第40話 視察⑤ スラム

「約束は守ります。ただ、その前に聞きたいことがあります」


本来であれば衛兵に渡す等するべきなのだろうけど、国として不明瞭な今、衛兵がちゃんと機能しているのか不明だ。

最優先の男の子を助けることは出来たので、約束を守り解放してあげることにする。

ただ、その前にやることはある。


「なんだ?」


「人攫いはこれが初めでじゃないですよね?」


「……ああ、そうだ」


「これまでに買った人を教えてください。それから拐ったまま監禁している人がいるなら、解放してください」


「……わかった。だがほとんどは俺も相手を知らない。わかるのはそいつみたいに貴族本人が買いに来て、俺が顔を知っている奴だけだ。代理の者が買いに来たり、俺の知らない奴は聞かれても答えられない」


「あなたがわかる範囲で大丈夫です。後から嘘が判明したら次はないです。あなたを見つけることは僕には容易です。どこに逃げようともすぐに見つけることが出来ます。ちゃんと悪事からは足を洗って、真っ当に生きてください」

この人のシャツを持っている。シンクに頼めば本当にすぐに見つけてくれるだろう。


「……嘘を言うつもりはない。監禁している奴らも解放する。だが、俺達は真っ当に生きることが出来なかったから今こうしている。俺達のほとんどは親を亡くしたり、捨てられた孤児だ。生きる為には悪事に手を染めるしかなかった。真っ当な金の稼ぎ方なんて知らない」


「……だからといって、人を拐っていいはずはないです。足を洗ってください。次見つけた時は容赦しません」

そうせざる得なかったのかもしれないけど、人を拐うのはやっぱりダメだ。

生きる為に仕方なかったのかもしれないけど、その為に他人の人生を狂わせるのはいけない。


ただ、これはこの人達が全て悪いわけではない。

そうでもしないと生きていけない子供を周りが放置していた結果だ。


僕は情報を聞いた後、男の腕の拘束を外す。


「わかっていると思いますが、目隠しをしているのは僕の姿を見られない為です。僕はここから離れます。30秒待ってから足の拘束を外して、目隠しを取ってください。今日ここであったことは誰にも話さないように。そちらの人もわかりましたね?」


「ひ、ひぃぃ」


「わかりましたね?ヘンド・リクソンさん。同じようなことを見つけた時に、僕がまず関与を疑うのはあなたです。あなたが関与していなくても、勘違いであなたを処刑するかもしれません。そうならない為に、まずは今まで不当に奴隷とした人を解放して下さい。他の悪事からも手を引いてください。それから、同じことをやっている方を知っているなら、不当に奴隷としている人を解放するように忠告してください。そうすれば、あなたは改心してくれたから関係ないと僕は判断するでしょう。許すのは今回だけです。改心する可能性がないのであれば、死んでもらった方が世の為です」


「わ、わかった。だから見逃してくれ」


「今回限りその言葉を信じます。では、また会わないことを願います」


僕は男の子を抱えて建物を出て、シトリーと他の4人も連れてこの場を離れる。


「無事に首輪を外せて良かったです。無理はしてないですか?」


「大丈夫だよ。思ったよりすんなりと核を出してくれたからね」


「それはなによりです。この方達はどうしますか?」


「……城の方で保護しようか。目が覚めたら、どこに住んでいたか聞いて送りとどけよう。表向きは城の前に放置されていたってことにしようか」


「わかりました」


僕達は一度城に戻り、名前の知らない使用人の女性に、この人達が庭に寝かされていたから保護したと説明して、空いている部屋で寝かせておくように頼む。


目が覚めたら食事を与えて、庭に寝かされていたことを説明して、どこに住んでいたか聞いておいて欲しいとも頼む。


その後シンクに頼み、フクロウと呼ばれていた男のシャツの匂いを嗅いでもらい、住処がどの辺りにあるのかざっくりと教えてもらう。


あの人の言っていることを信じるなら、そこにスラムがある可能性が高い。


僕達はまたスラム探しをする為に街に戻る。


そして、シンクから聞いた方向へ歩いていく。


そこには思った通りスラムがあった。

負のオーラが見えるのではないかというくらいに、空気がどんよりと沈んでおり、異臭がする。


家と呼んでいいのか分からないような建物が並んでおり、見かける人は皆痩せ細っている。


子供もいる。

親と一緒に住んでいるのかはわからない。


しまったな。普通の格好をしているけど、ここでは目立つ。視線を感じる。


「こんな所に何のようだ?もしかして、新入りか?」

こっちを見ていた無精髭を生やした男に話しかけられる。


「先程この街に着いたんですが、宿に泊まるお金がなくて、どこか雨風凌げるところがないかとウロウロしてました」

スラムに用があったわけではなく、ただただ金が無いということにした。


「金もなくどうやってこの街まで来たんだ?」

この人鋭いな。


「途中で賊に襲われてしまいまして……。有金を全て渡したら命までは取られなかったんですが、この有様です」


「それは災難だったな。この街には何しに来たんだ?当てはあるのか?」


「商売に来ました。遅れて出発することになっていた知り合いとこの街で合流する予定なので、数日凌げればなんとかなると思います」


「そうか。食い物はあるか?」


「ええ。お金以外は盗られませんでした」


「まだマシだったな。ここで寝るならボスに挨拶だけしておけよ。この道をまっすぐ行って突き当たりを右だ」


「親切にありがとうございます。お兄さんこそ食べ物は足りてますか?」


「なんとかギリギリな」


「よかったらこれをどうぞ。お金はありませんが、食べ物に余裕はあるので、知り合いの方達と分けてください」

店を適当に見て回っていた時に買った食べ物がちょうど収納に入っていたので、お礼として渡す。


「いいのか?悪いな」


「親切にしていただいたお礼です。これで知り合いがこの街に到着するまで過ごせそうです」

お礼を言ってこの人と別れる。


「マオ様、どうするんですか?ここで寝るつもりですか?」


「とりあえず、ボスという人の所に行ってみようか。ここで寝るつもりはないけど、必要なら考えるよ」


「わかりました」


教えてもらった通りに道を真っ直ぐ進み、突き当たりを右に曲がると、他よりは大きい家らしきものがあった。


「すみません。ここにこの辺りを仕切っている方がいると聞いてきたんですが……」

入り口らしき所で呼びかける。


「ボスは今留守だ。何の用だ?」


「賊にお金を盗まれてしまって、知り合いと合流するまでの数日間寝る場所を探していました。向こうにいた人に、この辺りで寝るつもりならボスに挨拶しておけと言われたので、まだここで寝るかはわかりませんが、揉め事にならないように挨拶に来ました」

ここで寝ると言ってしまうと、そのままここで寝ることになってしまいそうなので、とりあえず考えているくらいで話をしておく。


「そうか。ボスはじきに戻るだろう。外で待ってろ」


「わかりました」

もうすぐ帰ってくるらしいので、外でシトリーと雑談をしながら待つ。


「マオ様、あの人……」

シトリーが戻ってきたボスと思われる人を見て、呟くように言った。


「……確かに可能性はあったけど、本当にそうだとは思わなかったよ。悪いんだけど、僕がしゃべると気付かれるかもしれない。会話はシトリーに任せていいかな?僕は最低限にする」


「わかりました。任せて下さい」


やってきたのはさっきフクロウと呼ばれていた、人攫いの男だった。

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