三十四章 海を越えたその先に
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ソレイユが東部に、黄古帝国へと旅立ってから一ヵ月後、僕とアイレナは、空の上を飛んでいた。
といっても、当たり前の話だけれど自力で飛んでる訳じゃない。
不死なる鳥であるヒイロの背に乗り、南に向かって飛んでいるのだ。
そう、僕らが目指しているのは、自然環境が回復したばかりの南の大陸である。
今、エルフのキャラバンは南の大陸を支援する為の準備が進行中だ。
しかしその準備にも様々な問題を抱えてて、順調であるとは少しばかり言い難かった。
例えば、キャラバンの幹部であるエルフの中にも、今回の支援に反対する者がいる。
何故なら南の大陸への支援は、基本的に商売じゃない。
巨人と繋がりのある仙人達、黄古帝国からの謝礼はあるが、エルフのキャラバンによる持ち出しだってかなりの額になるだろう。
もちろん南の大陸に暮らす人々が増え、独自の産物が生み出されるようになれば、支援は交易に変わって、エルフのキャラバンに利益を齎す筈だ。
しかしそれには、エルフの目で見ても長い時間を待たねばならない。
更に支援の対象に、同胞たるエルフが含まれないであろう事も、反対の理由の一つだった。
いや、別にそれは、敢えてエルフを支援から外そうって訳じゃない。
単に森で暮らすエルフは、自然環境が回復した南の大陸で、恐らく不自由もなく暮らせるのだ。
だって元々、エルフはそういう暮らしをしてきた種族だから。
精霊と共に、森の恵みを得て生きる。
或いは、自然環境が回復したばかりである南の大陸の森は、北大陸のそれ以上に活気に溢れ、エルフ達は満足して生活してる可能性すらあった。
そもそもエルフは、南の大陸が焼かれた後も七十年程度では世代交代もしてないし。
故に今回、支援が必要と思われる種族の中に、エルフは含まれていない。
他の種族が文明を得る手助けをしてしまうと、むしろ南の大陸の森で暮らす同胞の平穏を乱す事に繋がるのではないかと、特に西中央部や西部のエルフは思ったらしい。
彼らは、実際に人間という生き物の欲に、大きな被害を被った事があるから。
エルフのキャラバンにとっては短期的には損しかなく、同胞の平穏を揺るがしかねない今回の支援を、厭うエルフが居るのは当然である。
その意見には、一理も二理もあると思う。
だけど僕の考えは、少しばかり違うのだ。
仮に南の大陸に支援をしなかったとして、暫くの間は同胞の平穏が守られたとしよう。
けれども人間が自分達で数を増やして文明を繁栄させれば、結局は森で暮らすエルフが脅かされる未来はやってくるんじゃないだろうか。
故に僕は、今回の支援には現地のエルフも巻き込んで、西中央部に誕生したエルフの国、シヨウのある地で以前行われていたような、人間とエルフが緩やかに隣人として暮らす関係を作りたかった。
互いを友とし、その関係を維持する事でしか、僕は人間という生き物の脅威は避けられないと思ってるから。
今、エルフのキャラバンが北の大陸で、あらゆる種族の隣人として存在している形は、人間の脅威を抑え込む上で理想的だ。
何しろ人間の一部がエルフと敵対しても、エルフのキャラバンと利益を共有する別の人間は、こちらの味方になるだろう。
人間の脅威は、彼らがひと塊になればなる程に増す。
以前の北の大陸で、西中央部よりも西部の状況の方が悪かったように。
エルフは完全に森に籠りきりになるのではなく、人間の一部と利害を共有する事で、彼らが大きなひと塊にならないように楔を打てる。
それこそが人間の脅威を防ぎ、封じる為に必要だと、僕は思う。
だからこそ今回の南の大陸への支援は、エルフのキャラバンが彼の地の種族との間に、こちらの望む関係を想うように作り上げる好機なのだ。
短期的には損とリスクしかない。
しかし長期的には、大きな益と安定を得られる可能性があった。
僕の言葉をアイレナが支持した事で、エルフのキャラバン内ではこの意見が主流になったが、それでも議論はまだ続いてる。
また南の大陸への支援が行われるとしても、その具体的な内容も問題だった。
現地では、自然環境が回復したばかりの南の大陸では、何が足りずにどういった支援が求められてるのか。
今、必要だろうと予測して集められているのは、大量の鉄製品と技術書だ。
食料に関しては、復興したばかりの南大陸は、豊かな自然から齎される恵みで、暫くの間は足りるだろう。
けれども農具や鍋釜、釘等といった開拓、生活、発展に必要な鉄製品は、今の南大陸には存在しない。
また技術書は、基礎的な農法や水車の作り方といった技術を彼らに与えてくれる。
技術を伝えるなら、本当は技術者を連れて行くのが一番なのだろうけれど、多くの技術者を北大陸で集めるのは、流石に些か目立ってしまう。
南大陸の状況は、もう暫くの間は北大陸には広まらない方がいい。
回復したばかりの南の大陸の環境に、何らかの大きな価値を見出す者だって、或いは居るかもしれないから。
少なくとも南大陸に国と呼べる纏まり、勢力が出現するまでは、秘しておくべきだろう。
それに南大陸との行き来は決して簡単ではないから、向こうに滞在する時間はどうしても長くなる。
エルフならともかく、人間の技術者を連れて行く場合は、それこそ移住するくらいの覚悟が必要だ。
故に、少なくとも最初の間は技術書を使って、今の北の大陸から見れば初歩的な技術を広める心算だった。
読み書きに関しては、実は然程の心配はない。
というのも、北の大陸でもそうだけれど、全ての種族が同じ言葉、文字を使ってる。
これは創造主が、己の生み出した古の種族や神々に言葉を教え、それを神々が生み出した種族にも伝えられたからだとされていた。
でも実際のところは、読み書きや神話の知識辺りは、巨人が雲の上で人々を匿ってる間に、共通の物を伝えてるんだと僕は思ってる。
なので、技術書に関しては、ある程度の内容は読んで理解してくれる筈だ。
それが広まり切ったなら、より高度な技術は自分達で編み出して貰うか、……南の大陸に移住しても構わないって技術者を、北の大陸で探す事になるけれど。
鍛冶師や石工に関しては、僕が弟子を取って教えるって手もある。
僕は石工の専門家じゃないが、それでもパンタレイアス島の開発では長い時間を掛けて色々とやってるから、石の切り出し方や加工法も、ある程度はわかってた。
もちろん石を触るうえで最も得意なのは彫刻だけれど、それに関しては、今の南の大陸で必要とされる事はないだろうし……。
ただそれも、あくまで単なる予測に過ぎない。
南の大陸が本当に欲してる物は、鉄や技術なんかじゃなく、全く別の何かである可能性も、皆無ではないだろう。
だからこそ、エルフのキャラバンが行ってる準備に並行し、僕とアイレナは先に現地の確認に向かってる。
南大陸の、より詳細な状況を把握する為に。
普通ならばそんな事は不可能だけれど、僕らには、その背に乗ればどこであろうと運んでくれる、不死なる鳥のヒイロがいるから。
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