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 かつて小国家群があった場所に関しても、やはり大きな変化は起こってる。

 以前にこの辺りの事に触れた時は、小国家群の北半分をアザレイという国が誕生して併合し、南半分は南アズェッタ王国として纏まったってところまで述べたと思う。

 但しそれも、もう百五十年以上も前の話だ。


 その後、アザレイは南アズェッタ王国へと侵攻したが、頑強な抵抗にあって戦線は停滞した。

 戦力的にはアザレイは南アズェッタ王国を上回っていたが、一対一の単純な決闘ならともかく、戦争ともなれば単純な戦力比だけで結果は決まらない。

 強引に併合された北部の都市から駆り出された兵は士気が低く、逆に防衛の為に纏まった南アズェッタ王国の兵は意気盛んだったそうだ。


 そして南アズェッタ王国の頑強な抵抗により戦線が停滞すると、多くの理由によりアザレイの国内は大きく荒れていく。

 例えば、東中央部での宗教の中枢であるラドレニアは、アザレイの侵攻を非難する声明を出したし、より豊かだった南アズェッタ王国からの産物がアザレイには届かなくなった。

 以前よりも生活に不自由を強いられるようになった民衆は不満を募らせ、各地で反乱が頻発するようになる。

 元より、都市国家だったこの地の住民は、独立心が旺盛だったから。

 アザレイは住民の手によって打倒されたと言っていい。


 しかしアザレイを打ち倒しても、都市国家が単独では安定を得られない事はもう皆が知っている。

 小国家群に変わり、纏まれる機構を、この地の人々はやはり必要としていたのだ。

 故にアザレイを滅ぼした人々は、南アズェッタ王国に恭順を申し入れ、小国家群だった場所はアズェッタ王国として一つに纏まった。

 尤も、アズェッタ王国もアザレイの失敗を踏まえ、都市の自主性を重んじた統治を行っている。

 もちろんそうすると王家の力が弱く、思い切った行動を取り難いという欠点を抱えた統治になるけれど、この地にはそれが合っているのだろう。


 またこの地を脅かしかねない周辺国、特にダロッテがルードリア王国を相手に敗戦を重ねており、アズェッタ王国に手出しをするどころじゃなかった事も幸いした。

 それから百年以上も、緩やかで安定した統治が行われている。

 但し、ルードリア王国が滅び、彼の地に小国が割拠するようになった影響が、アズェッタ王国にどう及ぶのかは、まだわからない。


 まぁ僕に関係してるのは、今は比較的ではあるけれど、安定した時期にあるって事だろう。

 今、僕を乗せて河川を移動する船も、アザレイの頃には止まっていたらしいが、アズェッタ王国となってからはより重要度が増し、数を増やしたと聞く。

 ツィアー湖を中心に大きな川が幾本も流れるこの地を移動するには、やはり船が一番早い。

 国の名前が変わっても、こればかりは昔と同じで、船の上で感じる風も変わらなかった。


 僕を乗せた船はやがて川からツィアー湖へと入り、北側の町、ルゥロンテへと辿り着く。

 このルゥロンテは、以前はツィアー湖の南側の町、フォッカと双子のように、似たような町のつくりが成されていた。

 だけどアザレイがルゥロンテを併合した際には町の一部が破壊され、一度は別々の国に所属した事で、それ以降は敢えてそれぞれ違う形に町を発展させようと決めたらしい。



 ルゥロンテで船を下り、今度は徒歩で北へと向かう。

 ここまで来ると察しが付くかもしれないが、僕が目指しているのはオディーヌだ。


 小国家群によって、魔術の為の都市として生み出されたオディーヌは、小国家群の名称が消え去った今でも、やはり魔術の為の都市である。

 けれども、アザレイの成立に大きく関わり、周囲の都市国家を併合する側に回ったオディーヌは、その行いで自らの信用を大きく損ねた。

 本来ならば、オディーヌはこの地がアズェッタ王国の統治下となった際に解体されてしまってもおかしくはなかったけれども、魔術の研究、魔術師の育成は、国の力を維持、増す為にはどうしたって必要だ。

 オディーヌを解体してしまえば、研究や魔術師を育成するノウハウも散逸しかねない。


 故にアズェッタ王国は、オディーヌの存続を許したのだろう。

 しかし当たり前の話だが、何事もなくただ許す事なんてできやしない。

 アザレイに併合された経験のある北側の都市は、オディーヌに対して浅くない恨みを抱いていたから。

 アズェッタ王国はオディーヌの存続こそは許したが、自治は許さず、魔術の研究も、魔術師の育成も、厳しい管理の下で行う事とした。


 ……尤も、そうなったのは、先程も述べたけれどもうずっと前の話だ。

 確かに何十年かの間は、オディーヌはアズェッタ王国の厳しい管理の下に置かれたが、やがてはその管理も少しずつ緩むし、オディーヌも徐々に信用を取り戻していく。

 今では、まぁ流石に以前と同じようにとはいかぬまでも、管理は緩やかに、ある程度の自由が認められて、魔術の研究と魔術師の育成が行われているという。


 僕がやって来たのは、そんな良く知らないオディーヌだった。

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