三十五章 得ず、与えず、されど何かが残る旅路

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 忙しくても、持て余し気味でも、楽しくても虚しくても、歩みを止めずに時間は流れる。

 早く感じたり、逆に遅く感じたりする事はあっても、決して止まりはしない。

 南の大陸への支援には、初期は僕やアイレナが中心となって動いたけれど、百年も経つ頃には向こうも大分復興し、単なる支援ではなく商取引の側面が強くなって、僕らの役割は終わった。

 今後も南の大陸とはエルフのキャラバンが商取引を通じて、エルフの存在感を示し続けるだろう。


 正直、準備に関しては色々と苦労した思い出が多いのだけれど、実際に支援が始まると、北と南の大陸を行ったり来たりして、忙しかった事くらいしか覚えていない。

 物事なんて始まるまでは大変でも、いざ流れ出せば勢いのままに過ぎ去る。

 もちろんトラブルは皆無じゃなかった筈なのだけれど、思い出すような事じゃない。

 敢えて何か一つ挙げるなら、大きな堤防を造ったのは、派手だったし、ちょっと楽しかっただろうか。

 まぁ、そんなものである。


 故郷の深い森を出てから350年。

 僕はもう、五百歳になっていた。

 ハイエルフとしての長い時間も、気付けば既に折り返しに入る。

 尤もその後も精霊として存在をし続けると知ってるからか、あまり何の感慨も湧かないけれども。


 果たして僕は、森を飛び出した頃と比べて、どのくらい成長できてるのだろう。

 あの頃の自分を思い出すと随分と酷かったから、多少はマシになってると思いたいが、しかしあんまり変わっていないような気もする。

 ただ、僕の変化は些細でも、北の大陸に起きた変化は大きかった。

 まずは、そう、……僕にとって最も思い出の多い国といって間違いのない、ルードリア王国はもう存在していない。


 以前に、東中央部の情勢を説明した時は、ダロッテが大きく領土を増やしてルードリア王国と争いになった辺りまでを述べた気がするけれど、あの後も戦いは頻繁に起きた。

 ダロッテに対してルードリア王国は戦いを優勢に進め、領土を削り取って力を増す。

 でもそれで主に力を増したのは、ルードリア王国の王家ではなく、矢面に立って戦った東側に領土を持つ貴族達だった。


 以前にルードリア王国の東側では貴族の大規模な粛清が起こっていて、古くからの貴族家というのがあまり多くは残っていない。

 その代わりと言っては何だが、ダロッテとの戦いの矢面に立たせるべく、ルードリア王国では武に関して功績があった者を多く取り立てて、東側の領地を与えて貴族としている。

 例えば、そう、ヨソギ流の本家を、貴族としてのヨソギ家としたように。


 そうした新興の貴族は武家とも呼ばれ、武功を以て取り立てられただけあって、戦いに関しては巧みな者も多く、ダロッテとの戦いでは大いに活躍したそうだ。

 彼らは兵力を増強するだけでなく互いの結び付きを強め、協力してダロッテの侵攻を挫き、逆に攻め入って領土を削り取る。

 もしも武家の力がなければ、ルードリア王国の東側は、ダロッテの略奪で荒らし回られていたかもしれない。


 だが新興貴族がダロッテに対して勝利を重ねた事で、彼らは力を強め過ぎた。

 それまで王家と古い貴族家だけが回していたルードリア王国の国政に、口を挟めるようになるくらいに。

 もちろん、ルードリア王国の王家、古い貴族家も、新興貴族の台頭には様々な手段を講じただろう。

 しかし先程も述べた通り、ダロッテに対して優位に戦いを進めているのは武家の力に依るところが大きく、彼らを排除してしまう訳にはいかない。

 その結果、行われたのは中途半端な新興貴族への締め付けであり、王家や古い貴族家と、武家の間には深い溝が生まれる事になる。


 王家や古い貴族家からすると、武家は歴史あるルードリア王国の在り方を揺るがす成り上がり。

 武家からすれば、王家や古い貴族家はダロッテとの戦いの足を引っ張る事すらある愚か者。

 尤も武家は、やはり王家によって取り立てられた新しい貴族であり、そこに対しては恩がある。

 だからある時を迎えるまで、ルードリア王国には深い溝が刻まれながらも割れてしまう事はなく、戦いには勝利を重ねて、大国の威を示し続けた。


 けれども……、今から二十年くらい前の話になるのだけれど、ルードリア王国は次代の王を誰にするかで、古い貴族家と武家の間で対立が深刻化したのだ。

 第一王子は身体が弱く、後を継ぐ事が難しい。

 この事が長子継承の前提を揺らがせる。

 第二王子は文治の気質で、争いを嫌ってダロッテとも講和の道を模索できないかと唱えた為、古い貴族家には支持されたが武家の反発を受けた。

 第三王子は真逆に、将としての才を戦争で示し、武家からの支持が厚い。


 但し第三王子には王位を狙う心算がなく、第一王子が王となっても、第二王子が王となっても、一人の将としてそれを支えると常々口にしてたという。

 だがその第三王子が、次代の王が決まる前に、不審な死を遂げてしまう。

 戦場ではなく王城で、外傷による死ではなく、口から大量の血を吐いて。


 王家は第三王子は病による死だと発表したが、武家はそれを信じず、古い貴族家が毒を盛ったのだと主張した。

 それを受けて、古い貴族家は武家こそが、自分達を攻撃する口実を作る為に、彼らに対して甘かった第三王子を殺し、その死を利用してると罵った。


 実際のところ、第三王子の死の理由は不明のままである。

 僕の個人的な考えだけれど、恐らくは本当に病だったんじゃないかと思う。

 ただ人間は、自らの考えこそが事実だと思い込む生き物だ。

 いや、そうじゃない人間も大勢いるけれど、少数の意見なんて掻き消すくらいに、真実よりも自らの頭の中の事実を信じる者が、その時は多かったのだ。


 故に第三王子の死をきっかけに、元々溝のあったルードリア王国は、あっさりと割れてしまった。

 古い貴族家は、ルードリア王国の長い歴史の中で、王位継承に不具合が生じた場合でも、国を割らずに解決する術を学び心得ていた筈だ。

 でも武家は、武には長けてもその辺りの知識や経験には欠けている。

 敵を討たねば自らが討たれるとの恐れもあって、武家は泥沼の戦いの末にルードリア王国を割って滅ぼした。

 その後は、誰が割って滅ぼした国の後釜に座るかで更に割れて、彼の地は小国が割拠する状態になっている。


 あぁ、そしてそのルードリアの地を割拠する小国の一つは、名をヨソギの国という。

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