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 およそ六十年ぶりのドワーフの国への訪問。

 それも深夜に突然門を叩いたにも拘らず、ドワーフの国は僕を迎え入れてくれる。

 国の門を護る衛兵は、僕の顔を知らない若いドワーフ達だったけれども、話には何度も聞いた事があったらしい。

 名乗ってミスリルの腕輪を見せたなら、すぐに一人が確認に走り、残った衛兵達は門の中の詰め所に僕を招いてくれた。


 とはいえ、流石にこんな時間にアズヴァルドのところに押しかける訳にもいかず、……あぁ、そもそも僕は、彼が今も以前と同じ家に住んでいるのか、それとも城に居を移したのかすら知らないし。

 身元の確認を終えた衛兵に案内されて、ドワーフの国にも数える程しかない宿へと案内された。


 ドワーフの国には自国民以外の出入りが殆どないので、宿があまり必要ない。

 その代わりと言ってはなんだが、ドワーフの国では朝でも昼でも夜でも深夜でも、探せばどこかの酒場は開いてる。

 また多くの酒場では、飲んで眠たくなれば、或いは喧嘩でダウンすれば、二階の個室を借りられるようになっていた。

 酔ったドワーフの大きな声が聞こえてくる事さえ気にしないなら、身体を休めるくらいはできるのだ。


 僕としてはそちらでも、何なら単に飲んで時間を潰すだけでも良かったのだけれど、衛兵達は城からの迎えが来るであろう僕の居場所は、ちゃんと把握できる場所にしたかったのだろう。

