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今のアズヴァルドが住んでるという城に招かれて、既に三ヵ月が経つ。
その間、僕が一体何をしていたかというと、主に鍛冶をしたり鍛冶をしたり鍛冶をしていた。
いや、鍛冶しかしてないのかって言われると、全く以てその通りなので反論の余地がないくらいに、鍛冶ばっかりしてる。
だってドワーフの国の王城は、この世界でも有数に設備の整った鍛冶場なのだ。
流石に例の、王しか使えないという地中深くの真なる炎から熱を取り出す炉、ドワーフの秘宝には触れないけれども、それ以外の設備だって他ではお目に掛かれない代物ばかり。
更にドワーフが国外には製法を秘してる類の金属も扱えるのだから、楽しくない筈がなかった。
思わず鍛冶に夢中になって時間が溶けても、それは仕方がないと思う。
もちろんアイレナへの手紙は忘れずに出したから、今は鍛冶に熱中できる時間である。
「旅ばっかりしとる割には、意外としっかり腕を上げとるな……」
打ち終わった剣を見定めたアズヴァルドの、師の驚き交じりの賞賛が心地好い。
まぁ僕は確かに旅をしてる時間は長いけれども、どこかで足を止めた時は鍛冶をする事が多いのだ。
そして何より、鍛冶以外にも色々な経験をしてきてて、それが足を止めて鍛冶をする度に、そこに活かされているという実感はあった。
ただひたすらに鉄と向き合って来たと言うには全く足りないかもしれないが、それでも僕なりに鍛冶に対しては真摯であると自負してる。
僕の鍛冶は、多くの経験、多くの人の需要、それらが理解のある師から与えられた基礎に支えられて、今の形を成しているのだろう。
次に僕が取りかかろうとしてるのは、アズヴァルドからのリクエストの刀だった。
この中央部で、刀の材料となる玉鋼を生産しているのは、ここ、ドワーフの国である。
といってもこの地下都市の中に生産施設がある訳じゃない。
何でも玉鋼を生産する為だけに、砂鉄の採れる北の川近くに新しい拠点を作ったそうだ。
長いドワーフの国の歴史でも、地下都市の外に拠点を二つも作らせたのは僕くらいだと、アズヴァルドは笑う。
一体、何の事かと思ったが、あぁ、そういえば以前に、火山地帯近くで温泉を掘って、泊れる拠点を作ったっけ。
折角ドワーフの国に来たのだから、滞在中に足を伸ばして、温泉に浸かるのも悪くはない。
それにしても、温泉もそうだし、玉鋼や刀も、扶桑の国と関係のある物ばかりを、僕はドワーフの国に作ってる。
ドワーフは、エルフ程ではないけれど、実はあまり変化を好む種族ではなかった。
地下都市に籠り、技術を磨き発展させてはいるけれど、彼らの生活に大きな変化がある訳じゃない。
アズヴァルドが言った、地下都市の外に拠点を二つも作らせたのは僕くらいとの言葉は、ドワーフが変化を好まない証明でもあるだろう。
しかしそれでも、彼らは僕の齎した変化を、それが良い物だと認めて受け入れてくれている。
僕はそんなドワーフ達の懐の深さが、本当に好きだ。
「良い鋼だなぁ」
玉鋼の選別をしながら、僕は思わずそう呟く。
ドワーフの国で生産された玉鋼は、以前にもヨソギ流の道場にある鍛冶場で扱ったけれど、その時よりも間違いなく質が良くなっている。
あれから二十年、ドワーフ達は教えらえた製法通りに作るだけでなく、色々と試行錯誤をしたのだろう。
今回の刀は玉鋼でとの指定だったが、次はドワーフ製の金属を使ってみても面白いかもしれない。
例えば、ある種の魔物の骨を焼いて鉄に混ぜ、泥を塗って樽に詰めて寝かせて作る、灰鋼というドワーフの秘伝の金属がある。
あれは寝かせた年月が長ければ長い程に粘る金属になるから、刀の芯、心鉄として用いれば、少し変わった出来になる筈だ。
だったら皮鉄に使う金属は、一体何がいいだろうか?
皮鉄には硬い金属が向くだろうから、……ミスリルは流石に使わせて貰えないかもしれないが、何か見繕ってみよう。
こんな風に思い付きを即座に試せるのも、ドワーフの国に居る間だけである。
今の間に色々と試して、全てを自分の成長の糧にしたい。
「お前さんは、本当に鍛冶が好きじゃな」
機嫌よく玉鋼を心鉄用と皮鉄用に選別していると、ふとアズヴァルドがそんな言葉を口にした。
あぁ、それには自信を持って頷ける。
深い森を出てからの百年以上の時間は、鍛冶と共に歩んできた……、とまで言うと少し大袈裟だが、鍛冶がなければその時間をどんな風に過ごしたかなんて想像できないくらいに、僕の一部だ。
鍛冶を通して生きる糧を得、鍛冶を通して人と関わり、鍛冶を通して新たな発見をしてきた。
カエハは新しい剣を大はしゃぎして喜んでくれたし、カウシュマンは僕が鍛冶師だからこそ魔術を教えてくれて、ノンナにはウィンが拾った宝石をペンダントに細工して贈った。
ドワーフ達と親しくなれたのは間違いなく鍛冶の腕があったからこそで、刀の製法を扶桑の国から持ち帰ろうなんて発想があったのも、僕が鍛冶師だからである。
マルマロスの町でマイオス先生に彫刻を学べたのも切っ掛けは鍛冶で作った短剣で、直近では西部で聖教主、邪仙をウィンが倒せた事だって、僕が魔剣を打てる知識と鍛冶の技術があったからだ。
「もし僕がハイエルフに生まれなかったら、ドワーフだったかもしれないなって思うくらいには、鍛冶が好きだね」
だからこんな風に言い切れるくらいに、僕にはもう鍛冶は手放せない技となっていた。
もちろん鍛冶だけで今の道を歩いてきた訳じゃない。
鍛冶が右足なら剣技が左足で、魔術を杖として、精霊達は背中を押したり共に歩いてくれる友人だろう。
最近は彫刻という杖も握るようになったから、杖の二刀流の、……なんだっけ、ポールウォーキングみたいになっている。
そして多分この先も、新しい何かを学び、得続けて生きていくのだろうけれど。
鍛冶が、一番最初に僕が学んだ、特別な技術である事は変わらない。
「そうか、お前さんがドワーフだったら……、ははっ、ドワーフの歴史でも指折りに数えられるくらいの大酒飲みに、それからやっぱりドワーフでも指折りの鍛冶師にもなりそうじゃな」
アズヴァルドは僕の返事に少し考えてから、そんな事を言って笑った。
僕はそんな彼の、らしいようでらしくない大仰な言葉に少し首を傾げて、それでもあえて問い掛けはせずに、目の前の作業を続ける。
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