人間とは面倒な生き物だ
「アオイ様!? 聞いておられますか!?」
「きっ、聞いておりますともっ……!」
ナウザーはなかなかの鬼教師である。
三日に一度行われる御勉強、本日の内容は、この国の主な貴族について。
王族の事から、王子の王位継承争いがどーたら、貴族の王子派閥争いが何たら、それに伴う貴族同士の領地財政打撃がうんたら、社交界では派閥を知っておかないとかんたら。
どれもアオイには理解し難いことばかりだ。
そして何故皆の土地で皆が暮らしているのに貴族が争い合うのか。
社交界とは皆と楽しく社交する場ではないのか。
(もう私には理解し難い……、全くもって理解し難い……)
「くぅっ……、ここまで理解に苦しむとはっ……」
「まぁそうでしょうね。平和ボケされておりますから」
「言い返す言葉が見付からない……」
「と、まぁ予想はしておりました。ですので実践の方が宜しいかと」
すん、とナウザーは鼻先を斜め上に向けて、綺麗なお座り。
喉の辺りをガリガリ掻いてやったらナウザーも気持ち良くて反射的に後ろ足でカイカイしてしまうのだろうか、なんて想像する。
(いや、そんな事考えていたらまた怒られちゃう……)と、悟られる前にカムバック。
「実践って?」
「えぇ。何とまぁ丁度良く狼森家本邸で久し振りに夜会を開くこととなりました。実に15年振りのことです」
「そうなんだ。何でまた?」
「アリスお嬢様もだいぶお元気になられましたし、経験として今回思い切った次第です。アリスお嬢様がお元気になられたのも、勿論アオイ様のお陰でもありますからね」
「えっ、そ、そう??」
ナウザーは優しい微笑みを向けると、アオイも満更でもないようで照れ笑いする。
そりゃあ、なんたってあのアリスが、覇気がなく陰湿な気が漂っていたあのアリスが、アオイに出会ったその日から変わりだしたのだから。
ただ元気になったと言えど、病気が治ったわけではない。
それでも毎日栗鼠と楽しく遊んでいる姿を見ると、親であるクリスとしては心から嬉しいものだ。
(これはクリスさんを見てれば分かるんだけど、)
人ほどの大きさになった犬が御邸に居て、本邸の周りにも野良犬が彷徨いているから気が遠くなることもあるらしい。
だが、可愛いアリスが元気になる事が一番だと我慢している。
「15年振りともなると、今の本邸で働く使用人達も殆ど経験が無いでしょうな。その前でさえ5年一度あるかないかでしたからねぇ。一応関わりのある貴族にしか招待状は送っていないのですが、是非にと言って自ら参加を希望される方もいらっしゃるぐらいです。謎に包まれた狼森家に皆様興味津々ですね。ほっほっほ」
「えぇ……? そんなに……?」
「狼森家自体が軍みたいなものですからな。使用人は皆武術が得意だったり参謀が得意だったりと、他貴族と比べればかなり異質でしょう」
「そ、そうなんだ。結構恐ろしい邸なのね……!」
「まぁ今は戦争も無いですし、狼森家も国の防衛省へ成り下がりましたな。おっと、これは皮肉ではないですぞ? それに王位継承権では中立の立場を保っておりますからね。これを機に引き入れたいと思っている輩も居るのでしょう」
「へぇ……」
そんな狼森家の夜会へ貴女も参加なさるのですから大変ですねと、まるで他人事のようにナウザーは言ってのける。
人間の思惑が渦巻く中へ得体の知れぬアオイが混ざってどうしろと言うのだ。
唯でさえ素性を話せぬというのに。
アオイが不安気な表情を浮かべていると、「一応、アオイ様のストーリーは考えてあります
「ストーリー?」
「はい。アオイ様はオーランド王国、田舎町の男爵家の生まれ」
「あぁ、オーランドはラモーナのお隣で元は一つの国だものね! それなら違和感無く話せるかも。……でもオーランド王国って、今若い人は皆学園に通っているんじゃなかったかしら……?」
「そうですね。アオイ様も病気で学園には通えず、犬に癒され、そして病気を完治させた後、色々な国を旅した。アリスお嬢様と境遇が似ていることもあり、山犬がいると噂される狼森家で滞在している」
「私の経験を少し変えた感じね! ただ大病を患ったこと無いから……嘘がばれないか心配だわ……」
