番外編 謎の階段噺。


「そういえばさ」

「はい、何でしょうアオイ様」



 オーストラリアンシェパードの使用犬シェーンは、朝食後のアオイのお散歩に付き合うため(決して自分も散歩したいわけじゃないですよ!?)、まだ修繕しきっていない階段を慎重に、一列に並んで降りていた。



「どうしてこんなに階段壊れたの? 異常じゃない……? こんな壊れ方……地震なら他も壊れてるでしょう……?」

「あー……んー……実はですねぇ……」



 シェーンは眩しそうに窓の外を眺め、記憶を辿るように話し始めた。



「───ある、朝のこと、何時だったか、そう、アオイ様が来る一週間程前でしたかねぇ……。それは冬にしては少し暖かい、夏にしては涼しい、そんな朝でした。私とステラは邸の外から窓を拭いていたんです。で、その時、見ちゃったんですよ………」

「な、何を……?」

「そりゃあもう……、亡霊ですよ……」

「えぇえ……!?」

「そう。丁度ここら辺で、あそこにふらふら~~っと……」



 シェーンの鼻先へ瞳を向ける。

 日傘をさしながらでないと直ぐに日焼けしてしまうだろう。

 そんなジリジリ照るつける太陽に、頭がくらくらする。

 しかしこんな話をしているからか何だか少し肌寒い。



「よ、妖精とかじゃなかった、の……?」



 そうであって欲しいとの願いも込めて、恐る恐るそう聞いた。



「いいえ。あれは正しく………」



 ゴクン──。

 シェーンはその『何か』が居た場所を遠い目で見つめるものだから、アオイは思わず生唾を飲み込んだ。

 ジリジリと太陽が照りつける。



「……美しい、それはそれは美しい、女の亡霊でした……」

「………え? 美しい、女……?」

「はい……」



 思い出すように、シェーンは目を瞑る。



「あまりにも美しいので、亡霊にも拘わらずステラと二人で見とれる程でした」

「へぇ……」

「……そうして、その亡霊はフラフラとどこかへ消えていってしまいました」

「そんな美しい亡霊はどうして此処を……、って!」


 

(待て待てい!)と思ったのは、確実に聞きたかった事とズレているからだ。



「階段壊れた話は!? どう繋がるの!? そもそも繋がる話なの……!?」

「勿論ですよ!」

「本当に~??」

「で! 見とれる程に美しかったものですから、亡霊が何処かに消えてしまった後、ステラと取っ捕まえれば良かったと、後悔して、」

「こ、後悔……? 何で……?」

「え? そりゃあ旦那様の婚約者にでもしようかと思いまして」



 スン、と澄ました顔で平然と言うものだから訳が分からない。



「ん……? 婚約者……? え……亡霊……」

「えぇ、えぇ。アオイ様が来るまでは亡霊でも良いのではないかと思えるほどの思考でしたね。要するに気持ち・・・があれば良いのです」

「ふ、ふ~ん……?」



 要されても理解出来ないのだけれどと思うも、適当に返事をしておこう。

(と言うか女の亡霊……? なんで怜の婚約者……??)



「あ、あぁ! 成る程。私ったら……!」

「何です?」

「いやいや、私ったら本当に視野が狭いと思って……」



 女の亡霊と言うものだから、勝手に『人』だと思っていたのだが。

(そうか! つい自分の立場で考えちゃったわ! も〜、本当に視野が狭いんだから)

 シェーンとステラが見とれ、怜の婚約者に相応しい、(美しすぎるメスの犬ね!)



「なんだぁ~、そう言う~~……って!!」

「はい?」

「で、階段の話は……!!?」

「あぁ、それは───


『────ッブシュン!!!』


 どんがらがっしゃーーーーん!!!


『旦那様ァ……!!??』



「へあ……!?」

「んー。つまり、ああいうコトです」

「え、どういうコトです!?」

「噂話でくしゃみをされた旦那様が原因です」

「へっ?」

「旦那様は身体も大きくていらっしゃいますから、勢いもすごくって……。くしゃみと共に勢いよく振られた頭、そして、顎が階段の手摺てすりに当たり……、」



『旦那様!! やっとここまで直したのにまた壊されたんですかァ!!?』



「そう……、それは冬にしては少し暖かい、夏にしては涼しい、そんな朝の事でした……。御邸中に響き渡るナウザーさんの怒鳴り声……」

「あ、あははは、は……流石ですナウザーさん……」



 こうして謎の階段噺は解決したのだった。

(にしても、なんで犬の亡霊なんかが居たんだろう……。類は友を呼ぶ……?)



 ───「ウフフフ」



「えッ……」



 ひらり、

 ドレス同士・・が触れ合った気がした。



「気の、せいか……」




 ───「可愛いお嬢さん。どうかあの子を、宜しくね」



 シェーンとステラが見た亡霊は、怜の若かりし頃の母であったと分かるのは、もっとずっと先の事である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る