 何というか、まぁ、初めてこの国に来た時の対応を思い出すと、その落差に少し笑ってしまうけれども。

 アレはアレで楽しかったし、後の事を考えれば必要だったが、こんな風に丁寧に扱われるのも悪くはない。


 自力では到達できない空の旅は、そこで聞かされた話は、思った以上に僕を疲れさせていたらしく、横になって目を閉じれば、睡魔はすぐに襲ってくる。

 恐らく昼を過ぎた辺りくらいで迎えが来れば、アズヴァルドとは城で対面だろうか。

 あのクソドワーフ師匠が王様をしてるなんて、本当に今更だけれど、笑ってしまわないか心配だ。

 そんな事を考えながら、僕は意識を手放した。


 ……のだけれども、朝一番とは言わないが、想定よりもずっと早い時間にドアがノックされ、更にはガチャリと開けて誰かが部屋に入って来る。

 ノックの段階で目は覚めたが、まさかそのまま入ってくるとは思わなかったから、少しびっくりして身構えてしまう。

 すると部屋への侵入者は、

「おぉ、起こしたか。すまんな。だが丁度良い。ほれ、飯を食いに行くぞ。お前さんと一緒にと思って、儂も朝は未だ食っとらんからな」

 まさかまさかの見知った顔。


 髪も髭もすっかり白くなってしまって、随分と老いたようにも見えるけれど、

「うわっ、クソドワーフ師匠、老けたねぇ」

 その顔に浮かべた笑みは僕の記憶にあるそれとちっとも変わらない。

 僕の鍛冶の師であるアズヴァルド、クソドワーフ師匠だった。


 起こされてしまった恨みを込めた僕の物言いに、彼はフンと鼻を鳴らして、

「うるさいわ。クソエルフが変わらなさ過ぎるだけだろうに。……しかし、本当に笑えるくらいに変わっとらんの」

 それから可笑しそうに笑う。

 あぁ、でも老けはしても、変わってないのはアズヴァルドも同じだった。


 もちろん立場は違うし、色んな経験を積んでるから、全く同じではないのだろう。

 でも時が経っても、王になっても、本質の変わらぬクソドワーフ師匠に、僕はとても安堵する。


「王様がふらふら出歩いて大丈夫なの?」

 大きく一つ伸びをしてから、僕はそんな風に問うてみる。

 これは揶揄いが半分で、残る半分は本当に大丈夫なのかが気になって。

「お前さんを儂が迎えに来て、一体何の問題がある。眠りこけとる弟子を叩き起こすは師の権利。飯に誘うのは友の権利じゃな」

 だけどアズヴァルドはそんな風に言って手を振ると、待ってるから早く下に降りて来いと言い残し、部屋を出て行く。


 ……あぁ、その態度から察するに、恐らくは、周りの人達に小言を貰う程度には問題があるのだろう。

 だがそれでも、アズヴァルドは自分で僕を迎えに来てくれた。

 王として着飾った自分を見せる前に、変わらぬ姿を見せようとして。


 僕はベッドから下りてサイドテーブルの上に置かれた盥の水で顔を洗うと、急いで身なりを整え部屋を出る。

 わざわざ迎えに来てくれた師を、友を、あまり待たせちゃ悪いから。



 宿で出された少し遅めの朝食は、蒸かした芋に、苔のサラダ、腸詰にベーコンにミルクと、しっかりと量が多い。

 これらの食材は、全てドワーフの国で生産されたものだろう。

 芋と苔は地下の環境でも育つ品種で、肉やミルクを生む山羊は、国の外の山々で飼育されている。

 ドワーフの国では輸入品の食材こそが高級品とされるが、僕はこの芋も苔も、もちろん山羊の肉だって好きだった。

 そう、とてもドワーフの国に来たんだなって気分にさせられる。

 どうしても、ミルクよりも酒が欲しくなってしまうけれど。


「ほぅ、あの子が西の同胞となぁ……」

 食事の合間にアズヴァルドに語ったのは、直近の出来事である、西部でのウィンとの再会の話だ。

 六十年ぶりの再会だから、語れる事は幾らでもある。

 でもまずは共通の知り合いである、僕にとっては義理の子、アズヴァルドにとっては鍛冶の弟子である、ウィンの話題が良いだろうと思ったから。


「ミスリルの腕輪が役に立ったみたいだよ。それを見せて話を聞いて貰って、鍛冶の腕を見せて信用を掴んだらしいね」

 目を細めて懐かしんでる彼に、ウィンが如何にして西部のドワーフの協力を引き出したかを語った。

 ……話しててふと思ったけれど、遠い地のドワーフに同胞の証としてミスリルの腕輪を見せるのは、アズヴァルドが想定した、いわゆる正しい使い道だ。

 だけど僕は、そんな風に真っ当にミスリルの腕輪を使った試しはなくて、竜の鱗を擦るのにばかり使ってるなぁと、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「まぁウィンは真面目で優秀な弟子だったからの。見る目のある奴なら分かるだろうさ。西の同胞も、お陰で豊かになるのなら、あの腕輪を拵えた甲斐もあったわ」

 アズヴァルドはそう言って、バリッと音を立てて腸詰を齧る。

 見方によれば、ウィンは西のドワーフを戦いに巻き込む為に同胞の証である腕輪を使ったとも言えなくもない。

 だがアズヴァルドも、それから西部で会ったドワーフ達も、誰もそんな物の見方をしなかった。

 切っ掛けはなんであれ、戦いに加わると決めたのは自分達だからと、笑いながら武器や鎧を磨いていたから。

 ウィンもきっと、そんなドワーフの存在には随分と救われたんだろうと、そう思う。


 言葉を交わす間に皿も空になり、僕とアズヴァルドは宿屋の主人に礼を言ってから、席を立って宿を出た。

 それから城を目指して歩く僕らは、道行く人々から引きっきりなしに声を掛けられる。

 まぁドワーフの王とエルフの組み合わせは、そりゃあ目立って当然だ。


 でも仮にも王であるアズヴァルドが、護衛もなしに町の中を歩いてて、住人も遠慮なく声をかけて来る辺りが、そう、実にドワーフの国だった。

 そして僕も、うん、この国の一員として認められている事が、やっぱり本当に、とても嬉しい。

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