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 東部の大国、黄古帝国からの使者ともなれば、本来ならばエルフのキャラバンの出張所でもてなすのが当然だ。

 出張所はそうした客をもてなす事も多いから、大きな屋敷になっている。

 本来なら、商館と呼ぶ方が正しい建物だろう。

 けれども今回、黄古帝国からやってきた使者、仙人の弟子の目的は、もう明らかに僕と話す事だとわかってるから、私的な客として僕らが暮らす家に招く。


「真なる人、エイサー様のお話は師より伺っております。此度は二つの用件を与えられ、黄古帝国より罷り越しました」

 東からの使者は白狼道士と名乗り、手土産に持って来た酒を一本手渡してから、僕に深々と頭を下げた。

 何とも、実にわかってる手土産だ。

 船には他にも色々と積んで来たらしいけれど、それは出張所が管理する倉庫に運び込まれる予定だ。

 今回の件に対する、仙人達からの支援金の一部のような物である。


 ただ……、二つ?

 僕は白狼道士の言葉に想定外の一言を見付け、思わず首を傾げてしまう。


 けれども白狼道士はそんな僕を気にした風もなく、

「一つ目の用件は、既にエイサー様がお察しの通り、巨大なる方々からの言伝と、それに対する協力です。『南の大地は回復せり。雲の上に預かりし人々を戻す。手助けしてやって欲しい』との事でした」

 さらさらと自分のペースで言葉を連ねる。

 あぁ、やはり一つ目はそれだったか。


 もう七十年近くは前になるだろうか。

 南の大陸は真なる竜の炎に焼かれ、灰と化した。

 少しイレギュラーな形だったが、終焉と呼ばれるシステムが発動したのだ。

 その際、僕は北の大陸にまで真なる竜の炎が及ぶ事は阻止したが、当たり前の話だが、既に燃えてしまった南の大陸に関してはどうしようもないし、どうにかするべき事でもない。