「何を仰っいますか。アオイ様は犬に狂う病気のようなものです」
「へ?」
『犬に狂う病気』
はて、そんな名の病気があったかなと、三秒程斜め上を見ながら考える。
ナウザーはそんな彼女の姿に鼻で笑い、話を終わらせたいが為に「兎にも角にも!」と切り出した。
御勉強をさっさと終わらせて昼寝がしたい。
「来られる方は狼森家自体に興味がおありでしょうから、アオイ様は社交の方に専念して下さい。それとアオイ様は他国の人間ですので、参加なさる方々のお名前を全て覚える必要は御座いません」
「はい!」
「しかし、誰が口が軽くて誰が悪い考えを持っているかは覚えておきましょう。己の為でもありますからね。挨拶程度で済めば良いですが、相手の方から積極的に来る可能性もありますのでお気を付け下さい」
「は……はい」
「では、今日はこれ位にしておきましょう」
「わーい!」
「次回はミッチリお勉強しますからね!」
「うわー……い……」
素直に謝ったり、間違いを正したり、そもそも人とは皆同じでないのだから、気の合う仲間と過ごせばいい。
果たしてそこに意味はあるのか。
その晩のディナーにて、怜に見解を伺ってみたが「それが本来の人間ではないか」と流された。
「例え王だって結局は人間。政治的方針や正室やら側室やらで家族でも家族とは言えない状況もあるんだよ」
「……よく、解らない。家族は家族だし、皆で、補い合って、手を取り合って、協力すれば良いじゃない。それじゃあ駄目なの?」
「そう、なれば一番だがな……。しかしラモーナとは違うんだ。金儲けと制圧の為に戦争をしたい王子と、国民の為に平和を望んで降伏をも厭わない王子だと、分かり合えるワケがない」
「…………戦争なんて、やっても意味無いのに……」
「戦争自体に意味は無いだろうが、注目すべきはそこじゃない」
「どういうこと……?」
「戦争で武器の売買、生産、それに伴い働き手も今より必要になる。医療品メーカーだって忙しくなるぞ? 人が動けば金が動く。そうすれば銀行だって儲かるな。但し金を得るのは上に立つ僅か一握りの人間だ。目先の利益か、未来の安寧か。大概の経営者が選ぶのは目先の利益だろう。そんな経営者に大義名分を掲げられ、私達は動かされている。な? 誰しもが美しく協力し合う、そんなのは
「……はぁ、醜いね。人って」
どうせ此処で話したって解決しない内容だと思い、「そうだ夜会を開くって聞いたんだけれど」と話題を変えた。
するとスープを上品に召し上がっていた怜は、表情を変えぬままピクリと耳だけ向ける。
「言っておくが、」
スープを飲み干して口の端に付いたものを、ぺろりぺろりと舐め取りながらスンと顔を上げて、そう切り出した怜。
初めて一緒に食事をしたあの日から直角隣の席に座っているが、何度見ても美しいマズル。
口の端のたるん、としたところも超がつくほど可愛いのだ。
「私は夜会に行かんぞ」
(あー、首周りのもふもふも可愛いなぁ……、見て! あの脚の関節の向き! ヒトとは逆なところが良いのよね! あぁ、かぶりつきたい程可愛い……)
「って、え!? 今、何て……!!?」
「私は夜会には行かんと言ったのだ」
「な、なんで……!?」
「当たり前だろう。こんな大きな犬が夜会なんぞ行ってどうする」
「そんなの! 皆で
これまたアオイの突拍子もない言葉にガクっと犬一同揃って肩を落とし、溜息。
「何よ、皆してっ!」
「あぁ、もう、アオイは何と言うか……病気だな」
「えぇ!?」
「あのなぁ、ハッキリ言うが私は人食い山犬として恐れられている。誰も近付かない。馬鹿で勇敢な勇者気取り以外はな」
「でも、怜は人なんか食べないじゃない」
「当たり前だ。それに私がもし行ったとして、アオイは他のやつと社交しないだろ?」
「……確かにッ!」
「ま、そう言うことだ。本邸にはアリス嬢が居るのだから」
そんなぁと肩を落とすアオイに、「コニーも付いて行くのだから不満は無いだろ」と他人事でデザートを食べ始めた怜だった。
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