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西部で一番の大国であるサバル帝国は、以前に存在したミズンズ連邦を多種族の連合軍が滅ぼして、その領土をそっくり奪って誕生した国だ。
なのでサバル帝国の国土はかつてのミズンズ連邦と同じ、西部全体の四分の一にも及ぶ。
しかも荒野の多い北側ではなく、豊かな南側に広がる国である為、その国力は大陸でも一、二を争う。
サバル帝国に並べる国は、今の北の大陸には、東部の覇者である黄古帝国以外に存在しない。
尤も黄古帝国は仙人が治める国だから、あんなのは本当に例外みたいなものだけれども。
またサバル帝国は前身がミズンズ連邦を滅ぼした連合軍であった事から、多くの種族で構成される、多種族国家でもあった。
獣人の各氏族に、エルフ、ドワーフ、ハーフリングにケンタウロス、蟻人やアラクネ……、それから人間。
サバル帝国に暮らす民は実に多様だ。
尤も比率で言えば、人間が七割近くを占め、残りの三割も殆どが獣人になるだろう。
それ以外の種族、エルフやドワーフ、ハーフリングにケンタウロス、蟻人やアラクネは、ほんの一握りに過ぎない。
エルフの殆どはやはり大きな森に集まってるし、ドワーフは北西の山脈に隠された自分達の国で暮らしてる。
ハーフリングやケンタウロスは積極的にサバル帝国に加わっているが、そもそもの絶対数が少なかった。
蟻人やアラクネに関しては、ハーフリングやケンタウロス以上に絶対数が少ない上に、サバル帝国に暮らすのは物好きな変わり者だけだという。
この西部では多くの種族が、かつては人間に苦しめられた。
その恨みは簡単に忘れられる物ではなかっただろうけれども、それでも人間を国民として受け入れなければ、サバル帝国の広大な領土は余るばかりで治まらない。
だからこそ、このサバル帝国の統治は本当に難しかった筈だ。
広い国土を余さず活かすには人間の力はどうしても必要だった。
しかし数の多い人間に主導権を渡せば、他の種族は数の力の前に飲まれてしまう。
人間を冷遇するでなく、されど他の種族に不満も溜めさせず、バランス感覚の要求される非常に難しいかじ取りを、この国の皇帝は要求される。
ウィンはその難しいかじ取りを何十年と、百年近く行ってきたが、……果たしてそれは、彼の後継者にも成せるだろうか。
成せなければ、この国は割れて亡びるだろう。
いいや、それだけじゃない。
単に国が亡ぶだけならまだしも、その割れ方、亡び方によっては、再び人間と他の種族の間に争いが起きる可能性だって、皆無じゃなかった。
船で西部に移動して、そんなサバル帝国に足を踏み入れようとした僕は、入国時にウィンの手紙に同封されていた紋章入りのナイフを役人に見せるや否や、馬車に乗せられて帝都へと運ばれる。
馬車は、特に今回乗せられたような箱馬車は酔うから嫌なのだけれど、皇帝の客人を歩かせる訳にはいかないと聞く耳は持って貰えずに。
不幸中の幸いだったのは、乗せられた馬車が貴人用だったから、まだしも揺れが少なかった事だろうか。
お陰で酔いはしたけれど、町から町への移動の間くらいなら、どうにか耐え切れないほどじゃなかったから。
サバル帝国の帝都、ミスリルまで、僕は荷物のように移動した。
あぁ、そういえば昔、ウィンはアズヴァルドの息子と、いつか自分達でミスリルを鍛えて見せるなんて言ってたっけ。
広いサバル帝国の中枢である帝都、それが彼の鍛えたミスリルなのだろうか。
馬車はミスリルの中央通りを通って宮殿へと向かい、僕はそこで漸く揺れる閉鎖空間から解放される。
本当は、ウィンが差配するサバル帝国の地を、自分の足で踏みしめて歩き、色々と見て回りたかった。
そうするのが、僕の旅の楽しみ方だ。
けれども、まぁ、皇帝が招いた客を、ではどうぞとばかりに放ったらかしにできないサバル帝国の立場も理解はできるから、今回ばかりは仕方ない。
そうして長旅の末に再会を果たしたウィンは、髪も白くもう随分と老いて見えた。
人間で言うなら六十代……、いや、それでもハーフエルフだからか、もう少しばかりは若く見えるくらいか。
いずれにしても、ハイエルフやエルフに老いは訪れないが、ハーフエルフである彼は老いの手からは逃れられない。
二人が並んで、僕がウィンを自分の養子だと主張しても、もう誰もそんな風に見てはくれないだろう。
ただそれでも、彼は僕の子である。
だから僕はぐるりと周囲を見回して、養父との再会だからと完全に人払いが成されてる事を確認してから、
「やぁ、ウィン、久しぶり。今回は、本当は何の用件で僕を呼んだの?」
ウィンの嘘を問い質す。
いや、僕がそれを嘘だと言ってしまうのは、些か酷かもしれない。
何故ならそれは僕へと向けられた物ではなく、僕をこの国に呼ぶ為の、周囲に対する建前だろうから。
本当の目的を秘しておきたいのは、僕に対してではなくて、このサバル帝国の誰か、或いは全員に対してだった。
僕の言葉に、ウィンは驚きに目を見開いてから、少し困ったように、だけどどこか嬉しそうに、笑みを浮かべる。
実のところ、最初からおかしな話だとは思っていたのだ。
だって僕は、所詮はこの国にとって余所者に過ぎない。
そりゃあウィンは、僕を信頼してくれてはいるだろう。
けれどもそういう問題ではなく、僕はこの国の状況、例えば獣人の氏族間の力関係といった事柄に対して、あまりにも無知過ぎる。
国の統治者の資質には、本人の能力や人柄だけでなく、支持派閥の大小や考え方といった、置かれている状況、環境も含まれる。
ウィンが後継者を決める判断に迷っていたとしても、それらを知らぬ僕よりも、相応しい相談相手はきっと他にいるだろう。
もしかしたら、その判断もできぬ程にウィンが疲れ果て、弱り切っている可能性も考えたが、実際に会ってそれは否定された。
彼の目は、以前と同じく前を見ていて、強い力に満ちている。
だったら後継者を決める手伝いが欲しいというのは建前で、他に何か、僕にしか頼れない事があるのだろう。
そう、アイレナの言うところの、僕を呼ぶ以上、ウィンは何かを甘えたいという奴だ。
見れば分かる。
だってウィンは、さっきも述べたから繰り返しになるけれども、僕の子だから。
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