 多くの人は大地に積もった灰の一部となり、ごく少数のみが雲の上に運ばれて、巨人の手で匿われた。

 不死なる鳥が己の魂を卵に移し、残った肉体を礎に命溢れる木々を生み、それをハイエルフが大陸中に広げる大陸の回復が始まる。


 つまり巨人の報せは、その大陸の回復が終わり、新しく生まれ変わった南の大陸に、雲の上に匿ってた人々を戻すって報せだ。

 あぁ、いや、その報せと同時に巨人が動いたなら、既に南の大陸に人々は戻っているだろう。

 何しろ黄古帝国からここまで来るには、それなりの時間が必要になるし。


 ではなぜその報せがこんな場所に届くのかと言えば、南の大陸に戻った人々を、僕が支援すると決めていたからだった。

 新たに生まれ変わった南の大陸には、今は魔物が一匹もいない。

 何故なら魔物を生み出す歪みの力を発生させるのは人であり、それが居なければ魔物も生まれようがないのだ。

 ただそれでも、全ての文明が灰となって消えた今、一からそれを生み出すのは、とても大変な事だろう。


 特に人間やその他、寿命が決して長くない種族に関しては、雲の上で世代交代をした為に、培った技術すらも途絶えてる。

 人の死により歪みの力が発生し、魔物が増え出す前に安定した文明が築かれるには、やはり何らかの手助けが必要だった。

 恐らくこれまでは、巨人がその手助けをして来たのだと思う。

 けれども高みから地を見る巨人の感覚は、正直なところ、結構ズレてるところもあるから。

 故に僕は、南の大陸の環境が回復したなら、エルフのキャラバンの船団を南に派遣して貰えるようにと、アイレナに協力を頼んでいた。


「協力って事は、君も南の大陸に行くの?」

 僕がそう問えば、白狼道士は大きく頷く。

 なるほど、どうやら彼は南の大陸における巨人の手足になるらしい。

 尤もそれは向こうに暮らす人々にとって決して悪い事ではなく、強力な力を持つ仙人の、或いはその弟子の力は、大きな頼りになる筈だ。


「南への船に、同乗させていただければと思っております。但しそこで問題となるのが、師より与えられたもう一つの用件なのですが……」

 そう言って白狼道士はちらりと、僕ではなくソレイユに視線を送った。

 なんだろう。

 まさかとは思うけれど、彼が与えられたという、巨人ではなく師である仙人達から与えられた用件は、ソレイユに何か関わりがあるのか。


 さりげなく、僕は腰の魔剣に手を伸ばしながら、白狼道士の動きを待つ。

 もし彼の用件が、ソレイユに危害を及ぼすものなら、後で黄古帝国の仙人達と争う事になろうとも、その首を刎ね飛ばしてやろうと、そう考えて。


「真なる竜の眷属、我らが崇める四神獣の一つ、南の鳳凰に連なる聖鷲が選んだ才ある人。貴女を弟子として黄古帝国に招きたいというのが、我が師のお言葉です」

 だが白狼道士の言葉は完全に想定外で、僕は思わず振り返ってソレイユの顔を見詰める。

 彼女は、その言葉の意味が全くわかってないようで、ぽかんと大きく口を開けてた。

 あぁ、全く、本当に、なんて日なんだろうか。



 白狼道士を客室に案内した後、僕とアイレナ、それからソレイユは、集まって顔を見合わせる。

 何というかあまりに唐突な話過ぎて、まだ気持ちが落ち着いていない。


「父様、私、どうしたらいいの?」

 でも沈黙に耐えかねたように、ソレイユはそう、僕に問う。

 あぁ、そりゃあそうだろう。

 仙人や仙術に関しては、僕が知る限りはソレイユにも話した事はある。

 しかしそれは、単に僕の旅の話の一つとして教えただけで、彼女が自分がそれになるとしたら、なんて考えた筈もない。

 僕だって、その話をした時は、こんな展開が待ってるなんて思いもしなかったのだから。


 けれどもこれは、……どうしようか。

 基本的にソレイユの未来は、彼女自身が考えるべきだ。

 もちろんそれが危険を伴う無謀であれば僕も反対するけれど、一番大切なのは彼女の意思である。

 実力が伴わずに無謀であれば、どうすれば足りぬ実力が手に入るかも、一緒に考え、ソレイユの望みに沿う道を提案しよう。


 でも今回は、あまりに話が急で、更に特殊過ぎた。

 これをソレイユに、自分で考えろと言うのはあまりに酷だ。


 ただそれでも、最終的には彼女の意思こそが最も大切であるという前提だけは、変わらない。

 なら僕にできるのは……、いかに彼女の意思を確認してやるかだろうか。

 全く以て、実に難しい話だけれども。


「どうしたらいいか、じゃなくて、ソレイユ、君がどうしたいかだ。ただそれを確認する為に、一つずつ考えていこうか」

 僕の言葉に、ソレイユは頷く。


 まずいずれにしても、ソレイユが仙人の道を選ぶにせよそうでないにせよ、僕とアイレナが彼女と暮らせる時間は、もう数年しかないだろう。

 何故なら、僕らは南の大陸の支援に船に乗って向かうから。

 南の大陸に向かう船団の用意は、今日言われて明日できるような事じゃないけれど、流石に三年は掛からないだろう。


 ソレイユがその船団に同行しても構わない。

 尤もその場合は、向こうで何年過ごす事になるかわからないから、僕やアイレナにとってはともかく、人間である彼女はそれこそ移住するくらいの覚悟は必要になる。


 或いは僕らが南に行った後も、この家に住んでエルフのキャラバンの出張所で働き続けても構わなかった。

 ファーダ・フィッチを排除した以上、ウィンの血を引く関係でソレイユの身に迫る危険は、もうあまり心配はない。

 もし仮に何かがあっても、島の住人やエルフのキャラバンが彼女を守ってくれる。

 そして僕らが帰って来た時、子や孫を見せてくれたら、とても嬉しいと思う。


 それともソレイユが望むなら、サバル帝国に行く事もまた一つの道だ。

 サバル帝国でなら、実の父であるウィンにも会えるし、彼女は富貴な生活を送れるだろう。

 女帝は難しいかもしれないけれど、次の皇帝の母になれる可能性も低くない。


 仙人の道を選べば、人間の寿命の枷からは解放される。

 色んな物を見、学び、余人には想像も付かぬ時間を過ごす事になる筈だ。

 道を外れて邪仙、吸血鬼や吸精鬼になる輩も居るけれど、ソレイユがそうなるとは考えにくいし……。

 万一そうなってしまったら、僕が始末をつけるしかないが。

 

 色々と並べてみたが、きっとどれも一長一短だ。

 良い事ばかりの道なんてない。


「でも、そうだね。君がどの道を選ぶにしても、考えた方がいい事は幾つかあるよ。ソレイユ、君は、あの鷲をこれからどうするの?」

 シュウと名付けたあの鷲は、白狼道士がやって来てその正体がわかった以上、今までと同じように扱う事はできないだろう。

 仙人への道を選ばぬ限りは。

 それともう一つ、どの道を選ぶにしても、ソレイユの実の父であるウィンに、会うのか会わぬのかも、決めてしまわなければならない。

 僕とアイレナが、彼女の傍に居られるうちに。

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