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上を見上げても尖塔があまり見当たらない事に違和感を覚えながら、オディーヌの町を歩く。
以前のオディーヌでは、魔術師の中でも選ばれた一部が魔導師として、尖塔に住まい、町を見下ろしながら差配していた。
しかしアズェッタ王国によって魔導師は数を減らし、この町を差配する身分でもなくなったから、その象徴であった尖塔も多くが撤去されたそうだ。
僕はかつての魔導師達に対しては、あまり良い感情を抱いてはいなかったのだけれども、それでもオディーヌの特徴だった尖塔の数が少なくなってしまった事には、何となくの寂しさを感じる。
あぁ、僕は、魔導師の事は別にして、あの尖塔が立ち並ぶオディーヌの風景を、それなりに気に入っていたのかもしれない。
……単に見知った風景が姿を消した事に、感傷的になってるだけかもしれないが。
さて、そんな風に尖塔が減って僕の良く知らない場所となったオディーヌだが、消えてなくなった物は他にもあった。
例えば以前に……、二百五十年以上も前に、この町を訪れた僕を狙ったオディーヌの抱えた軍も、今ではその存在は欠片も残っちゃいない。
何しろ彼らこそがオディーヌ内で統一論に同調し、他の都市国家へと侵攻して次々に併合して行った中核だったから。
反乱を起こした住民達には蛇蝎の如く憎まれ、アザレイが滅んだ時にはそれこそ徹底的に狩り出されたと聞いている。
ただその際に失われた物は多かった。
多くの魔道具を使う訓練されたオディーヌの軍と、数ばかりが多い住民達からなる反乱軍のぶつかり合いでは、大勢の命が失われたそうだ。
また反乱軍は、自分達には使えもしない魔道具や、オディーヌの軍の研究設備をも憎しみの対象として破壊する。
もし仮に、オディーヌの軍を打ち倒したのが、アズェッタ王国だったならば、それらは貴重な研究対象として接収された事だろう。
だが怒りと憎しみから立ち上がった反乱軍に、そんな理性があった筈もない。
打ち壊しは徹底的に行われ……、オディーヌの軍が管理していたカウシュマンが遺した研究成果も、多くがその対象にされて失われてしまったという。
あまりに久しぶりで、変わり過ぎてて、少し迷いながらオディーヌを歩いた僕が辿り着いたのは、この町の鍛冶師組合。
幾度か更新はしてるものの、それでも十分に古い上級鍛冶師の免状を見せて驚かれながら、僕は職員の案内を受けて奥へと通される。
応接室で待つ事暫し、職員が慎重な手付きで運んで来たのは、古びてはいるけれど、しっかりと手入れがされた一本の剣。
鞘から抜いて確認すれば、いや、確認せずとも一目見ただけでわかってたけれど、それは僕とカウシュマンで作り上げた、あの炎の魔剣だった。
……久しぶりの再会に、何故だか鼻の奥が熱く感じる。
オディーヌの軍が保管していたこの魔剣も、反乱軍の打ち壊しの対象にはされそうになったらしい。
でも魔道具なんて自分達には使えないからと打ち壊しを行っていた反乱軍も、この魔剣に関しては、剣としての輝きに魅せられて、壊す事を躊躇ったそうだ。
そして破壊を免れ、反乱軍の、住民の手で秘匿された炎の魔剣は、やがて鍛冶師組合へと持ち込まれて鑑定され、売り払われる事となった。
何でも、ジャンぺモンの鍛冶師組合に伝わる名剣と同じ製作者の品として、随分な高値で買い取られたという。
それからずっと、この炎の魔剣は、オディーヌの鍛冶師組合で大切に保管されている。
つい最近、その話をエルフのキャラバンが聞き付けて、僕に教えてくれたのだ。
それはなんて幸運で、同時になんて残念な事なのか。
改めて、仔細に魔剣を見る。
良い剣ではあると、素直に思う。
技術的には、今の僕から見ると物足りない部分もあるけれど、あの頃の僕が持ってた情熱が、精一杯に詰め込まれている。
今の僕に、同じだけの情熱が、果たして一本の剣に注げるだろうか?
魔剣を鍛えるというワクワクとした感情に、突き動かされていたあの頃のように。
だから剣としての価値が故に、この魔剣が生き残り、再会を果たせた事はとても嬉しい。
しかし、魔剣としての機能、……この剣に宿るカウシュマンが人に価値を認められない現状を、残念に思う。
いや、それでも魔道具の資料として、軍に仕舞い込まれていた頃に比べれば、マシなのだろうか。
その頃は逆に、剣としての価値は一切見られてなかったのだし。
軍が行う魔道具の研究だって、カウシュマンが望んだ方向とは大きく違っていた。
職員に許可を得てから、僕は柄を握り、魔力を剣に流し込む。
そうして噴き出した炎は、あの頃と何も変わらない。
僕とカウシュマンの情熱が生み出した、あの時と同じ燃え盛る炎だ。
「ねぇ、カウシュマン。君は一体、どうしたい?」
思わず、僕は魔剣に問うてしまう。
当たり前の話だが、魔剣は何も答えない。
ただ炎を発して燃え盛り、その熱を僕に伝えるばかり。
魔道具を改めて広める事も、今の僕なら可能だろう。
エルフのキャラバンという流通を司る存在が味方にいるし、時間だって十分にあった。
軍ではなく、魔物と戦う冒険者の為に、魔道具を流通させる事も、決して不可能ではない。
また相談をすれば、黄古帝国の仙人の中でも、魔術に造詣の深い白猫老君なら、喜んで知恵を貸してくれる筈だ。
……だが、それも何かが違うと感じてる。
僕達は、別に魔道具を広めたかった訳じゃない。
単に自分達の浪漫を追い求め、生み出したい物を生み出しただけだった。
カウシュマンの研究はオディーヌの軍に目を付けられたけれど……、それは単なる結果だ。
炎を消し、僕は魔剣を鞘に納める。
場合によっては、この魔剣を買い取る心算だったのだけれど、今回はよそうと思った。
この魔剣は、僕に所有されて仕舞い込まれるよりも、誰かの目に触れた方がいい。
オディーヌの鍛冶師組合に置かれたならば、緩やかに人に見られるだろう。
そしてその中に、或いは魔剣への興味を抱く者が現れるかもしれない。
カウシュマンの後継者は、僕じゃなくてきっとその誰かである。
もちろん誰も現れず、この魔剣が失われてしまう事だってあるだろうけれども。
ここ、オディーヌは魔術の為の都市だから、そんなに心配は要らない筈だ。
僕も時折、魔剣を打つ事にしようか。
そうすれば、僕の魔剣を見て、興味を抱く者もあらわれるかもしれない。
あぁ、だったら、カウシュマンの魔剣か僕の魔剣か、どちらが後継者を見付け出すか、競い合える。
カウシュマン、僕の悪友が燃やした熱は、彼の死後も確かに残っているから。
いつかきっと、どこかで再び炎が燃えるだろう。
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