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 黄古帝国、青海州までの旅路は船で行く。

 距離を考えれば不死なる鳥のヒイロに頼るのが最も早いが、黄古帝国は真なる竜である黄金竜の眠る地だ。

 そんな場所に古の種族の一つである不死なる鳥になんて乗って行ったら、それこそ黄金竜が目覚めかねない。


 いや、別に僕としては目覚めたところで、黄金竜が理由もなく世界を焼き滅ぼしたりしない事はもう知ってるから、久しぶりの再会を楽しむだけだが、仙人達はきっと大騒ぎをするだろう。

 彼らは真なる竜の眠りを守る為に、東部で最大の国を築いて、あの地をずっと守ってる。

 場合によっては、不死なる鳥になんて乗って行く事そのものが、仙人達にとっては僕からの脅しと取られてしまうかもしれない。

 仮に僕とアイレナの血の繋がらない家族、ソレイユが黄古帝国で酷い扱いを受けてたりしたら、それこそヒイロで黄金竜の前まで乗り付けてやるけれど、今回はそういう話じゃなかった。


 それに僕とアイレナだけならともかく、ケイレルまでヒイロの背に乗せるのは、避けた方が良いだろう。

 不死なる鳥であるヒイロの輸送力は、エルフであると同時に商人でもあるケイレルの目に、あまりにも魅力的に映りかねないから。

 もちろん僕の友であるヒイロに、エルフのキャラバンが無理を強いるような事は決してないと思うが、ケイレルの頭の中には、もしもその力を借りられたら、なんて妄想が暫くこびりついて離れなくなる可能性はとても高い。

 だったら最初から、ケイレルはヒイロの存在を、詳しく知らない方が良い筈だ。


 まぁ、船旅もそんなに悪い物じゃない。

 僕が以前に黄古帝国へ、更にその海を挟んだ向こう側の扶桑の国まで旅した時は、徒歩で人喰いの大沼を、大草原を越えたりしたから、物凄く時間が掛かったけれども、船を使えば数ヵ月の旅路である。

 それにあの頃に比べれば、船の速度も、それから安全性も、エルフが乗りこむ事で上がってた。

 特に今回は、エルフのキャラバンの代表者を運ぶ専用船を使った移動になるから、過去を思い返すと物足りなく感じてしまうくらいに、早く辿り着くだろう。


 何より、黄古帝国も南の大陸に比べれば近いし、道中で海沿いの国々にも幾度か寄港する。

 中継地点を辿りながら大陸間を行き来する航海とは、比較にならない程に楽な旅だった。



「そういえば、アイレナはどうしてケイレルをキャラバンの代表者に指名したの?」

 海沿いの国に寄港した際、国の要人との会談に向かうケイレルの背を見送って、……僕はふと、アイレナに問う。

 アイレナが代表者だった頃、彼女の補佐をしていたエルフは何人も居た筈だ。

 その中からケイレルを選んだ理由は、何かあるのだろうか?


 忙しく動き回るケイレルがどんなエルフなのか、僕は未だに良く掴めてない。

 長蛇公との会談前に、少しでも知っておきたいとは思ってるのだけれども。


「……そうですね。一番の理由は、彼がエルフのキャラバンを任せられる程に賢く、尚且つ臆病だったからです」

 だけどアイレナの返事は、少し意外なものだった。

 慎重な性格だから、ではなく臆病だから後継者に選んだなんて、流石に言い過ぎじゃないだろうか。

 それに臆病な性格の割には、ケイレルは冒険もしてる。

 例えば南の大陸への復興支援も、あれは僕とアイレナの主導だったが、ケイレルが強く反対すれば実現しなかった筈だ。

 本当にケイレルが臆病ならば、エルフのキャラバンであっても冒険となる南の大陸の復興に、どうして反対しなかったのか。


「えぇ、ケイレルは臆病ですが、必要な行動は取らねばならないと理解できるくらいに、賢いのです。それでも臆病なので、失敗の芽を精一杯に摘もうとします」

 あぁ、なるほど。

 冒険を恐れはしても、リスクとリターンの釣り合いが取れれば、前に進む事は躊躇わないのか。

 それは確かに、単なる慎重とは性質が違う。

 実に胃を痛めそうな生き方だけれども。


「臆病さと賢さ、そのバランスがとれているのがケイレルでした。他のエルフは、恐らく私も含めて、冒険心が強い者ばかりでしたからね」

 それも確かにそうだった。

 森を出て人間の世界に生きるエルフは、冒険心や好奇心の強い者が多い。

 冒険心や好奇心に突き動かされなければ、わざわざ森を出ようなんて考えないから。

 アイレナも冒険者としての生活で慎重さは身に付けているけれど、基本的には刺激を求め、未知の体験に心躍らせる性格だ。


 だからこそアイレナは、自分が代表を退いた後、二代目の代表には全く違う性質のケイレルを据えたのだろう。

 エルフのキャラバンは新しい事に挑戦し続けて大きくなったが、巨大な組織となった後の舵取りには、臆病さというこれまでとは違った要素が必要だと考えて。


「最初は、断られたんですよ。臆病者の自分には、私のように皆を纏める事なんてできないって、そういって。でもその臆病さこそが、これからのキャラバンには必要なのだと説けば、理解して引き受けてくれたんです」

 そういって、懐かしそうに、嬉しそうにアイレナは笑った。

 彼女にとってケイレルは、教え子のような存在なのだろう。

 少しばかり羨ましい。

 ケイレルも、アイレナも。

 だって僕は、もうそんな風に笑ってくれる師や先生も、自慢のできる教え子も、皆が先立ってしまったから。

 まぁ、羨ましければ僕もエルフ辺りを相手に何かを教えればいいんだろうけれど、……エルフは教えるも何もする前から頭を下げて来るから、ちょっとその辺りが難しい。


 ただ、ケイレルの事は少し分かった。

 彼がそういう性格であるならば、僕に長蛇公との会談に参加してくれと頼んで来たのも、散々に迷った挙句、そうすべきだと判断をしたからだ。

 黄古帝国との取引が縮小していく事の影響は大きく、手をこまねいていては職を失う船乗りや、破産をする商人も出かねないと考えて。


 後は長蛇公がどうしてエルフのキャラバンとの取引を狭めているのか、それを知る事ができれば、僕は今回の件に対して自分の意見を持てるだろう。

 複数のエルフが交互に吹かせる風を受けて進む船の足は速く、黄古帝国までは、もうそれ程かからない。

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