人外たちの昼と夜
広晴
人外カップル
「はい、ダーリン。あーん。」
「あーん。」
高校の教室で美男美女がイチャイチャしている。
美女の名は、赤城真由美。
長いストレ-トの黒髪、透き通るような白い肌。
垂れ目のおっとりした顔立ちには見入ってしまいそうな儚さも纏っているが、今は蕩けるような甘い表情で、美男にスプーンを差し出している。
美男の名は、猿渡遼。
短髪でやや鋭すぎる目元だが、整った顔立ちのおかげで野性味があると評されることが多い。
背は平均より高めで、細身だがしなやかな力を感じさせる身ごなしは、余計に彼に野性味を与えている。
だが今は尻尾を振る大型犬よろしく、差し出されたスプーンを口を開けて待っている。
同じ教室で昼食をとっているクラスメートたちからは生暖かい視線を浴びているが、完全に自分たちの世界に入っている2人は気にも留めない。
高校入学から約半年が過ぎ、すでに公認カップルとして認められた、バカップルであった。
馴れ初めを聞けば、
「教室で顔を見た瞬間、彼しかいないと思った。」
「目が合った瞬間、彼女以外見えなくなった。」
とのこと。
入学式直後の、初めての教室に入って周囲がざわめく中、遼の顔を見つめて固まった真由美。
その真由美に、ずかずかと近寄った遼の真由美への一言目は、
「恋人がいないなら立候補する。」
で、真由美の答えは、
「すきぃ・・・。」
であった。
クラスメートたちの脳が追い付く前に、カップルが成立していた。
自己紹介ぐらいしろ、させろ、が共通の心の声であったという。
そんな「あまあま」な2人であったが、恋人にすら秘密にしていることがあった。
彼らは世間から正体を隠す人外。
真由美は吸血鬼。
遼は狼男だったのである。
◆◆◆
ヤクザの事務所が壊滅している。
部屋に電気は点いておらず、窓から入る月明かりだけが唯一の照明だった。
月明かりをバックに一人だけが悠然と立っている。
その男は、頭に被り物をしていた。
とある5人組ロックバンドを彷彿とさせる狼の頭の被り物をしているようだ。
首から下は黒いスーツを着ており、ネクタイはしていない。
幹部組員は床に仰向けに倒れてその男を見上げていた。
見える範囲には事務所に屯っていた他の組員は見えない。
意味が分からなかった。
一瞬だった。
停電になったと思ったらドアが吹き飛んで、胸に衝撃と痛みを感じたと思ったらこうなっていた。
今は胸の痛みで起きるのも辛い。
狼の覆面男が何かの破片を靴で踏む、じゃりっという音以外、何も聞こえないことが恐ろしかった。
「おい。」
覆面男が低い声で幹部組員に声を掛ける。
狼の目が闇の中で爛々と光っている。
「ヒィ。」
何だあの覆面は?
やけに精巧で、まるで本物みたいじゃないか?
「先月、佐々木って4人家族が消えた。
最近になって、末の中学生の娘が、非合法のAV出演と売春で捕まり、強制されてたと分かって保護された。
お前らが噛んでたことはもう分かってる。
聞きたいのは、あとの3人をどこに埋めたか?だ。」
ごくり、と幹部組員の喉が鳴る。
「し、知らねぇ。」
「右目が無くなったら眼帯でもしろよ。箔が付くぜ。」
淡々と語る覆面男。
こいつ本気だ。
幹部組員は生まれて初めて、他人の圧を恐れた。
「ふ、二子山だ!詳しい場所までは知らねぇ!本当だ!ふた・・・!」
「そうか。」
幹部組員の首から上が無くなり、血が噴き出す。
「礼に嬲らないでおいてやる。」
ごとり、と無造作に床に放り投げられる首。
それっきり、組事務所には喋る者も、動く者も居なくなった。
◆◆◆
残暑を感じる秋晴れの通学路で、挨拶を交わす学生たちがちらほら見える。
「おはよう、遼君っ、京ちゃんっ。」
「おはよう、真由美。」
