第27話 暴君
申し訳ない気持ちで待つこと二日、僕達の目の前には武装した兵士達がいた。
千人くらいいるように見える。
「わかっておったが、愚かな選択をしたものじゃ」
オボロが言う。
「臆するな!相手は2人と1匹だ。一気に制圧する」
相手の指揮官らしき男が兵士たちを鼓舞する。
シロの姿は見えていないようだ。
「死にたくない、助けてくれ」
「は、離せ!」
「うわあああ」
オボロが影を伸ばして、影へと兵士達を飲み込んでいく。
初めにこの辺りの人を飲み込んだ時とは違い、全てを飲み込みはしない。
1人、また1人と徐々に飲み込んでいく。
フェレスさんは恐怖を与える為だと言っていた。
飲み込まれる人に法則性はなく、こちらに近い人から順にというわけではない。
次に誰が飲み込まれるのか分からない。
自分かもしれない。
その恐怖からパニックになる。
そしてオボロは逃げ出す者は例外なく飲み込む。
それを見て、相手は逃げることは許されないのだと悟る。
「臆するな!戦え!倒す他に生き延びる術はない。死にたくなければ前へ出ろ!」
指揮官が指示を出し、兵士達が動き出すが、それは許されない。
フェレスさんによって僕達と兵士たちの間に深い堀が作られる。
堀というよりも、谷と言った方が正しい気がする程の深さだ。
近寄ることは出来ないとわかった相手は、魔法で火球や水球、風刃を飛ばしてくるが、フェレスさんの張った防壁によって、魔法は途中で消滅する。
逃げることも出来ず、攻めることも出来ない相手は、ただただ自分が影に飲み込まれるのを待つしか出来ず、絶望の表情のまま最後を迎えていく。
そんな人達を眺める事数分、指揮官を残して全ての兵士が影に飲み込まれた。
フェレスさんが堀を元に戻して指揮官のところに歩いて行く。
「ルマンダ侯爵はこの地に住む人の命を捨てる判断をされたと言う事でよろしかったのですよね?まさか、私達に勝てるとでも思ったわけではないですよね?」
フェレスさんが膝から崩れ落ちている指揮官に追い討ちを掛ける。
「……。」
指揮官は答えない。
抵抗しているというより、答える元気も残っていないようだ。
「敗軍の将のあなたにもう一度だけチャンスをあげましょう。あと2日だけ待ってあげます。次はありませんよ。侯爵に死にたいのか死にたくないのか聞いてきてください。私も暇ではないのです」
フェレスさんが指揮官に告げる。
「……。」
指揮官は相変わらず答えない。
魂が抜けているのかもしれない。
「せっかくのチャンスがいらないのであれば、このまま皆殺しといきますか。マオ様行きましょう」
オボロが指揮官も影に飲み込ませた後、ルマンダ侯爵がいるはずの屋敷へ向かって進んでいく。
僕達は街に辿り着く。
「何用か?今は出入りを制限している」
門番をしている兵士に止められ、聞かれる。
「ルマンダ侯爵の屋敷に向かっているところだ。侵略しながらな」
「き、貴様が報告のあった賊か!」
僕達は賊ということになっているようだ。
「賊ではない。侯爵が領民の命を捨てる判断をしたから、殺して回っているだけだ。この街の最初の犠牲者は君だ。恨むなら侯爵を恨みたまえ」
「あ、ああああ」
フェレスさんが手を上げると、門番が影に飲まれる。
「きゃああああ!」
それを見ていた女性が大声で悲鳴を上げた事で、街の中にパニックが広がって行く。
衛兵が出て来るが、なす術もなく飲み込まれていく。
オボロを止める手段を持った者が現れることはなく、この街に住む人の大半は影に飲まれた。
飲み込まなかった人は、侯爵が住む屋敷の方へ逃げていった人だ。
侯爵に恐怖を届けてもらわないといけない。
「侯爵が降伏するまで私達は止まらない!貴様らが死ぬ前に侯爵が降伏すればいいな!はっはっは!」
フェレスさんは完全に悪役だ。
高笑いする姿は悪の権化にしか見えない。
「さて、マオ様。侯爵に時間を与える為にも今日はこの街で一泊しますか」
フェレスさんにそう言われて宿屋に行くけど、客はもちろん、店主もいない。
なので勝手に部屋を使わせてもらう。
カウンターにお金を置いておいたので許して欲しい。
一泊いくらか知らないので適当にだけど……。
「外に誰かいるのじゃ」
起きたところでオボロに言われる。
「外に誰かいるみたいです」
僕はフェレスさんに伝える。
「……襲うつもりなら、寝込みを襲うだろう。そうなると侯爵からの使者と考えるのが普通だな」
「なんでこの宿にいるってわかったんでしょうか?」
「この街には今、私達以外に誰もいないからな。気配を探るスキルでも使ったんだろう」
スキルって本当に便利だな。
窓から外を見るとキッチリとした格好の男が3人いた。
目が合ってしまったので、僕は反射的に会釈をする。
「とりあえず、話を聞きましょうか」
僕はそう言って宿屋の外に出る。
「ま、待ってくれ。話に来たんだ。ああああ」
「や、やめろ。離せ!うわああああ」
僕は話を聞きましょうと言ったはずなんだけど、外に出た瞬間にオボロが1人を影の中に引き摺り込み、その男に掴まれた男も一緒に飲み込まれていった。
「わ、私は話をしに来ただけだ。戦いに来たのではない」
残された男が震えながら言った。
逃げ出さないのか、それとも足が動かないのか……。
「侯爵自ら来るように私は言ったはずだが、伝わっていなかったのだろうか?侯爵でない者が来たから、戦いに来たのだと判断したんだがな」
「……こ、これを。ルマンダ侯爵より預かってきました」
男がフェレスさんに書状を渡す。
フェレスさんは書状を開けもせずに燃やした。
「領民が全員死ぬか、自らが私の前に現れて降伏するか決めろ!お前は伝言役として生かしてやる。侯爵が降伏しなければあと数日の命だがな」
フェレスさんに言われて男はパニックになりながらも馬に乗って走っていった。
「さて、次の街に行きますか」
「書状を読まなくて良かったんですか?」
軽い口調で言うフェレスさんに、僕は読まずに燃やしたことについて聞く。
「あのくらいやった方が私達が本気で潰すつもりだということが侯爵に伝わるだろう。それに燃やしたのはただの紙だ。本物の書状は私の収納に入っている」
フェレスさんが書状を取り出して僕に渡す。
いつの間にかすり替えていたようだ。
「読まなくても大体予想がつく。どのみち読んだところで同じ事をすることになっただろう」
フェレスさんはそう言うけど、僕には内容が予想出来ないので、封を開けて読むことにする。
何故このようなことをするのか、どうすれば虐殺を止めるのか、まずは話をしよう、そんなことが堅苦しい言い回しで書いてあった。
確かにあの場でこれを読んでも結果は変わらなかったかもしれない。
さらに侯爵家の屋敷に向かって街道を進み、街に入ったところで昨日の街同様に住民を飲み込む。
フェレスさん曰く、次は侯爵が住む屋敷がある街に着くらしい。
なので、今日はここで時間を潰して、侯爵が来るのを待つことにする。
来なければこちらから屋敷に乗り込むことになるし、来たらこの街で話をすることになる。
どちらにしても明日にはこの地獄は終わるはずだ。
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