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「私って、やっぱり父様と母様の、本当の子供じゃ、ない、よね?」

 ソレイユの口からその質問が飛び出したのは、彼女が12歳、僕が362歳になった年の、秋のある日の事。

 三人で夕食を取り終わった後、ずっとソワソワとしていたソレイユは、意を決したように口を開いて、僕らにそれを問う。


 ついにこの時が来たか。

 もう、それに疑問を持つ年齢になったのかとも思うし、逆にその質問が出るのが、随分と遅かったようにも感じる。

 不思議な気持ちだ。


 まぁ、周囲の誰もがそれを分かりながらも、口に出さずにいてくれたのだろう。

 ソレイユが、自分で僕らとの違いに気付くまで、黙って優しく見守って。

 そう考えると、実にありがたい事だった。


「うん、そうだよ。そもそも僕とアイレナって、種族が違うから子供できないしね」

 僕やアイレナと、ソレイユの種族の違いは一目瞭然だから隠しようもない事だけれど、それでも真正面から血の繋がりを否定されれば多少はショックも受けるだろう。

 だからついでに、もう一つ重そうな事実をぶつけて、衝撃を和らげようと試みる。

 ソレイユだけでなく、僕とアイレナの種族の違いは、……あぁ、でも彼女は精霊を見る目を持つから、そんなに驚きはないかもしれない。


「そうですね。エイサー様はハイエルフ、私はエルフですから子供は望めません。いえ、今の私達には貴女がいますし、ね」

 アイレナが笑みながらそう言えば、ソレイユは照れ臭そうに、目を逸らす。

 どうやら血の繋がりがないと言われたショックは、そこまで大きくないらしい。


「そっか、それで父様って光ってるし、母様は父様を、偉い人みたいに接してたんだ」

 そう、それそれ。

 実はそこに関しては、僕もほんの僅かだが不満はある。

 だってアイレナって、未だに僕の事は様付けで呼ぶし。

 長くずっとそうだったから、今更変えるのは無理だろうと諦めてもいるけれど。

 ソレイユが僕らの事を父さん、母さんではなく、父様、母様と呼ぶのはその影響もあると思う。


「そ、そうですね。でも種族が何であれ、呼び方がどうであれ、私達が家族である事に変わりはありません。他に何か聞きたい事はないですか? エイサー様も今なら、何でも答えてくれるでしょう」

 そう言ってアイレナは、露骨に話題を逸らしにかかる。

 いや、僕も今更、アイレナからの呼び方を変えて欲しいとは思わない。

 さっきも言ったけれど、その点に関してはずっとそうだから、もう諦めてるし。


「私の、本当の両……、うぅん、どうして、二人は私を引き取って育てる事にしたの?」

 ソレイユは、恐らく自分の両親の事を聞きかけて、そして言い淀み、僕らが彼女を引き取った理由を問う。

 しかし残念ながら、その二つの質問は不可分で、僕らがソレイユを引き取った理由を教えるならば、必然的に彼女の親であるウィンの話からしなければならなくなるのだ。


「そうだねぇ、長い、長い話になるよ。何せ始まりは、もう二百年近く前の出来事だからね」

 故に僕は語り出す。

 僕の最初の養子にして、ソレイユの実の父であるハーフエルフ、ウィンの物語を。

 人間とエルフの間に起きた悲劇の時に生まれ、僕に引き取られて人間の世界で成長し、旅に出た後、人間と他種族の争いを終わらせる英雄となった彼が、一体どんな人物であるかを。

 どうして、ウィンはソレイユを手放さなければならなくなったかを。

 一つずつ、余すところなく。



 長い話の欠点は、情報量が多過ぎて、聞いてる間に感動も悲壮感も薄れてしまう事だろう。

 いや、でも時にその欠点が、利点となって働く場合もある。


「そっか、私って……、実はお金持ちの家の子だったんだ」

 全てを聞き終えたソレイユの口から漏れた言葉がそれであったのも、恐らくは僕の語った内容が多過ぎて、すぐには消化し切れなかったから。

 ただ一つだけ間違いを指摘するなら、ソレイユはお金持ちの家の子だったのではなく、今も現在進行形でお金持ちの家の子である。

 何故ならアイレナはエルフのキャラバンの重要人物の一人で、彼女の裁量で動く金の量は、西部一の大国の頂点であったウィンを、或いは上回る事すらありえた。

 そう、種族を越えて、地域を越えて交易を続けるエルフのキャラバンは、今や北の大陸で一番大きな商会と言っても、決して過言ではないから。


 まぁ、子供に実は今も金持ちだよ。

 なんて言葉を吐いても何の意味もないし、そもそも僕がお金持ちな訳ではないから、敢えて言いはしないけれども。


「父様は、……父様は、お祖父様なの? それともやっぱり父様なの?」

 続くソレイユの質問には、僕は思わず笑ってしまった。

 でも彼女にとっては真面目な質問だったのだろう。

 ソレイユと、それから何故かアイレナにも、軽く睨まれる。


「いやぁ、うん、それは別にどっちでも良いかなぁ。最初は僕も孫だぁってはしゃいだけれど、君には父親が必要かなとも思ったし、さっきもアイレナが言ったけど、なんであれ大切な家族だからね」

 今となっては、その辺りはもう些細な話だ。

 何よりも大切なのは、ソレイユが健やかに、泣いたり怒ったり笑ったりしながらも、幸せに、大人になってくれる事。

 僕の言葉にソレイユは、少し目を潤ませながらも、小さくこくりと頷いた。


 でも、……折角ならこの話は、夕食後じゃない時にしたかったなぁと、そう思う。

 だって、ほら、それなら今日はソレイユが気付いた記念日だからと、何か豪華な夕食にする機会だったのに。

 そんな事をぽつりと漏らせば、アイレナは笑い、ソレイユは目尻を拭って、何故か僕を睨む。


「じゃあ明日は、港のお店に行きましょうか。東部から招いた料理人の店が、今はとても評判ですよ」

 アイレナは優しくソレイユの背を撫でて、そう言った。

 あぁ、明日か。

 今日じゃないのは残念だけれど、やっぱりそれも些細な事かもしれない。

 だってきっと明日の食事も、皆で卓を囲めば楽しく美味しいだろうから。

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