「おはよー、真由美ちゃん。」
いつもの合流地点にはもう真由美が待っていた。
「んじゃ、お先ー。」
遼と並んで歩いていた妹の京が、ツインテールを揺らしながら、2人に手を振って先に駆けていく。
「たまには京ちゃんも一緒に行けばいいのに。」
「気ぃ使ってるみたいだぞ? あいつは中学だからどのみち途中で別れるしな。」
「京ちゃんともお話ししたいから、今週末は遼君ちでおうちデートでいい?」
「いいぞ。真由美からL〇NE投げといてくれ。真由美から言った方があいつも喜ぶ。」
「はーい。」
歩きながら腕を絡め、遼を見上げて、にへら、と笑う真由美。
「へへえ。」
「可愛いかよ。」
でれっとする遼。
見えない尻尾が全力で揺れている。
今日もバカップルは平常運転だった。
◆◆◆
深夜の病室に居るのは一人の少女。
手足も身体も瘦せ細り、瞳は濁って何も映していない。
華奢で肉の薄い体つきは、本来の年齢より彼女を幼く見せている。
この時間に電気も点けず、ベッドに上半身を起こして佇んでいた彼女に影が重なる。
するりと窓が開き、何者かが病室の窓枠に足を掛けて入ってきた。
不法侵入者は、はっきりとした体の凹凸で女性であることは明らかだが、顔に仮面を付けている。
黒いコート、長い黒髪、口元だけ見えている肌は輝くように白い。
ここは総合病院の7Fだ。
誰にも見つからず、身一つで登ってこれる場所ではないが、ごく自然に、軽やかに病室へ降り立つ。
窓際からベッドへ近づいてくる女は、足音はおろか衣擦れの音すら立てない。
少女は顔を上げて無音の女を見ていたが、表情にも、何の反応も示さない。
心が、死んでいるのだ。
「こんばんは。満月は少し過ぎてしまったけれど、月光が照らす良い夜よ。可愛いお嬢さん。」
あらゆる意味で怪しげな女が発した声は、薄いグラスを触れ合わせるような美しい声だったが、少女は無言だ。
ベッドにふわりと腰かけ、無言の少女の頬に手を添わせた女は気にせず、語り掛ける。
「悪い夢を見たお嬢さん。そんな夢は、もう忘れてしまいましょう。私が、手伝ってあげるわ。」
仮面の奥から赤く光る瞳。
女の口元は優し気に弧を描いている。
少女は、ぴくりと肩を震わせ、だが呆けたように、
「忘れ、られるの?
あれは、夢だったの?
色んな男の人が、入れ代わり立ち代わり、私にひどいことをしたの。
それに、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。
わ、わたし、わたしは!」
「よしよし。大丈夫。もう大丈夫よ。」
少女を優しく抱きしめる女。
少女の細い首に女の唇が触れる。
身体から力の抜けた少女を優しくベッドへ横たえ、掛け布団を掛ける。
少女の首に付いた2つの小さな傷を、女が指で軽く拭うと、きれいな傷一つ無い肌となった。
「おやすみなさい、お嬢さん。せめて今夜はいい夢を。」
閉じた病室の窓から、柔らかな月光が安らかに眠る少女を照らしていた。
◆◆◆
「京ちゃんはお出かけなの?」
「ああ、入院してた友達が退院して、療養のために引っ越しするらしくてな。見送りに行ったよ。」
土曜の猿渡家のリビングでまったりするバカップル。
猿渡家の両親は買い物に出ていて、今は2人きりだ。
「そっか。良かった、なのかな?」
「ああ。その友達、良く知らんが家族を同時に亡くしたとかで、だいぶ辛い思いをしたらしくてな。少し記憶に欠損があるらしいが、かえって忘れて良かったって京が零してたよ。」
コーヒーをすすりながら会話する2人。
ソファに並んで座ってべったりくっついている。
「ところで真由美。」
「なあに?」
「今日、泊っていかない?」
「いたずらしない?」
「する。」
