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 それから姿を見せた黒檀竜は、黄金竜と数度ブレスをぶつけ合う。

 彼らが正面からブレスを吐き合い、ドッグファイトのような行為を行わないのは、お互いの背に乗せたハイエルフへの配慮なのだろう。

 でも幾ら真なる竜達が配慮をしてくれてるとはいっても、ぶつかる力と力が生む衝撃波は凄まじく、僕は戦いの余波を打ち消すのに大忙しである。


 ここが海の上で、それも何もない海で、本当に良かった。

 もし仮に、近くに島でもあったなら、とてもじゃないが守り切れずに、粉々に吹き飛んでしまってる筈だ。

 ましてや大陸の真上だったなら、もたらされる被害は考えただけでも怖くなる。

 本当は海の波だけじゃなく、空気の振動も止めたかったけれど、ぶつかり合う力の規模が大き過ぎてそちらまで手が回らない。

 より被害が大きいと予測される津波を食い止めるのが精一杯だ。


 僕の今日の運勢は、最高にして最悪なのだろう。

 生きてこの世界で最も強い力のぶつかり合いを目の当たりにできたのだから、学べる事は数多い。

 生きてこんな地獄のような光景を見せられて、割と心が折れそうになってくる。


 だがそんな戦いも、決して長くは続かない。

 真なる竜達も、自分達の力のぶつかり合いが、世界を壊してしまう事を望んでる訳ではないのだから。

 彼らは互いに首を絡ませ、相手の身体に牙を突き立て、そして空から海へと墜落した。

 黄金竜は黒檀竜の、黒檀竜は黄金竜の力を殺す事に注力した為、飛んでいる余力もなくなったのだ。

 衝撃と共に二体の真なる竜は、一つの島となって海に浮かぶ。

 つまりはここが、僕と黒檀竜を目覚めさせたハイエルフが、決着をつける為の舞台だった。



 金の鱗の大地に立ち、僕は黒い鱗の大地に立った彼女を見る。

 黒檀竜を目覚めさせたハイエルフは、どうやら女性だったらしい。

 ハイエルフならば本来は長く延ばしている筈の髪が、バッサリと肩で切られているその姿には、彼女の味わった苦難が伺えた。

 人間の帝国が支配した南の大陸で、黒檀竜を目覚めさせた旅は、決して容易い道のりではなかったのだろう。


「僕はエイサー、或いは楓の子と呼ばれる、北の大陸のハイエルフ。南の同胞よ、僕は貴女を止める為に、ここにいる」

 尤も、相手が女性であったとしても、どんな苦難の道を歩いてここに立っているのだとしても、僕がやるべき事は何も変わらない。

 僕は僕が大切に思う人々、大好きな世界を守る為に、ここにいる。


「私はリリウム、或いは百合の花と呼ばれる、今は少なくなってしまった南の大陸のハイエルフ。北の同胞よ、貴方は人間という生き物の醜悪さを知らないだけだ。奴等を根絶やしにしなければ、私達に平穏は訪れない」

 あぁ、なるほど。

 僕は思わず、リリウムという名のハイエルフの言葉を、鼻で笑ってしまう。

 確かにその通り、人間は彼女のようなハイエルフから見れば、醜悪な生き物なのだろう。

 そういった一面があるのは本当だし、リリウムにその他の人間の姿を観察する機会は、あまりなかった事は想像に難くない。

 しかし最後の一言、人間を根絶やしにしなければ、ハイエルフに平穏が訪れないとは、実に笑わせる。


「北のエイサー、何がおかしい!」

 でもどうやら、彼女は僕の態度が気に食わなかったらしい。

 まぁそうだろう。

 僕の態度は、あからさまに彼女を馬鹿にした物だった。

 だって仕方ないじゃないか。


「いや、人間を怖がって根絶やしにしたがるのはともかく、それを竜に頼むような同族がいる事が、どうにもおかしくってね。……どうせやるなら、自分でやりなよ」

 リリウムの行動には、何やら恥ずかしさすら感じてしまう。

 いや、彼女の気持ちや事情が、わからない訳ではないのだ。


 勝って当たり前の戦いに負け、必死に黒檀竜を目覚めさせ、その力で南の大陸を焼き払った。

 別に人間の帝国との戦いに負けたのは、リリウムだけのせいじゃない。

 ハイエルフはどうせ皆が油断していたのだろうし、それ以上に皇帝の存在が問題だった。

 だからその状況をひっくり返す為に、黒檀竜の力が必要だった事に関しては、特に文句はない。


 わざわざ真なる竜に頼らずとも、それをひっくり返せただろうと思うのは、僕の勝手な考えだ。

 しかしそれ以上、戦いに勝利した上に、相手を完全に滅ぼす事まで真なる竜に頼るなんて、流石に恥を知るべきだろう。


 黄金竜と黒檀竜、二体のぶつかり合いを見て改めて思ったが、真なる竜の力は強過ぎる。

 その力は、なるべく振るわれるべきではない。

 リリウムも、最初にその力を目の当たりにした時は、きっと驚いたのだろう。

 真なる竜の見せた力に、酔いすらしたかもしれない。

 いいや、きっと今も酔っている。


 リリウムは、もう一度、黒檀竜にその力を振るわせたいのだ。

 彼女の怯えた心を、人間という存在と共に、完全に消し去ってしまいたいが為に。


「北の大陸で穏やかに過ごす貴方に、一体私の何がわかる!」

 強烈な怒りを露わに、リリウムは僕にそう吠えた。

 ハイエルフという生き物は、恐らく北の大陸でも、南の大陸でも、そう大きく変わりはしないだろう。

 だとしたら、普段は感情をあまり出さないハイエルフがこうまで激昂するなんて、どうやら彼女にも自分の行いが、恥ずかしいものであるとの自覚が、薄々ではあってもあるのかもしれない。


「少しだけ、わかるかな。それ以上はわかろうと思わないけれど。まぁ、わかろうとわかるまいと、僕はどのみち君を止めるよ」

 僕の言葉に、リリウムの怒りは憎悪へと変わり、彼女は弓を手に取り矢を番える。

 繰り返しになるけれど、ハイエルフ同士の争いに精霊は基本的には不干渉だ。

 精霊はハイエルフを傷付けたがらないから、たとえ同じハイエルフに頼まれても、余程の理由がなければ攻撃を行ったりはしないだろう。

 だから僕も、リリウムに合わせて弓を手に取り矢を番えて、……同時に放った。


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