家一同の悩みも無くなるのだが。
(うーん、アオイ様は少々もふもふが好きすぎたのね。いや、少々じゃないか……、そもそも、誰かと恋愛したことあるのかしら……?)
「もう。アオイ様。そんなに旦那様の犬の姿がお好きならもう一度呪いにかかってもらえば良いじゃないですか」
「えぇっ! でもそんな、折角解けたのに……!」
「まー、ほら。犬と人間自由に姿を変えれたりとかー、話で聞く魔女とかってそんな感じじゃないですかー?」
「なるほど……!!」
お茶のおかわりを淹れながら適当に返事をしたつもりなのだが、勢いよく立ち上がったアオイにテーブルが揺れ、危うくカップがひっくり返るところだった。
淹れたてのお茶が溢れなくてホッとするステラだが、思ったよりもアオイの反応が良かった為、「いや、あの、今の意見は旦那様の気持ちを無視してですけどね……?」と少しばかり弁解。
「そうよ……、何故気付かなかったのよ……!」
しかし言ってしまった後ではもう遅い。
「え、あ、あの……本気ですか……?」
「なるほどその手があったか……ふむふむ、だとしたらもう一度フローラに……、」
「き、聞いてない……。やだ、どうしましょう……、旦那様に怒られちゃう……」
ぶつぶつと良からぬ事を喋っているアオイに、「わ、わ、わたしは何も言ってないですからね……!? そ、そうです……! 私も掃除しなくっちゃ! そこの! ラウンジの窓を! 拭いておりますので! 何かありましたらお呼び下さいっ……!」と、ステラは逃げるようにして立ち去った。
アオイはと言うと、ステラが居なくなった事にも気付かず、今だ唸っていたのだった。
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