「やぁん、えっちぃ。泊るぅ。」
爆ぜろ。
◆◆◆
翌日、日曜の朝。
「お邪魔しましたー。」
「おう。」
「真由美ちゃん、また後でね。」
「うん、またあとでねー!」
ちゃっかりお泊りセットを持ってきていた真由美は猿渡家にお泊りし、京とあまり話せなかった分、本日は午後から2人女子会に出かける約束をしていた。
ちなみにお泊りは両家の親公認だ。
玄関で真由美を見送った兄妹はリビングへ戻る。
「ねえ、お兄ちゃん、こないだはありがとね。」
「山本組の件か? それならいいさ。加減なしで発散できる機会は少ないからな。」
「本当は私が自分で殴りたかったけど。」
「お前は血が薄くて、普通の人とほとんど変わらないからな。ああいうのは任せておけ。」
乱暴に京の頭を撫でる遼。
髪をぐしゃぐしゃにされながら、京は気にせず続ける。
「お兄ちゃん、もう真由美ちゃんにうちの家系のこと、話したら?」
「勘が鋭い真由美に、匂いで惚れたことがバレそうで怖い。」
「いつ言うかだけの話だと思うけど。」
「匂いフェチだと思われて引かれたら死ぬ。」
「血の濃いお兄ちゃんは、そんな簡単に死ねないでしょ。」
「・・・話したほうがいいと、分かっちゃいるんだけどなあ。」
ぐぬぬ、と犬歯をむき出しにして唸る遼。
「まあ任せるけど、早い方がいいと思うよー。」
頭を抱える遼を置き去りにして自室への階段を登る京。
(話したところで何の問題もないと思うけど。)
◆◆◆
「真由美ちゃん、『お見舞い』ありがとね。」
カラオケボックスには真由美と京の2人きりだ。
「おかげでずいぶん元気になってたよ。真由美ちゃんが忘れさせてくれたおかげ。」
「んーん。話聞いたら、ほっとけないよ。」
コーラをずぞぞと啜りながら答える真由美。
「京ちゃんの頼みだったら、何でもないよ、あのくらい。仲良かったんでしょ?」
「うん。親友だった。」
「そか。何かお願い事があったらおねーちゃんに任せんさい!」
どんと胸を叩いてふんぞり返る真由美。
京は深く感謝しながらも、ぼよんと揺れる真由美の豊かな胸部装甲を(もいでやりてえ)と冷たく見つめる。
「ありがと。じゃあ夜はお静かにお願いしまーす。」
「いやあん、妹もえっちぃ。」
くねくねする真由美。
「それはそれとして、お兄ちゃんにはもう話したら?体質のこと。」
「無理だよお。それ話したら、初めて会った時、美味しそうすぎて思わず魔眼で魅了かけちゃったことまで話さないといけなくなりそうなんだもん~。」
耳を赤くして顔を覆いイヤイヤする女吸血鬼。
「ボロ出してバレる前に喋った方がいいと思うよ?私にバレたときみたいに。」
「いわないでえ~。初めてのお泊りで、ちょっとだけ寝ぼけて、一瞬、気を抜いただけなの~。」
「夜中にトイレに起きたら、廊下で赤く光る眼の、髪の長い女と出くわしたときはちびるかと思ったわー。」
「アーアーキコエナーイ!」
「早い方がいいと思うよー。」
耳に両手を当て、むーむー言ってる美女に、朝方に兄にも言った言葉を繰り返す。
(どうせお兄ちゃんには催眠とか効いてないしね。)
◆◆◆
「で、どうして?」
夕日の差し込む山小屋には複数の人影がある。
日曜日の夕刻。
パイプ椅子に座るツインテールの少女の前には、裸で手足を縛られて床へ転がされている中年の男がいた。
少女の後ろには目出し帽を被った2人の大柄な男が立っている。
その異様な場に不釣り合いでありながら馴染んでいるという、矛盾した、アンバランスな、幼げで、妖艶な美を、その少女、京は湛えていた。
「ねえ、佐々木さん。どうして家族を売ったの?」
額に汗を滲ませながら、佐々木と呼ばれた中年は答える。
「し、仕方なかったんだ!
山本組の連中に脅されてたんだ!
私だって被害者なんだ!」
京が片方の男へ振り向く。
京の視線を受けた男が、佐々木に近付き、足の小指をペンチで挟み、無造作に捻る。
ごきり、と音が鳴り悲鳴を上げる佐々木。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」
悲鳴が収まってから京がゆっくりと話しかける。
「ここは二子山の中の小屋よ。
山本組が色んな事に使う場所らしいわ。
たくさん声を上げてもらって大丈夫な場所だから、好きなだけ歌ってね。」
痛みにすすり泣く佐々木を見て薄く笑いながら、
「ねえ、私、本当は知ってるの。」
と京は歌うように楽し気に話しかける。
「若い女に入れあげて、横領に手を染め、それをネタに強請られて、でしょ。
でも、『お前と一緒になりたいから、妻も子供も要らない』って言ってたらしいじゃない?
情状酌量の余地は無いわよね。
ちなみにその女は山本組の幹部のイロでね。
その女が一から十まで教えてくれたわ。
今頃はお魚さんのエサだけど。」
涙まみれで愕然とする佐々木の表情を見てくすくす笑いながら、さらに京は言葉を続ける。
「安心して。あなたが捨てた娘は昨日、四国の、母方の祖母の家へ旅立ったわ。
もう貴方のことは微塵も覚えてない。
山本組でこの件に関わった連中の、主だった奴らは死んだ。
後はあなたが消えれば、この件のお掃除は大体おしまい。
でもね。」
ほう、と息を吐く京。
「狼って家族を大事にするらしいわ。
だからかしら。
家族を裏切るやつって、私、嫌いなの。
ヤクザどもより嫌い。
男を騙す女より嫌い。
家族を裏切って、私から友人を奪った元凶の男を楽に死なせてやるほど、私は優しくない。
お兄ちゃんは、なんだかんだで優しいから、どんな悪党でも理由をつけて、嬲らずすぐ殺しちゃう。
お義姉ちゃんは、そもそも人を傷つけるのが好きじゃない。
でも、私は違う。」
唇を舐める。
「今日は楽しかったから、最初の質問の答え次第では、苦しませずに殺そうかとも思ったんだけど。
でもダメね。あなたは落第。
もう何も言い訳できなくなるほど、苦しんでから死んで?」
パイプ椅子から立ち、立っている2人の男を手で指し示す。
「ねえ、紹介するわ。私のお友達。
ぷちぷちを潰すのが好きな山田カッコカリ君と、こよりを作るのが趣味の佐藤カッコニセ君よ。
2人とも普通のヒトだから、あんまり力は強くない代わりに、長く楽しめると思うわ。」
「い、いやだ。」
涙を流しながら首を振る佐々木。
「私が手を出すと匂いでお兄ちゃんにバレちゃうから、彼らに任せるわ。
たっぷり彼らの趣味に付き合ってあげてちょうだいね。」
中年男の悲痛な絶叫を背に小屋から出た京は、消臭スプレーと香水を振りかけながら、外の見張りの男に指示を出す。
「面倒だから奥さんと息子さんと同じ山になっちゃったけど、近くに居られても迷惑だと思うから、2人とは離れたところに埋めてね。」
日が沈みつつある紫色の空を見上げる。
「お化けが出る前に帰りましょ。」
◆◆◆
朝のいつもの通学路。
今朝もイチャイチャするバカップルと別れ、ツインテールの少女は中学への通学路を行く。
「おはよう、きょーちゃん!」
友人のさっちゃんが駆け寄って、話しかけてくる。
「聞いて聞いてっ。」
さっちゃんは耳元へ顔を近づけ、声を潜めながら、
「Y君がアラタについに告ったらしいよー。」
さっちゃんは離れてニヤニヤ笑っているが、眼だけが笑っていない。
山本組のチンピラが、AVの流出ルートを探っていたアラタに、情報を吐いたらしい。
私はニヤリ、と悪い顔で笑いながら、手をワキワキと動かし。
「それは、放課後に洗いざらい喋ってもらわないといけませんなあ。」
「根掘り葉掘り、ね。」
ウヒヒ、とさっちゃんと2人、下品に笑いながら歩く。
繊細で、汚くて、残酷な仕事は、お兄ちゃんにも真由美ちゃんにも向いてないし、させられない。
こういう時、大した力を持たない私が、いろんな友達や伝手を頼って、頑張らなければならない。
(人間のことは、人間の私が、できるだけなんとかしなくちゃね。)
ツインテールの少女は独りごちる。
<終>
人外たちの昼と夜 広晴 @JouleGr
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